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ワルキューレ・アナテマ

 翌日は日の出前に目が覚めた。

 またいがみ合いが起きるのも癪だし、惜しむリムルを先に自室へと帰すと、しんと静まり返る部屋の中で、一人ベッドに腰掛けて天井を仰いだ。


 これからの俺の人生。魔王を倒した後のことも踏まえて、今はどうしていいかさっぱり分からない。

 だからとりあえず冒険しつつ、世界のことを少しずつ学んでいこうと思う。

 しばらく間を置いてから部屋を出ると、涙目のドールが全体重を乗せてしがみついてきた。


「うわぁああん。一人で寝るの寂しかったよぉ」

「はいはい……」


 甘えるドールの行動は妹的なものと割り切ることで、なんとか理性を保てたのだが、続け様に背後から綿菓子のようなふよふよが押し当てられて、緊張の糸はバーストする。


「ふぉおおお!」

「やっぱり! 犬猫みたいに擦り付くガキより、私のマシュマロが一番ですよね!」

「ぐぎぎ……ドールだって成長したら凄いんだから」

「そのくらいの年頃には既に未来は見えてましてよ。ドールはこの先一生、まな板のままと断言しましょう」

「黙れ! ババアの癖に!」

「ちくしょうが! また歳の話をしやがって!」


 もはや恒例行事の口喧嘩。

 この調子ならリムルと寝たこともバレてないみたいだ。

 やれやれといった呆れ笑いをひっそりリムルに送ってやると、顔を火照らせて淑やかに俯いた。


「おや、今日はリムルは静かですね。ようやくネクロさんを諦めましたか?」

「ふ、ふざけるな! このアホ乳女!」

「馬鹿乳だのアホ乳だの……私の乳は賢い乳です!」


 その発言が、既にアホっぽいと思うのは俺だけか。


 その後しばらく言い合いが続いて、宿を出た俺たちは北東の洞窟へ向かう準備を整える。

 水は持たなくていい点は助かるが、食べ物はさすがに必要だ。そして何より必要なもの、それが魔力を補う為のエーテルというもの。

 魔力はごく小さな魔素というものからできていて、この世界ではクインタ・エッセンチアと呼ばれているそうだ。

 そしてクインタ・エッセンチアは、魔法細胞であるソルセラに収められる。

 魔力が枯渇すれば魔法は使えず、そうなれば飲み水も出すことはできない。

 結果的には脱水や餓死に至るのだが、魔力の枯渇が要因で死亡する冒険者が多いそうだ。


「俺は戦えないし、せめて荷物係にはなるよ」

「ネクロくん優しいよぉ~。でも自分の荷物くらい自分で持つね!」

「有難い申し出だが、旅慣れしてないと手ぶらでもきついぞ。まずは少しずつ、足を慣らしていった方がいいんじゃないか?」

「それに荷物は分散させた方がいいです。荷物係とはぐれてしまったら、奪われてしまったら、焼き払われてしまったら。まあネクロさんをそんな目に遭わせるなんて絶対に阻止しますが。どうでしょう? 分けていた方が良い気はしませんか?」


 感情でくるかと思いきや、合理的に論破されてしまった。

 こうなれば俺だけが荷物を持つ訳にはいかなくなる。


「面目ない……」

「謝らないでください。悪いのは天使の私の方なんですから」

「ほんとにそうだ。お前が神になる為に付き合わされるネクロの身を考えろ」

「う……」


 ハルモニアはばつが悪そうに言葉を詰まらせる。

 俺はこの時そうじゃないと、ハルモニアを庇う言葉が喉まで出かけて言うのを止めた。


「なになに? 神になるってどゆこと?」

「あのな――」


 リムルが一部始終を説明すると、ドールも乗っかってハルモニアを非難した。救いを求めるようなハルモニアの視線から、俺は逃げるように視線を逸らす。

 能力の解除方法は分からない。俺から魅了しておいて、どっかに行けとも言えない。だからあわよくば、俺に幻滅してくれることを願って。


「出発準備は整ったけど、これでワルキューレ・アナテマに勝てるのかな?」

「討伐に行った者は返り討ち、だから情報はとても少ないの。高位魔物は下位魔物を従えられるし、自ら表に出る必要も少ないんだよ」

「まあレベル1000のハルモニアがいるんだ。何かあれば盾にして逃げられる」


 リムルはいつもの嫌味を向けるが、しかしハルモニアはいま気が付いたように、呆けた面を上げてみせる。


「ふえ?」

「聞いてなかったのか……レベル1000のお前が壁役になってくれって話だ」

「はぁ……って……酷いですぅ!」


 ようやくいつも通りの調子を見せるハルモニアだが、あれぽっちの仕種でも少しは響いたのかな?

