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第八話 開店準備

 そしてシャルロットは閉店したバーの跡地で店を開くことにした。

 店のすぐ前には大きな公園があり、風が吹けば葉擦れの音が聞こえて心地がいい。

 もっとも、その音もお喋りをしていたら聞き逃すほどのものではあるが、大通りの喧噪から離れた空間なので心地よい環境を提供できるはずだ。

 

(公園に来る人もいるし、都合がよさそうなのよね)


 店の周囲には花の販売所と雑貨店があるが、ほかに飲食店はない。

 もともとあったバーもそれを見越して出店したようだったが、存外夜の公園は人通りが減り、一番のコアタイムの集客に失敗したようだった。昼間から飲む人が日本より多い世界だとはいえ、飲むのは仕事が終わった後という人の方が多いのもまた事実である。


(夜は夜で、池と街灯がいい感じなのに……もったいないな)


 家賃は比較的安いものの中心部から大きく離れた場所でもないため、一度客を掴めばリピーターとしても期待できそうだ。


(そのためには広報活動もしっかりしないといけないかな)


 ただし現時点ではシャルロットは夜間の営業を計画していない。

 だから夜景の良さを役立てることはできないが、公園に立ち寄った客が吸い込まれるような店作りをしたいと考えている。

 夜景については、店の二階に住むシャルロットが思う存分楽しむ予定だ。

 二階は学院の寮より狭いものの、養護院の四人部屋に比べれば十分広い。もとより私物もあまりないので、特に問題はない。

 問題があるとすれば、養護院の妹や弟たちが遊びに来たときだが……そのときはそのときで、なんとかなるだろう。


「とりあえず自分のところは寝床が確保できればよし、と」


 それに何より大事なのは喫茶スペースだ。

 間取りを変えることは難しいが、雰囲気なら変えることはできる。バーのままでは喫茶店の雰囲気は出せず、今までとは違うコンセプトの店だということが伝えられない。


 そこでシャルロットは『とにかくリラックスできる空間』というテーマを掲げて、テーブルや椅子といった内装に拘ることにした。


 まず、相席が前提となっていた大きなテーブルは撤去し売り払った。

 その代わり、小さめの四角いテーブルを多数購入した。


(これでグループの人数に合わせて、席の調整ができるよね)


 それに加えてシャルロットはローテーブルとソファの席もいくつか用意した。

 そのソファーは毎日座ったとしても耐久性は十分に保証できると言われた優れモノなのだが、それだけあって相応の値段もした。

 だが、どうせなら普段できない……家には置き辛いソファで心地よさを満喫してもらうのも楽しいのではないかとシャルロットは思ったのだ。


(座面も広いし、クッションも作ろう)


 それから改装時に光が取り込みやすくなるよう窓を改造したが、これも初めは見送ることも考えた。

 シャルロットが欲しがったガラスは特注品となり、価格が大きく上昇する。

 そもそもガラスがシャルロットが思っていたより高価なものであったこともあり、たとえ規格内のガラスを複数枚購入するとしても予算を超えてしまう。

 しかし、そこは光の精霊の得意分野であったらしい。


『要は明るい光を取り込むために、魔力の壁を作ればいいのね?』


 そうして、エレノアはシャルロットの魔力を変換し、透明な魔力壁という窓の代わりを作り上げた。原料はシャルロットの魔力なのでお代はゼロである。強いて言うならエレノアにパウンドケーキを一本要求されたので、その材料費くらいだ。


 しかし、そこで気がついた。


 そのようなことができるなら、ほかのガラス食器もシャルロットの魔力で作れるのではないか、と。

 既存の食器とは少し違う形が欲しいと思っていたシャルロットは、さっそくエレノアに依頼し食器作りに取り組んだ。エレノアがシャルロットに憑依することで、形はシャルロットが思い描くものをつくることができた。この憑依に関しても、やはり長い時間共にいたことができた理由であるらしい。

 そして無事成功したので、プリンアラモードとフルーツパフェという、二大メニューが完成した。

 第一試食者はエレノアだったが、その反応はもはや、言うまでもない。

 見た目も完璧に彼女の心を奪ってしまったらしく、彼女はそれらを霊界に持ち帰って仲間もしくは臣下の精霊に自慢するという行動に出た。

 結果、精霊たちからの熱い要請に応えざるを得ない状況になったため、シャルロットは数日間パフェとプリンアラモードを作り続けた。


(ま、お茶プリンの試作もあったし、喜んでもらったならなによりだし)


