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きもーい

「許さないって……一体ハルトさんは何を企んでいるんだ」

「簡単なことだよ。この異世界が俺のもんなら、女も全て俺のもんだ。なのにてめぇは俺の連れのエイルとオルルより、でけぇ乳をした女を二人も連れやがって」


 え? そんなことを根に持ってるの?

 世界中の女って……そんなのどう考えたって身が持たないんじゃ。


「ハルト様は世界の頂点に立つお方です。だから……その……例え見初められなくても、奉仕するのが私の役目で……」

「エイルはもっと自信を持つのですわ。ハルト様の寵愛を受けられるよう、私たちは他の女に負けたりしないんですわ!」


 僧侶のエイルとエルフのオルル。

 彼女らも転生者に魅了された女たちなのだろうか。

 しかし恋心に一直線なハルモニアたちとは、何か違う雰囲気も感じる。


「おい、てめぇら全員俺の女になれ。俺が仲間になるんじゃなくて、俺の配下に下るんだ。そんでそこの男はいらねぇから置いていく。その条件でどうだ?」

「ちょっと待ってよ! それは幾ら何でも理不尽――」


 俺が反論を言い切る前に、皆が前に出て壁となる。


「ハルトだっけ? あんた馬鹿じゃないの!?」

「頭の螺子が外れておるのか?」

「以前は失敗作と言いましたが、ゴミより酷いカスだったようですね」

「ふん、なんとでも言え。どうせ力ずくで俺のもんにしてやるからよぉ!」


 ハルトは肩に剣を背負うが、それは使わずに拳を振り上げて飛び上がる。

 従えるなら傷は付けまいということなのか。

 対してこちらはフィジカルの強靭なカーラが迎え撃つが、ハルトの拳を掌で受けるなり、巨体を支える両足は地面を砕いて地に埋まる。


「な……なんという力じゃ……」

「転生者に楯突こうなんてなぁ、甘ぇんだよ!」


 拳圧に耐え兼ねて、カーラは地を擦りじりじりと後退する。

 このままでは分が悪いと、ここでカーラはガウンに隠した蛇髪を露わにする。


「これでも喰らっとれ――」

「おっと!」


 毛先の蛇が標的を認識するより早く、警戒したハルトはカーラから間合いを離す。


「メドゥーサだったのかよ。毒やらなにやら持ってそうだな」

「うぬもメドゥーサというものを知っておるか」

「しかし目視で石化はできねぇようだな。髪の蛇に噛まれると石化しちまうとか、そんなとこか?」

「だからすぐにネタバレするでない! そんな分かりやすいか? わらわの特徴」


 憤慨するカーラだが、ハルトも俺と同じ転生者だ。

 どこの世界から来たかは知らないが、仮に俺と同じ世界線なら伝説のメドゥーサを知っていてもおかしくない。

 そしてメドゥーサというものを知れば、警戒すべき要素は初見の俺でもすぐに分かった。


「にしてもよ、まさか魔物だったとはな。おかげで心置きなくぶっ殺せる。毛先の蛇を切り落として、手足も切り落として、残った体をめちゃくちゃに犯してやる」

「ほほほ、酷い性癖じゃな。落ちこぼれのクズが元なだけあるわ。やはり弱者が力だけを得てしまうと、考え足らずの阿呆になるのじゃな」


 カーラの辛辣な言葉は意図せず俺にも刺さるが、同じ転生者であるハルトの眉間もぴくぴくと蠢く。

 そして背後のエイルとオルルも、ハルトの怒りに気付き身を乗り出す。


「ハルト様を馬鹿にするとはなんたる無礼!」

「ハルト様はレベル300もあるんですわよ! 身の程を知るがいいですわ!」


 するとここで唐突に、白い手が一つ上がった。


「はいはい! 私のレベルは1000です!」

「なっ……ハルモニア……お前そんなにレベルが高かったのか!」

「戦えないじゃん」

「戦えんじゃろ」

