イっちゃって!
目の前に置かれるマグには、赤茶けた液体がなみなみと注がれている。
俺の転生前は十八歳、お酒を飲むことは憚れるが……
「転生したんですから歳なんて関係ないですよ!」
「でも……」
「ネクロさんは二十歳の肉体に転生しました。天使の私が今、そう決めました。これで倫理的にも肉体的にも、何も問題はないですよね?」
「……じゃあ少しだけ」
皆が一心に見つめる中、マグの表面をちびっと一口啜ってみる。
「苦っ!」
おまけに美味しくない。
世の大人たちは、よくぞこんな不味いものをこぞって飲むもんだ。
「あはっ、はじめの内は仕方あるまいよ」
「慣れですよ、慣れ!」
「その内おいしく感じるようになるからぁ」
「ぐっと一息に飲むが良いぞ」
え? 飲まないという選択肢はないの?
しかし彼女らは期待の眼差しを寄せていて、然るべき世界ならアルハラなのかもしれないが、女子から羨望を向けられてしまうといかに最弱な俺でも、少しくらいはかっこいいところを見せたくなる。
「じゃあ……いくよ……!」
「うん!」
「キて!」
「イっちゃって!」
「イクゥウウウ!」
いくのは俺だっつの。
いざマグを傾けると、喉を鳴らして冷たいエールを胃に注ぐ。
不味い……不味いのだが、ここで止めたらもう飲める気がしない。
気合いで流し込み残りはあと半分……更に巻き起こる黄色い声援は、意地でも飲んでやろうという気にさせる。
あと少し、しかし最後のちょびっとが途轍もなくしんどい。
「あぁぁん!」
「あとちょっとぉおおお!」
「最後までぇ!」
「飲み干してたもぉおおお!」
底面を天井まで掲げると、ドカンと空のマグを卓上に叩き付ける。
これにて完飲。なんだか頭が少しぼやけて……
「ああああああああああああ!」
唐突な喘ぎ声でぼけた頭も明瞭に。
酒を飲んだ俺よりも恍惚とした顔を見せる女性陣だが、ただ酒を飲むシーンのどこに欲情するのか切に教えて欲しい。
その後は更に一杯追加され、ここでようやく乾杯の音頭を取ることに。
お淑やかにマグを重ねる様はなかなかに女子らしく、そして皆で一口目を含むや否や――
「ぷっはぁあああ!」
「サイッコーです♪」
「おいちぃ☆」
「キンッキンに冷えてやがるのぉ!」
おっさんと化した。
あまりにうまそうな顔をするもんだから、己の味覚を疑いたくなるが、ちびっと一口なめるとやっぱり苦くて、雰囲気だけ頂いてマグを置く。
「で、ネクロさんはいったい誰が一番好きなんですかぁ?」
「恋バナ恋バナ!」
「もちろんわらわに決まっておるだろう?」
身を乗り出して迫る女たちの中で、リムルだけは一つ引いたところで上目を向けている。
「ごめんね、まだ分かんないや」
「んもう!」
「はっきりして欲しいな」
「焦らすのぉ」
わいわいと賑やかな卓の下、つま先でリムルの足を密かに突いた。
「えっ……」
驚き顔を見せるリムルは意図に気付いて、途端に真っ赤にのぼせ上がる。
「の、飲むぞぉおおお! 店の酒ぜぇんぶ持ってこぉおおおい!」
「ど、どしたのリムル?」
「ほほう、自分が選ばれないと分かり、酒で誤魔化そうという訳じゃな」
「ふぅん、なるほどですね」
昨夜からというもの、リムルの無理をしたエロ発言はなくなった。
そうして今はただ、恥ずかしがり屋の可愛い女の子だ。
「酒がうまい! これほどうまい酒は生まれてこのかた飲んだことがない!」
「そうだねぇ。ドールもネクロくんと飲むお酒は格別なんだよ!」
「飽いたと思うた酒の味が新鮮じゃ。ネクロ殿はわらわに数多の初体験をもたらす。石像作りなどにハマった理由が、今となっては分からんわ!」
しらふでは随分な発言だが、酔った俺たちの中では笑える話で、その後もくだらない話に腹を抱えた。
彼女らは己を語るより俺の話に聞き入って、何より俺の笑う姿を喜んで、酒に浮かれる中でも、そのことだけは少し心が痛む。
彼女ら全員と付き合うことはできないし、なにより俺はリムルが好きだ。
リムルの笑顔を見ると心が和み、リムルが赤らむと胸がときめく。
それは俺がはじめて知った好きという感情で、彼女らが俺を喜ばせたい理由が肌で分かった。
だからこそ、リムルを除いた皆の笑顔を見ると、申し訳なくて心苦しい。
しかしそんな考えも、酒が進む内に頭は回って、皆も同じくアッパラパーになり、最終的には出禁を喰らうほどの酒池肉林と化したのだった。