バスト三桁のメドゥーサ
カーラと名乗るその魔物は、恐らく伝説の怪女メドゥーサだ。
その存在は転生者である俺すらも、架空の存在として聞いたことがある。
「もしかして……洞窟の中の石像たちは……」
「ほう……中々勘の鋭い奴じゃ」
やりよると、吊り気味の眼を細めるカーラだが、割とメジャーな見た目してるし、気付く者は多いと思うんだけどな。
「ネクロ? あの石像がどうしたというのだ」
「それより今は魔物の動きに集中しようよ」
「え……リムルにドールはメドゥーサを知らないの? 蛇の髪を持つ女で、見たものを石に変える力を持つっていう」
「見た者を石にだと!?」
「それって超チートじゃん!」
「ちょwww。わらわそこまでのことはできぬから」
ん? いま敵の声が混じったような。
「見たものを石とするとな、どれだけ不便な力じゃ。それではろくに飯も食えんし話もできぬわ。じゃが石にするというのは空言ではないぞ。作法は秘め事じゃがな」
「頭の毒蛇で噛むと石化するとかだったりして?」
「うぬぬ……小癪な……乙女の秘密をネタバレしおって!」
「当たってたんだ……だけど妖艶な感じはするけども、乙女っていうよりは、どちらかというとアダルティな見た目で——」
「えい、黙らんか! 気にしておるのじゃ! 度重なる無礼、もう許さぬ……かかれ! お前たち!」
意図せず火に油を注ぎまくって戦いは始まった。
四方八方から迫り来る魔物を前に、俺はあたふたと慌てふためくだけで精一杯。
情けない俺を囲むように、三人の女が盾となる。
「戦闘魔法でも最高峰、気象魔法の力を見せてやるんだから!」
ドールはロッドを地面に突き刺すと、一面に七色の魔法陣が浮かび上がる。
術式は光の粒子を放っていて、それは幻想的ながら、直後には恐ろしい大地震を引き起こした。
立っていられない程の振動が地を揺らし、洞窟の天井は見る間に崩落する。
「うぬは自爆する気か!?」
「ううん、当然生きるつもりだよ。帰還魔法があるからね!」
「はっ!?」
先程はまとめてかかられる際のリスクを上げたが、これはその逆。
一網打尽にできる方法があるのなら、団体行動は極めて危険。
「ぶっ潰れちゃえぇえええ!」
ドールが掛け声を発した直後に、光の粒子が俺らを包み、気が付くと埋め立てられた洞窟の前まで戻ってきていた。
「はぁい、一丁上がりなんだよ!」
「おいおい……強すぎなんだけど」
「えへん! けど戦い方の問題かな。洞窟に引っ込んでる方が悪いんだもん」
「罠に嵌まったように見えて、嵌められてたのは敵の方だったって訳か」
「だぁれが……ハメられたとな……」
ん? いま敵の声が混じったような。
積み上がる岩石の隙間を通る声。
その声は先程まで聞いていたしゃがれ声で、巨岩を押しのけるカーラが血に塗れて這い出て来た。
「そんな……あの土砂崩れの中で生きていたのか」
「わらわはこう見えて未だ処女ぞ。ハメられてなどおらぬわ」
「そういう意味じゃ――」
「かなり焦ったが、この程度で死ぬカーラではないわ。じゃが……それより許せぬことが一つある」
カーラは悔いるように洞窟跡に目を流すと、再びこちらを見る眼は蛇のように縦に切れていて、頭に上る血液が傷口から噴き出した。
「わらわのコレクションを台無しにしおってからに……生きては帰さぬぞぉ!」
翠色の蛇髪をわらわらと逆立てるカーラは、たった一人となっても闘志は衰えるどころか増している。
「ちっ……どうやら正面から戦うしかないようだな」
「でもこれで四対一です。勝機ありですよ!」
彼女らは気を遣ってくれてるのかもしれないが、俺を頭数に入れられても役には立てんぞ。
「間抜けがぁ! わらわがなぜ呪われし乙女たちと呼ばれるか、それをとくと思い知らせてやるわぁ!」
逆立つ髪に合わせるように、俺でも見える邪気の塊がカーラの巨体から迸る。
だがそれ以上に目に付くもの。それは放たれる邪気と共に波打つバスト。
バランスで見ればともかく、大きさだけならハルモニア以上とは恐れ入った。
「なんておっぱい……じゃなかった、なんて邪気なの!」
「レベルが違う邪乳……じゃなかった、邪気!」
「当然じゃ! わらわのバストは158……じゃなかった……レベルは三桁の158! レベル100超えの人間なぞそうはおらん!」
桁違いのレベルに怯むドールとリムルだが、ここで白い手が一つ上がる。
「聞いて聞いて! 私1000レベルです!」
「な、なんじゃと!?」
「でも戦えないじゃん」
「どうせ戦えん癖に」
「なんじゃ、ビビった。戦えんなら問題ない」
「ぴえん」
え?
