愛憎劇の幕開け
気付いた時には、いつの間にかベッドの上で寝ていた。
朝の清々しい陽が射すが、なにより頭が痛くて敵わない。
これが二日酔いというものなのか、昨日の記憶が途中からぷっつり途絶えてしまってる。
見渡す感じ、ここは恐らく宿の部屋なのだろう。
酔った勢いで訪れたのなら、何か如何わしいことをやらかしてしまっているのではと恐れたが、部屋には俺一人だけで皆の姿はなかった。
「風呂に入ってさっぱりしたいな……」
けれど俺に魔法は使えない。誰かに頼まなければならないが、できることならリムルがいいな。果たしてどこにいるんだろう。
部屋を出てみるが、宿の廊下は朝の静けさにしんとしており、誰がどの部屋にいるかも分からない。
試しに隣の部屋の戸を叩いてみるが返事はない。みんな酔い潰れたまま、今もぐっすり寝ているのだろうか。
念の為に取っ手を捻ってみると、なんと扉は開いてしまった。
不用心にも程があるが、そろりそろりと物音立てずに中に入ると、部屋のベッドは人ひとり分だけ膨らんでいる。
こっそり近付いてみると、ベッドには銀髪をシーツに乱すリムルがいた。
険の取れた美しい白肌に、騎士の称号の似合わない穏やかな寝顔をしている。
寝ているのなら起こすのは申し訳ないし、いったん皆が目覚めるまで、風呂に入るのはお預けにしようと、部屋に背を向けた時だった。
頭に違和感が過った。
酔いに痛む頭は冴えて、再びリムルの方を振り返り見る。
「あれ? 寝てる割にはいやに静かというか……微動だにしていないような……」
寝ているのなら、毛布は呼吸に合わせて上下に動く。
しかし俺の目に映るのは、ただ盛り上がるだけの毛布の塊。
「う……嘘だよな?」
横になるリムルに歩み寄り、毛布を剥いで体を揺らすその瞬間。
俺は掌を通じて気付いてしまった。
冷たいんだ。
まるで肌が氷のように。
「起きろ……リムル……起きるんだ!」
必死に体を揺さぶるが、リムルは腕の動きに合わせて揺れるだけ。
それでも構わず呼び掛け続けると、騒がしさに目覚めたのか、背後に人の気配が寄って来た。
「むにゃむにゃ……どしたのネクロくん?」
「わらわ眠ぅて眠ぅて……」
「何かあったんですか? ネクロさ――」
ハルモニアが目に入るなり、足もとに縋り付き懇願する。
「どうしよう! リムルが息してないんだ! 助けてくれ!」
ハルモニアはすぐにリムルに駆け寄って、ドールとカーラも後に続く。
「これは……」
「な、治せるよな? ハルモニアは転生だってできるんだし」
「……残念ながら……それは無理です」
「え?」
それって……え?
つまりリムルはこのまま……死ん……
「嘘だぁあああ!」
「申し訳ありませんが、転生の力はお師匠様の許しがないと使えません。ネクロさんに言うのもなんですが、生と死は本来手を出すべきでない、禁忌の領域なのです」
「頼むよ……そんなこと言わないでくれ……お願いだよ……」
「ネクロさんのお願いならなんでも叶えたい。だけど無理なことはできません。許可だけでなく、お師匠様には力そのものも借りています。転生は天使だけでは行えない、神の御業なのですから」
ハルモニアは目を伏せて、残るドールとカーラも役には立てないと顔を背ける。
「あああああ! そんなぁあああ!」
居ても立っても居られずに、冷たくなったリムルにしがみついた。
今にも目覚めそうな安らかな寝顔は、今後いっさい瞳を開くことはない。
愛しいリムルの笑顔が、声が、もう二度と見ることが敵わないなんて……
「リムルゥウウウ! 嫌だぁあああ!」
俺は声を上げて叫んだ。
人目も憚らず泣きじゃくった。
そんな俺を慰めるように三つの掌が肩に乗り、振り返るとハルモニアとドールにカーラ、三人の乙女の視線は――
冷たくほくそ笑み、リムルの遺体を見下ろしていた。