「なんだよ、戦えねぇのか。ビビらせんな」


 だから、わざわざ教える必要はあるのかって……


「しかしそれを聞いて安心した。だったらこの化物女とまとめて、巨乳女二人とも蹂躙してやるぜ!」


 聞けばハルトはさっきから乳ばかりで、幼く見えるドールは眼中に入っていないようだ。


「ねぇ、ネクロくん。ハルモニアもカーラも下衆男に渡しちゃって、私と二人で冒険しようよ」

「駄目だよドール! 二人を援護してあげて!」

「ちぇ、いい考えだと思ったのに……」


 渋々ドールは杖を掲げると、魔力の柱が天に向かって立ち昇る。


気象魔法(メテオロギア)の中でも威力に特化した電撃魔法(エレクトリカ)。エルヴス・スプライトを喰らっちゃえ!」


 電気のイメージカラーは黄色だろうか。青い稲光も想像に容易い。

 しかしドールが呼び出したのは赤い稲妻。

 天高く水平に広がる稲光の中心から、紅色型雷放電と呼ばれるレッドスプライトを叩き落とす。

 ハルトが魔法に気付いていようがいまいが、一般的に俺たちが雷と認識しているリターンストローク。その速さは秒速十万キロメートルにも及ぶ。

 それは光の三分の一ほどの速さがあり、一秒で地球を二周半できるような亜光速にハルトが反応できる訳もなく――


「うぎゃぎゃぎゃぎゃぎゃ!」


 強烈な雷を浴びて感電するハルト。

 近くにいたカーラも衝撃に吹っ飛んだ。


「凄まじい魔力じゃ……ドールは本当に人間か」

「だからドールは天才なんだって! レベル以上に素質が違うの!」


 得意げに無い胸を張るドール。

 ワルキューレ・アナテマのお墨付きがあるのなら、ドールは本当に途轍もない才能の持ち主なのかも……

 そんなドールの魔力で感電黒焦げになったハルトだが、さすがに300レベルは伊達ではないようで、黒煙を吐きながらも己の足で立ち上がる。


「調子に乗りやがって……これだからガキは嫌いだ」

「ドールは子供なんかじゃ――」

「うるせぇ!」


 稲妻には遥か及ばないが、それでも目にも止まらぬハルトの高速の前蹴りがドールの腹に放たれた。

 小柄なドールは宙に浮き、地面に叩きつけられると同時に腹を抱えて蹲る。


「ううぅ……痛いよぉ……」


 助けを求めるように俺に向ける上目はあざとさのようで、しかし額の脂汗が激痛の真実味を物語る。


「ちょ……お前、やり過ぎだ――!?」


 視線をハルトに戻すと、脇には僧侶のエイルが寄り添っている。

 彼女が掌をかざす焦げたハルトの肉体は、見る間に綺麗な地肌を取り戻す。


「か、回復魔法……」

「やり過ぎだと? あの魔法を見ておいて、よくそんな悠長なことが言えるよな。殺す気で来られたら、ガキもクソも関係ねぇだろ」

「うっ……」


 悔しいが、そればかりはハルトの言うことが正しい。


「こちらもハルモニアが回復できるけど、ハルトの強さはカーラやドールより更に上。おまけに相手にも回復できる僧侶がいて、エルフの方は未だに未知数……」

「おいおいおい! 馬鹿かてめぇは! そんな心配してる場合かよ!」


 傷を癒したハルトの足はカーラでもドールでもなく、俺の方へと進みはじめる。


「ま、待って……俺はたったのレベル1で……」

「はっ! レベル1だと!? お前こそ真のゴミじゃねぇか!」


 俺への暴言は聞き捨てならじと、ハルモニアとカーラが俺の前に立つものの――


「邪魔だ!」


 ハルトは裏拳(バックフィスト)を振り回し、二人は丘の斜面を転がった。


「やめて……俺は戦えないんだ……」

「あっはっは! 見ろ、エイルにオルル! こいつ泣いてやがるぞ!」

「おほほほほ! だらしないですわぁ!」

「あうあう……殺してしまうのは……」

「エイルは甘いな。俺の邪魔をする奴はこうなるって、生意気な女共に思い知らせてやる!」