戦えないって、わざわざ敵に教える必要あった?
「改めまして、いざ参らん!」
巨体に似合わぬ俊敏さで飛び掛かるカーラ。
腰の剣を抜いたリムルが迎え撃つ。
激突と共に鈍い音が響き渡り、鋼の刃に素手を押し付けるカーラだが、苦悶の表情を浮かべるのは――
「うぐっ……素手だというのになんて重い」
「愚か者がぁ! わらわの膂力は鋼をも引き千切る! たかだか武装した人間ごときに負けるはずがなかろうがぁあああ!」
戦闘力も気迫も全てカーラが勝っているが、怒りに回りは見えていない。
隙を見たドールが背後から杖先を向ける。
「今だ! 魔導砲――っつ!?」
一度は杖先に凝縮した魔力が宙に散る。
足元ではドールの革のブーツに蛇が噛みついていて、顔を歪めるドールを見るに、恐らく生地を貫通してしまっている。
「いつの間に!?」
「揃いも揃って阿呆ばかりじゃ。わらわの髪をよう見てみい」
カーラの毛束の一本が伸びていて、土を割って地面の下に潜っている。
そしてドールに噛みつく蛇の胴体は、同じく地面の穴に通じていた。
「まさか地中を潜ってきたの!?」
「わらわがそっぽを向こうとも、蛇どもには独立した視覚があるのじゃ。死角を取ったつもりじゃろうが筒抜けよぉ!」
そして蛇の毒は石化毒。
ドールの患部は見る間に石に変わっていく。
「そんな……体が石に……どどど、どうしよお!」
「落ち着くんだドール! 治癒魔法ならハルモニアが――」
「いえ、初めて見る異常です! 申し訳ありませんが……治し方は分かりません」
「そんな! 何か……なんでもいいから他にないの? 石化じゃなくても、状態異常全てに効く魔法とか薬とかは……」
俺の浅はかな知識では、そういうものはあって然るべきで、しかしハルモニアは首を横に振る。
「残念ですが、そのような都合の良いものはありません。毒や病は種類が多く、同じく回復魔法も多様にあって、術者が適正なものを選ばなければなりません。薬や魔法に善悪など分かりませんから、仮に全てを治せる治療など、それは万能薬でなく全ての機能をも停止する劇薬となります」
そう、これはゲームではない。
ひとえに毒といっても、その種類は何百、何千種とあり、そして抗体や治療法も同様に沢山の種類が存在する。
全てを治す万能な治療法など存在しない。
ハルモニアの言う通り、毒は薬であり薬は毒。
人体に有害なものだけを治すなんて、魔法や薬が意志を持ってる訳ではないのだ。そんな都合の良いものはありえなかった。
見る間にどんどん侵食する石化毒。
既にドールの膝下は石と化してしまった。
「嘘……嫌だよ……ネクロくんと別れたくない!」
迫り来る石化の恐怖に、ドールは瞳いっぱいに涙を浮かべる。
俺は一人を愛すると決意したが、幾ら何でも死別など望んでない。
味方には治せる者は存在しない。だけど――
「もしかして……術者なら……」
戦闘力は村人以下。
そんな俺がリムルの横に立ち、魔王の配下であるカーラに面と向かう。
「お前は石化毒の解毒方法を知ってるのか?」
「さての。冥途の土産は好かんのじゃ」
とぼけているが、はぐらかすのは図星の時だと相場が決まってる。
「知ってるな? 今すぐこの場で治せるのか?」
「しつこい男も嫌いじゃぞ。先ほどから隠れてばかりの情けなき男め」
「言いたいことは好きに言えよ。だけどドールは治すんだ!」
「ほほほ、だぁれが治すか! このまま全員石像にしてや……る……」
威勢の良さは萎れていき、カーラの瞳は次第に泳ぎはじめる。
「治さなければお前のことを……」
「あ……あ……」
殺してやる! だなんて、そんな大それたことは俺にはできない。
だけどこの力をもってすれば、死より悍ましい条件すら提示できる。
事実ドールは死の恐怖より、俺との別れを恐れていたのだから。
「嫌いになってやる!」
「あややぁあああ! それだけは堪忍してぇえええ!」
リムルの刀身から手を放すと、腰を落とすカーラは俺の足に縋り付き、必死に許しを乞いはじめた。
「何卒ぉぉぉ……」
「それより早く! もしも解毒に間に合わなかったら――」
「分かった分かった心得た! わらわ全速で治すゆえ、ゆめゆめ嫌わんでくれ!」
駆け出したカーラは転ぶようにドールの足に突進すると、慌てて治療を開始した。
その一心不乱さは、まるで追い込まれた受験生のような、時限爆弾の処理班のような。
種族が違えど、異性ならば問答無用で攻略する。
最強のスキル、ファッシネイションならば、呪われし乙女たちでさえも例外ではなかったのだ。