女の子にしてやる
「ちょっと……街の人々を全滅って……」
冗談にしても笑えない。笑えないのだが、彼女らは互いの顔を見合わせると、一様に無邪気な笑顔を振り撒いた。
「嘘ですよぉ!」
「おちゃめってやつですわ」
「一応神に仕える身ですから」
「でもでも! 本気にしちゃうなんて……」
「ネクロ殿の純粋さは尊いのぉ!」
各々に黄色い歓声を上げる女性陣。正直言って付いていけない。
リムルの純粋無垢が早くも懐かしいと思える始末だ。
グラマリアから乗って来た魔導車はいわゆるレンタカー的なもので、マルメア国の貸し車屋に返す。
そしてこれから向かうべきは小高い丘に聳えるヴラーヴ城。
中央に立派な塔が備わる白色の城、だったのだろう。今は塗装もままならず、くすんだ灰色がこびりつく。
城門に待ち構える門番もどこを見ているのか、虚ろな目を宙に向けていた。
「あの……」
「…………」
「あの! 門兵さん!」
「え……あぁ……」
聞いているのかいないのか、気力もなく上の空な返事だ。
「ネクロ殿が聞いとるんじゃ!」
「しゃんとしなさいっつーの!」
「は、はいっ!」
背後にゴゴゴと、そんなオノマトペが聞こえそうなカーラとドールの仁王立ち。
特に二メーターを超えるカーラの圧力は、女性といえども男の門兵を委縮させる。
「あの……あなた達は城になんの御用で?」
「ええと……その……ギルドの依頼で……」
やばい、騙すという意識が過ってうまく言葉が出てこない。
「武者震いとはさすがネクロさん! セイレーンを相手にやる気まんまんといったところですね!」
ハルモニアの強引なフォローに、首を縦に振りまくる。
「セイレーン……じゃあ君たちは冒険者ということか?」
「まあそんなところです……はい」
冒険者風情といった身分を知ったからか、若しくは俺が弱気な態度だからか。
じろりと睨みを利かす門兵は、不愛想に掌を差し出した。
「依頼証明とギルドカードは?」
「それはオルルが持ってて……」
「はぁい、これですわ」
オルルから諸々を受け取ると、穴が空くかというくらいに、門兵はまじまじと目を通しはじめる。
「確かにギルドの正式な依頼証明だ。ギルドカードも本物だが……記載してある名義のハルトっていうのは誰だ?」
まさか俺が代理するのか? しかし先程カーラが俺の名を言ってしまっていたし……なんて考えている内に、すっと一つの手が上がる。
「私です」
名乗り出たのはエイルだった。
ハルトという名前は恐らく“春人”なのか、日本語的には男性の名前だが、この世界で女性が名乗るには不自然ではないのかもしれない。
しかしせめて僧侶であるエイルより、武道家のオルルが冒険者を立候補するのが自然な気はしたが、そういえば俺が先にオルルの名を口にしてしまっていた。
必要書類もオルルが持っていて、本当は彼女が立候補するつもりだったのかもしれない。
「こいつがか? しかもギルドランクはAとあるぞ。女ばかりのパーティだし、本当に実力があるのか疑わしいが……」
するとここで脅迫担当、拳を固めるカーラが前に出た。
「痴れ者がぁ。さればうぬの身をもって知るのが早かろうて」
「あわわ……分かりました分かりました! 結構です!」
これだけ長身のカーラに、あれだけ迫って見下されたら、見上げる門兵には下乳が喋っているように見えただろう。
門が開かれて城の敷地へと踏み込むが、そのまま真っすぐ城内へ入ることはなく、壁沿いにぐるりと城を回っていく。
門兵のすぐ後ろにエイルが付いて、俺は少し距離を取りながらにカーラの顔を仰ぎ見た。
「そういえばカーラは、ギルドの冒険者も返り討ちにしてたんだっけ?」
「その通り。ネクロ殿がわらわの話を覚えてくれていて嬉しいぞ」
「ハルトはAランクでこの依頼を受けてる訳じゃん? つまりセイレーンの討伐然り、ワルキューレ・アナテマを倒すにはAランク程度が必要ってことかな?」
「さすがネクロ殿、素晴らしき推測じゃ」
