罪深き女たち
人は様々なものに縛られるが、思考だけは自由が許される。
言論統制も思想統制さえも、真に思うところまでは目に見えず、口にさえ出さなければ取り締まることはできないだろう。
だけどこのファッシネイションは人の好みを奪ってしまう。
エイルとオルルの思想や性質は捻じ曲げられて、俺を強制的に愛するようになってしまった。
だけど俺はもう躊躇わない、迷ってなんかいられない。
ハルモニアを神にする為に、全てはリムルとの再会の為に。
「あのあの……ネクロ様の目的はなんですか?」
魔導車の向かい席では伏し目がちな僧侶のエイルが座る。
美しい青の長髪の持ち主で、垂れた目尻が表すように素の気性は穏やかだ。
「あぁエイル、ずるいですわ! 私が聞こうと思ってましたのに!」
金の垂髪が流れるエルフのオルル。
吊り目に違わず気が強く、既存の仲間たちにも物怖じしない。
「あーあ、また女が増えちゃったよ」
「窮地じゃったとはいえ、あまりライバルが増えるのは困ってしまうのぉ」
「せっかく――」
一つ咳払いをして黙るハルモニア。
せっかく? せっかくなんだ?
せっかくリムルが死んだのに――か?
動悸が激しい、頭に血が昇る。
だけどハルモニアに全ての命運が懸かってる。
怒りを堪えて呑み込むと、車窓に映るウラーヴ城に目を向けた。
「目的は魔王を倒す為だよ。その為にワルキューレ・アナテマを倒さなくてはならないんだ。王がセイレーンと戦っていると聞いて、それでマルメア国を訪れたんだ」
「おお……これも神の思し召しなのですね」
「えと、エイルは何を言いたいのかな?」
「ネクロ様、実は私たちもセイレーンを倒す為にマルメア国へ訪れたのです」
彼女らもってことは、つまり主であったハルトの目的ということか。
「なるほどね。ところで君たちは、どうやって軍とセイレーンとの戦いに加わるつもりだったの?」
「あれ? ネクロ様はご存知ないのですか?」
「長引く戦いに耐え兼ねて、王は戦える者を集めはじめたのですわ。王国依頼のギルドの任務。てっきり存じているのかと……」
「いや、全然知らなかったよ。世間知らずで面目ない……」
もの知らずを恥じて頭を掻くと、エイルとオルルは身を乗り出して困り顔を寄せてきた。
あわや艶めく唇が触れかねない距離感に、図らずも胸が高鳴る。
「そんなことを仰らないでください!」
「そうですわ! むしろネクロ様は報酬を顧みない、善のみに動く素晴らしい御心の持ち主ということ! このオルル、感服致しますわ!」
全然そんな気はないし、感動する要素があったかは不明だけど、瞳を潤ませるエイルとオルルを残りの三名は白々しいといった目で見つめている。
「ギルドを仲介しないと、ドールたちは戦いに介入できないってことなのかなぁ」
「わらわ魔物ぞ。さすがにギルドの審査に通るとは思えぬが……」
「私も天使です! ハーピーといえば通じますかねぇ」
「私だってエルフですが特に問題ありませんでしたわ。それにわざわざ一からギルドを仲介する必要もありません。ほら、これを見るのですわ」
オルルは鞄を漁ると、筒状に巻かれた紙を広げて見せた。
「これはギルドの受注証明書じゃな。わらわを倒しに来た奴も持っておったわ」
「でもでも! 受注者にはクズのハルトの名前が書かれてるじゃん!」
「ご安心を、ハルトのギルドカードも持ってますわ。しれっと提示すれば問題ないですわよ」
ハルトの受注を俺らがこなす。
オルルは詰まるところ、国とギルドを騙そうと言ってるのか?
「ちょっとちょっと! 詐称はさすがにまずいんじゃないかな……」
「大丈夫ですわ、ネクロ様。どうせ分かりはしませんわよ。マルメア国も冒険者を使い捨てのコマ程度にしか考えてないですし、どさくさで戦に参加して美味しいとこどりするのですわ!」
「でも勝てたとしても、その時こそハルトがいないことがバレちゃうんじゃ……」
「幸い死んでくれましたし、戦で死んだことに利用できますわよ。向こうさんもわざわざ一人一人の顔なんて覚えていないでしょうから。連れの私たちが倒したことにするのですわ!」
うぅん、かなりガバガバな作戦だと言わざる負えないが、しかしそんな面倒なことをするくらいなら。
「ギルドに登録して、自分たちで受注した方が確実なんじゃないか?」
「ネクロ様のお考えは誠に聡明です。ですが融通の利かないギルドは手続きやらランクやら、ネクロ様の邪魔をしてくるように思われます」
「ほぉんと、ネクロ様の言うような方法が取れれば一番良いのですわ!」
それって結論、エイルとオルルは俺の言ったことが見当はずれだと言いたいのだろうが、やはり魅了された彼女らは俺を擁護し、悪いような言い方はしなかった。
いざマルメア国の市街地に入ると、心地よい海風が建物の合間をすり抜けていく。
軒先には浜茄子に似た濃い桃色の花が咲き誇り、街だけを見れば平和そのものに感じてしまうが……
「見て見て、ネクロくん。街の人たちみんな俯いてるよ……なんだか陰気だね」
「そりゃあワルキューレ・アナテマに襲われておるのじゃ。戦える者は駆り出され、残る者たちはカスカスな懐から税を搾られる。おまけに人同士の争いと違うて、勝って得るものは何もない。セイレーンは海に住むゆえ、土地など持たぬからな」
「見たところ漁業や貿易が主要の国でしょうから、海からの侵略は国の存亡を揺るがす致命打となりえます」
「可哀そうに……なんとか街の人々を助けてあげたいね」
…………
………………
……………………あれ、皆の返事がない。
「俺、何か変な事でも――ひっ……」
車窓から車内へ、目を移した俺の視界に映るモノ。
「あぁん! 哀愁に満ちたお顔が素敵ですぅ!」
「私の崇める神と同等……いえ、それ以上の慈悲深きご尊顔!」
「大人の色気がムンムンだったよぉ! ドールめろめろになっちゃうぅ!」
「もう一回……もう一回見せて欲しいですわ!」
「街の人々が全滅しよったら、もっと哀愁に満ちた顔が見れるかもしれぬ!」
「確かにー!!!」×4
爛々と目を滾らせる、欲深き女たち。
望みの為なら残虐も厭わない、罪深き女たち。
あるサイコパスを試す問題にこういうものがある。
とある女は実母を亡くし、葬式の場には魅力的な男性が訪れた。 女はその男に一目惚れをし、 その翌週に女は実姉を殺した。
果たしてなぜ、女は姉を殺したのか?
一般的な回答は、姉が男に惚れたから。恋の邪魔になるからと、女は姉を殺した。
サイコパスの回答は、姉を殺せば再び、男が葬式に来てくれるから。そうすればもう一度、男に会うことができるから。
恐らく俺の仲間たちは、どちらの理由でも殺害する。邪魔になれば殺すし、利用できるならもちろん殺す。
欲求を満たすことが正義で、それ以外は全て悪。
目的の為には手段を選ばない、恋愛マシーンと化していた。
※ヤンデレ化しはじめても読み続けているそこのあなた! 彼女らがメロメロになるくらいに評価や応援をズコバコ宜しくお願いします!