 痛む体を引き摺って、俺を守らんと這い寄る仲間たち。

 だけど間に合わない。ハルトのかざす暴力は、今すぐにでも俺に落ちてきてしまう。


「くたばれぇえええ――げふん!」


 振り上げた拳は下ろされず、前のめりに倒れるハルトは人型に地面に埋まった。

 そんなハルトの後方には正拳突きの型を繰り出す、金髪耳長のエルフが構えている。


「オルル……お前……俺を殴るとは……どういうつもりだ」

「ハルト様……いいえ、ゴミ野郎。この方に手を出すんじゃないですわぁ!」


 自長の半分はあるであろう長い脚を振り上げると、オルルは猛烈な踏みつけ(ストンピング)をハルトの顔面にお見舞いする。


「うらうらうらぁあああ! 這いつくばって土でも舐めるがいいですわぁ!」

「げほっ……ぐえっ!」


 ファッシネイション。味方が間に合わないのなら、敵を利用すればいい。

 まさか魔力が高いと思っていたエルフ種が、武道家だったとは恐れ入ったが。

 これでオルルは俺の魅了の虜になり、そして――


「エイルゥウウウ! 俺を助けろぉおおお!」

「は、はい!」


 駆け寄るエイルはハルトに手をかざし、魔力の光がたちまち体を包む。


「オルルゥ……てめぇ、許さねぇ! 傷が癒えたらオルルもまとめて、全員後悔させてや……うぐぐ……」

「傷は癒えませんよ、ハルト様。いえ、クソ野郎。いま体に流しているのは、強力な毒魔法ですから」

「ど……毒?」


 ハルトが口元を押さえて嘔吐いた直後、どぼどぼと鮮血が滴り地を濡らす。


「おえ……ぐるじい……」


 足蹴にしたオルルと、毒を流したエイル。そして這い寄るハルモニアにカーラにドールの三人は立ち上がると、憐れな一人の転生者を冷たく見下ろす。


「あひゃひゃ! きもーい!」

「臭くて臭くて汚いのぉ」

「ざまぁ過ぎて……うひっ……お腹が痛いですぅぅぅ!」


 丘の上は明るく高らかな、乙女たちの笑い声で包まれる。

 しかし今この状況では、人の不幸を嘲る不気味な嗤いにしか聞こえなかった。


「エ゛イ゛ル~オ゛ル゛ル~~……なぜ……裏切った……俺のこどを……あんなに慕っでいだのに~~」


 あっけらかんと顔を見合わせるエイルとオルル。

 ぷっと息を漏れ出すと、這いつくばるハルトに指を差す。


「きんもー! そういえばハルトは異世界の女はチョロいだとか、意味不明なことを言ってましたわね! これで幻想から覚めましてぇ?」

「強いからです、逆らったら怖いからです。別にあなたのことを心から慕っていた訳ではありません」

「ぞ……ぞんなぁぁぁ……」


 ハルトはみるみる衰弱し、荒かった呼吸も次第に細りだす。


「おもしれー! チョロインなんて信じてたんですかぁ? 女がそんなチョロい訳ないじゃないですかぁ! 強者の側にいれば安心だからゴマを擦って甘えてみせる。女というのは(したた)かで、利用されていたのはハルトの方だったようですねぇ!」


 ハルトの無様を手を叩いて喜ぶハルモニア。乗じてドールも腹を捩って笑い泣き、カーラはハルトの鞄を漁りはじめる。


「ほほほ、割と金を持っておるぞ! 今夜も晩酌じゃ!」

「やったぁ! 今日も飲み会だよ、ネクロくん!」

「あまりネクロさんに無理させちゃいけません。でも二日酔いを緩和する魔法なら知ってます!」

「あのあの……私とオルルも……」

「ネクロ様と一緒に連れてって欲しいですわぁ!」


 三人からブーイングが飛ぶものの、エイルとオルルも譲らない。

 そうして騒がしい口喧嘩がはじまり、ハルトは誰にも看取られぬままに、毒が回って息絶えた。

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