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可愛い…かった

作者: 埃川 彼芳乙




「ほら歩け」


 ドスの利いた声が後方から聞こえる。

 金属が擦れる鈍い音がすると、一緒になって私の首が何かに引っ張られた。


 何も分からない中でただ一つ分かっていることは、私は誘拐されたという事だけだった。


「ご、ごめんなさい」


 目隠しされている為、自分の状況が把握できない私は少しでも身を守ろうと反射的に謝ってしまっていた。

 やたらに足が重く、自分の思ったような歩幅で歩けなくて何度も(つまづ)く。その度に何かで引っ張られて首を絞められた。


 恐い…。その感情だけが今の私を支配していた。


 自分が今から何をされ、これから先どうなるのか何も分からない。目隠しされて成す術の無いこの状況が恐怖を二倍にも三倍にも増幅させていた。


 お父さん、お母さん…助けて……。私は心の中で切望する。

 

 これから私は殺されるのだろうか…それとも強姦されるのだろうか…。嫌な想像だけが頭の中を駆け巡る。

 

 もぅ、嫌……誰か助けて…。




「止まれ」


 同じ声に命令される。

 私はなるべく相手を刺激しないようにと震える足腰に鞭を打って、出来るだけ従順に従った。

 ジャラジャラと何かを巻き付けるような音と少し高い金属音が鳴る。



「皆様!お待たせ致しましたっ。続いては十三番。弱冠十七歳の現役高校生でございます!それではお披露目」



 私に命令してきていた野太い声の男とは対照的な明るい男の大音声(だいおんじょう)が響く。

 後頭部を触られる感触の後、視界が白く焼ける。私は思わず目を細めた。


 おぉ~、というどよめきが海鳴りのように広く響く。


 真上にある強烈なスポットライトの明るさに段々と目が慣れてきた私は辺りを見渡した。

 円卓のステージ、真ん中に在る支柱には蛇が蜷局(とぐろ)を巻くように鎖が巻き付けられ、ごつい南京錠がそれを固く結んでいた。


 ステージに当たる光が眩しすぎて周辺は薄闇が広がっているだけで、何も見えない。

 ただ、人の息遣いや含み声が私を取り囲むようにして聞こえてくるのみである。


「可愛い…買った」


 どよめきの中、その言葉だけが何故か私の耳に届いた。


「百!」


 突如として上がる声に私は驚く。

 それに釣られる様に方々(ほうぼう)からも次々に声が発せられる。


「三百っ」

「五百!」

「はい!五百頂きました!」

「八百」

「千二百」

「おおっとぉ!千を超えました!他には?」

「三千!」


 その言葉を皮切りに周囲が一層騒めいた。失笑や嘆息するのが聞こえる。

 一体何が行われているのか、私の身に降り掛かっている厄災が何なのか分からない私だったが、これだけは本能的に分かっていた。


 早くここから逃げないと。


 私は第六感に急かされるようにして、鎖を(ほど)こうと狂ったように引っ張った。

 鎖はギリギリと軋みを上げるだけで全くビクともしない。


 お願い…外れて、ッ……!



「三千出てますよ!他は?……いないようですね」


「U氏が三千万で十三番を落札しました!ありがとうございます!」


 四方から拍手が沸き起こる。

 巨漢が静かにステージに上がってくると私の口と鼻を覆うように布を押し付けられる。


「んんッ、んー!」


 私は精一杯暴れる。

 こんな所で死にたくない、その一心で渾身の力を振り絞って藻掻(もが)いた。これでもかというほど足掻(あが)いてみたが、段々と四肢に力が入らなくなってきて動かすこともままならなくなってくる。意識は朦朧(もうろう)とし始め、呂律(ろれつ)も回らなくなってくる。

 それを確認した巨漢は布を外して私の頭に信玄袋を被せるとぎゅっ、とその口を(すぼ)めた。


「い、いあッ!あめ、え!!」


 (もつ)れる舌が(うと)ましい。

 言葉に成らない絶叫を吐き続けるしか出来なかった。

 混濁する意識の中で、必死になって叫ぶも嗅がされた薬のせいか、袋のせいか段々と息苦しくなってきて呼吸をするので精一杯になってくる。

 吸って吐いてを繰り返し、辛うじて意識を保てている、そんな状態だった。

 次の瞬間には左腕にチクリとした鋭い痛みが走り、何かが私の中に流し込まれていった。何とか繋ぎ止めていた意識の糸がプツンと切れて、私は闇の中へと沈んでいった。





 目が覚める。

 あれ?ここは…。私は辺りを見渡そうとする。が上手く首を動かせられなかった。

 焦る気持ちを少し落ち着かせて、視界に映る情報から何かを()み取ろうと試みる。


 見覚えの無い殺風景な洋室。

 どうやら私は、その内装の一つである一脚の椅子に(くく)り付けられているようだった。


 そ、うだ…。私、大男に眠らされて、それで…。(おぼろ)げな記憶を辿るも上手く思い出せない。

 私、何でここにいるんだっけ?……と、とにかく助けを呼ばなきゃ。私は息を整える。


「あぁうええぇー!」


 縺れた叫びが室内に響く。

 一瞬誰が発したものなのか分からなかったが、徐々に自分のものであることを自覚して困惑した。

 まだ舌が痺れてて上手く動かせられない。


「お目覚めかな?」後ろから穏やかな男性の声が語り掛けてくる。


 そちらを向こうと藻掻いてみるも、やっぱり思うように動かせられない。


「あぁ、無理はしないで。まだ薬が抜けきっていないんだ」


 そう言って頭を撫でられる。背筋が粟立った。


「やぁ。こんにちは」


 私の前に姿を現したのは目を見張る程の美しい青年だった。


「僕は生守(うかみ)京冶(きょうや)」にっこりとほほ笑む。


「今日から君のご主人様になる者だよ」


 彼の言葉を理解するのに数秒の間を要した。こんな非現実的な事が自分の身に降り掛かるなんて誰が想像するだろう。


「おおいうおおぉ」

「あぁ、そうだね。君にも名前を付けて上げないとね」男は軽快に笑った。


 私の状況なんて顧みず、勝手に話を進める得体の知れない男に恐怖を感じる。

 それに私には坂下(さかした)(りん)という(れっき)とした名前があるのだ。こんな不気味な奴に付けられる筋合いなんて無かった。


「そうだなぁ………。ノエル、なんてどうだろう?」

「いおい!」

「うんうん。気に入ってくれたみたいで嬉しいよノエル」

「それじゃあ、早速だけどお愉しみタイムといこうかノエル」



 手錠で括り付けられていた両手足を解放され、車椅子へと移し替えられる。そしてまた手枷足枷を()められる。


「あっえ、ええっああ!?」


 ぎぃぎぃ、と耳障りな軋みを上げながら車椅子はゆっくりと進み始める。


「大丈夫。大丈夫だよ」


 男は森のくまさんをハミングしながら、私を乗せた車椅子を押していった。











いつかの未来で花開くその時まで。


はい、いつも宛らいつか書きたい小説の小ネタです。

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