 でもまだまだ、嫌われるには足りないよな。


 グラマリアの町を出て、北東に向けて歩みを進める。途中にはまばらに人も見えたが、山の麓に着く頃には誰一人見当たらなくなった。

 切り立った岩壁にはぽかんと穴が空いていて、暗がりの洞窟が続いている。目視では奥がどれほどあるかも分からない。


「ルークスルークス、希望の光よ。行くべき道を照らしておくれ」


 ドールが呪文を唱えると、杖先には光が宿る。


「魔法があれば松明(たいまつ)も不要なのか」

「光魔法は使える人が限られちゃうけどね。超強い光も出せるから、コウモリとかも一時的に逃げていくよぉ」

「これだけ暗い洞窟なら、中の魔物も光には弱そうだよね」

「いや、それは分からんぞ。魔物でも光魔法は使えるからな。特にワルキューレ・アナテマは高位の魔物である以上、人格があると思う。だとしたら人並の生活を求めてもなんらおかしくはないだろう?」


 言われれば確かに。

 俺が知る架空のファンタジーでは、人語を喋れる魔物が野生に生きていたりするけど、人と似た人格があるなら、灯りや暖かさのある良い生活を目指そうとするのが自然だよな。


 洞窟を奥へと進んで行くと、途中には人の使っていたであろう衣服や装備が転がっていた。

 それだけなら訪れた冒険者の成れの果てと分かるが、次第に家具が置かれるようになり、道脇には芸術品と思わしき石像が置かれている。


「すごいリアルな石像だ……まるで生きている人間のよう」

箪笥(たんす)の中は空っぽだ。気まぐれに持ってきたのか、それとも使わなくなったものなのか……」

「仮に後者なら、この洞窟の魔物が生活というものを解して、芸術を楽しむということです。かなり知能の高い魔物だと認識できますね」

「でも本当に誰かいるのかな。魔物の一匹も見えないし、もぬけの殻なのかも」


 何気なく発した言葉だったのだが、耳にした皆は一様に目を見開く。


「そういえば魔物が一匹も……まずい……これは罠だ」

「わ、罠?」

「それだけの知能を持ってる魔物なんだよ! 気配に気付いて、ドールたちの力を察して、洞窟内の魔物を残らず引っ込めた!」

「それって逃げようとしてるってこと?」

「逆です。四体一を百回なら私たちの勝ちです。けれど四体百ならそうはいかない」


 戦いもしらない俺には計り知れないが、仮にゲームで例えたら。

 洞窟内の雑魚敵がまとめて全て襲って来る。別々で戦うはずの四天王がまとめて四体掛かって来る。パーティで一体の魔王に挑むはずが、しもべの魔物と総出で向かって来る。

 こちらは四人パーティで一度のターンに四回攻撃。対して相手のターンには数百回の連続攻撃が襲い掛かる。

 そんなRPGクソゲーだ。それが今、俺たちの身に降りかかろうとしている。


「に、逃げた方が……」

「いや、そういう訳にはいかないようだ」


 リムルの目は上に向いていて、洞窟の天井からは砂埃が降ってきた。


「洞窟が震えてる……」

「ネクロくん、どうやらお出ましみたいだよ」


 その振動は行進で、蛇に蟲に獣にスライム。洞窟の魔物のオールスターによる前後方からの挟み撃ち。

 そしてそれらの総大将が、頭一つ出たところで俺らを見下ろす。


 噂には大蛇、しかし見た目は艶女。

 翠色の頭髪は波打つように蠢いて、毛束の一本一本が毒牙を持つ蛇を成す。

 洞窟のワルキューレ・アナテマの正体はメドゥーサだった。


「ほほほ……憐れな人が、一、二……四人かの。お望み通り、このカーラのコレクションにしてやるわ!」

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