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養殖の海  作者: みど里
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底に沈む

 蒼き森の姉妹姫は、二者ともに自分たちの異常性をきちんと自覚していた。ここに至るまで、彼女たちとて考えない事などなかったからだ。


 この想いは錯覚なのではないか。

 家族に対してのただの依存なのではないか。


 だが成長するにつれ、時が流れるにつれ、互いの結婚、という現実を受け入れるにつれ。

 それは錯覚なのではないと思い知らされただけであった。いや、むしろ錯覚であったのなら。世間一般で言う『普通』のくくりに自分たちが入っていたのなら。

 どれだけ楽であっただろうと何度思ったか知れない。

 正常に狂っていった彼女たちは、思考そのものは『普通』であった故にじりじりと悩み苦しみ――最終的にはそれを乗り越え、達観した。

 同じ腹から生まれ、全く同じ血がその身を流れる存在。例え違う道を歩んでも、互いが互いの『唯一』ならば、それでいいではないかと。


 幸か不幸か。

 姉も妹も、婚約者との仲は決して悪くはない。むしろ王子たちは自分の婚約者をとても大事に、そして異性として意識している。

 幸か――不幸か。

 王子たちは、妹思いの、姉思いの、伴侶となる女性を微笑ましく見ていた。


 女王となる女は美しく、王族の中の王族。ただ傲慢ではなく、豪胆に、鋭利に一本芯がその身体を通って凛と静かに咲き誇る。

 婚約者の第二王子はそんな女に惹きつけられたのだ。同じ王族としても、人としても。次第に、女性としても。彼の本質は、愛されたい、甘えたい、という願望を隠し押し込めた義務感の塊。

 そして、自分を見定めるような視線を婚約者に向けられた時。たった一人の人間として、男として、この女を支えたい。という思いが強く体を駆け巡った。


 妃に迎える少女は朗らかで、明るさの中に凝り固まった肩肘を安らげてくれる温かさがあった。更に、甘える事に慣れ、本能でそれが許される相手を選ぶ資質も持ち合わせていた。

 同盟国である海の国、その王太子であるシュトロナムは、他者に頼り甘える事を良しとしない堅物であった。

 頼られて当然。自分には力があるのだから。生まれながらにそういう地位にいるのだから、弱き者を強き者が守って当然だと。漠然とでも強迫観念でもなく、それが彼の信念であった。それが彼の生き様、強さの糧。

 その守った弱き者が、別の形で自分を助けてくれる。そんな博愛主義者でもあるシュトロナム王太子が、初めて。

 頼られたい、守りたい、と。初めて強く個人に対して想った相手が、誰であろう自身の婚約者。幼い頃顔を合わせた、マリンローズ姫であった。


 そんな婚約者たちの思いを彼女たちはしっかりと理解し、受け取ったのだ。

 ああ、それでも。彼女たちの根底が変わる事はついぞなかった。


 一の姫アクアリリーの立太式をつつがなく終え、婚約式と王婿(おうせい)となる伴侶のお披露目も終わった。

 夜の国のデルクナイト王子は婚姻前に、すでに現地に移住し王婿としての執務に携わり始めている。王太子アクアリリーとも親密な関係を築き、信頼も愛情も順調に積み重ね、この国は安泰だと祝福の空気を贈られるほど。

 妹姫の婚約もすでに国中に知れ渡り、彼女はもうじき、この国を出る。彼女と海の国との関係も心地よく響き渡るほどに良好。向こうからしてみれば嫁いでくる姫は、正に海からの祝福を体現した存在。有り難がるのも当然だった。


 現王・ガランドはすでに病床にある。若い頃に妻を失くして大分無理をしたつけ(・・)だろう、と医師は弱弱しく首を横に振った。

 輿入れ間近の次女に見舞われたガランドは、実質、永遠の別れになるのだろうと思いながら。

(俺が悲しむ資格などない)

 と、すでに生を諦めた。

(だが、案じる事は許してくれ)

 本来なら、ガランド王の現役の終わりはもっと先であった。長姫の婚姻を早めたのも王の病状が思わしくなかったためであり、そのせいで――姉妹を予定よりも早く引き離す結果となってしまう。

「お父様。しっかり養生してね」

 娘たちの人格形成にすら直接関われなかった一人の親に、彼女たちはただの一度も恨み節を吐かなかった。むしろ。

「ありがとう、お父様。わたし、お父様の娘に生まれて……お姉様の妹に産んでくれて幸せよ。お姉様をわたしのお姉様に産んでくれてありがとう」

 娘たちのその言葉は王の心を抉るのだ。親ではあるが、『家族』ではないのだ、と言われているようで。




「愛しているわ」

「あいしてる」

 薄暗い寝室で体を寄せ合い、まるで最期の挨拶のように想いをただ囁き合う二つの影があった。

 明日は王太子とその婚約者が夫婦となる記念すべき日。それからすぐに同盟国へ嫁ぐ妹姫。正に、最後だった。こうして――姉妹が想いを伝え合う、最後の夜。

 だが、彼女たちの顔に悲壮感はない。目の奥に硬く蓋をした灯はあれど、彼女たちは真に王族。最後の触れ合いは信じられない程にお互い熱を持った。

 純潔を散らす事は叶わずとも。二人は。


「愛しているわ」

「アクア。愛している」

 妹に初めて暴かれたあの夜よりも。仕返しと称して初めて妹を自分で暴いた時よりも。静かな夜の海は小波すらも立たない。母のような姉のような、そんな慈愛で夫を優しく、時折きつく包み込むのみ。

 夫は激情に身を任せ、縋り付きながら彼女をひたすら自分で埋め、染めた。

 妻が上擦った声で愛を囁く度、反応する夫を可愛らしく思いながらも。自分で自分が残念になった彼女だった。最初の痛みすらも快感に変わってきたというのに、彼女の心は遠い場所へ飛んだ。


「あいしてる」

「マリン……愛してる」

 高揚はなかった。

 確かに、初めて男性という生き物に身を委ねる緊張と不安はあったが、彼女はいつものようにただ無邪気に笑い、夫に甘えた。夫はただひたすらに優しかった。

 未知の快感に溺れながら、心にぽこぽこと穴が空いていく無垢な彼女は思う。

 ああ、やっぱり、と。自分の愛の向かうべき先は生まれた時から……たったひとりしかいなかったのだな、と。

 この優しくも逞しい、愛を惜しみなく注いでくれる夫がそうであったなら、きっと自分は作った『幸せ』ではない本物の『幸せ』な王妃になれたのだろうと。





 かつて。


 共に歩む伴侶も、産み落とした子たちも、国民も。愛して慈しんだ森の女王と海の王妃がいた。

 歴代でも飛びぬけて美しかったとされる姉妹姫。その行く末を、後の歴史家たちは熱く語り合う事となる。


 それぞれの墓の下、その棺は副葬品――遺品――のみで埋まっている、という説。

 没年に関してそこだけかき消されたような記述の謎。夫の死後、姉の死後、妹姫は晩年、果たして海の国に居たのかという憶測。

 突拍子もなく低俗(・・)な説を上げる歴史家は何故か後を絶たず、鼻で笑われたものだが。


 いまや真相は、光も音も届かない闇の中であった。


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