「そ、そうかな……」
「じゃが実際はAランクなど雑魚じゃったわ。成功者がいない故、阿呆なギルドは依頼の線引きができんのじゃろ。ハルトの強さはそれ以上あったろうな」
やっぱり、的外れな俺の発言を好意的に返してくれてる。
しかし気遣いも度が過ぎると空しくなるよ。
「ハルトも私が転生させてから、それほど時間は経ってません。幾らAランク以上の強さがあったとはいえ、ランクアップの段取りを踏んでいる最中ということだったようですね」
前を歩くエイルはちらちらとこちらを見てくる。
ハルト役を担った以上、先頭に立たなければならないことは分かっているが、俺が他の皆と話しているのを気に掛けているようだ。
城の横を歩いていると、青草を思わせる太陽の香りが鼻をくすぐる。
恐らく厩舎からの馬の匂いで、更に裏手まで近付くと、城の壁には正面玄関とは異なる別口が設けられていた。
土は踏み均されて、辺りには木人形が立っている。
恐らく武芸に励む場所で、つまり扉の先に続く場所は。
「ギルド経由の冒険者を連れて参りました」
むわっと汗臭い匂いが充満する、殺伐とした兵たちの詰め所。
むさ苦しい男たちが驚き顔をこちらに向ける。
「冒険者? 奉仕者じゃなくてか?」
兵の一人の聞き慣れない言葉に首を傾げるが、物欲しそうな視線に変わる男たちを見て、言わんとしていることは何となく分かった。
「違いますよ。戦に参戦する為の者たちです」
「ほとんど女じゃねぇか。戦うより癒してくれた方が、よほど俺たちの戦力増強になるってもんだぜ」
奉仕者とは兵たちのストレス発散。
もっと言ってしまえば、性的な行為を伴う世話役といったところか。
「随分チョーシに乗ってますね」
「ドールの方が百倍強いのにさ」
「些末なものしか持たぬ癖に、こちらの方が萎えてしまうわ」
「愛のない行為は神がお怒りになるでしょう」
「結論、あんたらは一人でシコシコしてるといいですわ!」
初対面でこれだもの。
男たちのこめかみの青筋が目に見える程に脈打ちはじめた。
確かに吹っ掛けて来たのはあちらだけど、彼女らにはもう少し加減という言葉を知って欲しい。
「ギルドにはよぉ、こいつらは戦で死んだと伝えておけ」
「え……兵長、それは……」
「このメスどもは、今から犯しまくってぶっ殺す。そういうことだ」
兵長とやらの言葉に、詰め所の兵たちは息を荒げて立ち上がる。
おいおい、幾ら何でも野蛮すぎやしないか?
いやしかし、俺の元いた世界の軍隊というものも、戦に乗じて悪行をする者もいるとかいないとか……
女性陣の方も目に見えて怒りを湛えている。
ハルモニアいわく寿命がある以上、転生者を除いて人の強さはたかがしれている。ワルキューレ・アナテマのカーラは当然のこと、レベル300のハルトを蹴りまくったオルルも、きっとエルフで寿命が長くて、レベルも桁違いに高いはず。
ドールはカーラも認める天才で、極めつけは僧侶の癖に毒魔法を放つエイルもいるし、兵たちにまず勝ち目はないだろう。
血の海になる前に、なんとか双方を宥めなければ。
「ちょっと! 落ち着いてください! こんなことは止めるべきです!」
「なよなよした青二才が。てめぇの租チンじゃ女を満足させられねぇだろ?」
げらげらと大笑いをかます兵たち。
俺は別に怒ってない。でも――
「死にましたわね」
「うん、死んだ死んだ」
けらけらと高笑いをする女たち。和やかに見えて、嵐の前の静けさに近い。
セイレーンが止めを刺す前に、彼らの命運はここで尽きた。
「去勢してやる」
「ち〇ぽこ引き抜いて――」
「金〇ま磨り潰してやる」
「ネクロ様の立派なモノを侮辱する奴は――」
「今日から女の子にしてやるわぁあああ!!」
その場合、ファッシネイションは通じるようになるのかなって……
そんな下らないことが頭を過っている内に、なんと怒り狂った彼女らは本当の本当に兵たちの陰部を、躊躇いもなく引き抜き潰してしまった。