 かき氷同様、パフェに使うアイスクリームにはエレノアの力も借りている。

 硝石を使った氷菓子の作り方も開発はされているが、材料費を考えれば圧倒的にシャルロットの魔力のほうが安く出来上がる。


「観葉植物もいいけど、お花も欲しい……でも、切り花をそうたくさん買うのは大変だし……布で作ろうかな? いや、しばらく生花で頑張って、ドライフラワーにするべきか」


 生花店が近くにあるなら、そこに相談に行くのがいいかもしれない。

 そうしてあれこれと考えていると、時間などいくらあっても足りない気がする。


「ねえ、シャルロット。そろそろ休憩にしない?」

「そうね。ちょっとお茶を淹れましょうか。新しいお菓子に合わせた茶葉も仕入れてみたの」


 シャルロットが学院を卒業して以降、エレノアはシャルロットのもとにいる時間が増えている。

 エレノアは息抜きだ、私は最高の采配をしたから仕事は無事に回っていると、自信満々で言っていた。

 しかし仕事の分配を再考したとはいえ、女王がそこまで頻繁に外出しても大丈夫なのかとシャルロットは心配したが、やはりエレノアは問題ないとの一点張りだったので気にするのをやめた。

 おそらく、シャルロットが考えてわかることではない。

 それに、外していた時に事件が起こったから心配をされているのかもしれない。


 そんなことを考えながら、シャルロットは今日のおやつとお茶を用意した。

 まず、おやつはアプリコットとアーモンドのクッキーだ。ドライフルーツのアプリコットと、スライスアーモンドを入れたクッキーは香ばしくて甘酸っぱい。そして、それらがバラ科であることからローズティーを合わせてみた。


「これはまた、いい香りのお茶ね」

「昨日、茶葉店で見つけたの。あちらも実験で輸入してたみたいなんだけど、美味しかったらたくさんいただこうと思うって言ってきた。あ、あと今からの季節なら春集草の薬草茶が美味しく作れるから、明日森まで摘みに行こうと思うの。コマメエンドウもそろそろ時期かなって思うんだけど」


 春集草はレヴィ村には少ないが、王都周辺にはよく見る薬草なので入手するのは簡単だ。

 春集草は茶葉にするときの温度変化が他のものに比べて敏感で、お茶にするにも一気に温めたり急激に冷ましたりしながら乾燥させて苦味をとる必要がある。そんな面倒な処理が必要だとは知られていないため、一般的には茶葉として認識されていない。だからシャルロットのオリジナル茶なのだが、その味は季節を感じられるいい味だ。

 コマメエンドウについては気軽に飲める、レヴィ村時代からの懐かしいお茶である。ただしレヴィ村時代と違うのは、最近はヤドク草という別の薬草を加えて作るということだ。これまでのコマメエンドウ茶には香ばしさの中に苦味もあったが、それが深いコクのように変化するのだ。そのヤドク草は市場でも売っているメジャーなものだが、主に鶏の香草焼きなどに使われるため、お茶に混ぜるという話はシャルロットでも聞いたことがない。


「……ねえ、シャルロット。明日って言った?」

「え? うん。ついでに雪解けイチゴもそろそろ収穫できるかなぁって思うんだけど」

「明日かぁ……」


 いつもなら『すぐにでも行こう!』といい始めるエレノアが悩む姿を見て、シャルロットは首を傾げた。


「明日だと都合が悪いの?」

「ちょっと明日は霊界のほうに長くいなきゃいけなさそうかなぁって」

「お友達とお約束とか?」

「いや、御前会議。サボっても大丈夫かなぁ」

「いや、待って。それ、ちゃんと帰らないと周りが困るやつだよね?」


 誰の御前で行う会議だということが、エレノアにはわかっているのだろうか?

 女王が堂々と欠席しようとしているという発言を聞いたシャルロットは即座に止めた。口を尖らせて抗議をしてくるような精霊であっても、女王なのだ。


「いやあ、精霊の長い一生の中じゃ一回サボるくらい一瞬のことだし、影武者なら一応いなくもないよ。いつもお願いしてるし」

「いなくもないっていうことは、いるわけでもないってことじゃないの。お願いしてるって、ちょっと、大丈夫なの」

「でも採集に行くんでしょう? 私がいないと危ないんじゃない?」

「べつに危ない場所でもないし、大丈夫だよ」


 そもそもエレノアを召喚する前……むしろ幼少期からシャルロットは一人で採集に出かけている。だから危ない場所に近づかないという野性的感覚は身に付けているし、万が一の時の逃走方法には慣れている。


「でも、本当に大丈夫?」

「大丈夫だって。実際、採集のときにあの森で魔物に遭ったことってないでしょ?」


 学院時代でも戦闘演習を除けばシャルロットは魔物に遭遇したことはない。

 それもこれも騎士団による討伐のお陰だ。


「ちゃんとお仕事してきたら採集できたもので美味しいお菓子を焼いてあげるから頑張ってきてね」

「それはいいんだけど……シャルロット、あなた私のこと子供扱いしていない?」

「してないしてない」


 ただし大人だという前提で話をしているわけではなく『エレノア』という前提で話をしているけれど、一応嘘は言っていない。保護者ぶることもあるエレノアだが、シャルロットの中では悪友だ。


「もう、適当な返事なんだから。でも、お菓子は期待しているからね」

「はいはい」

「はいは一度で大丈夫!」

「はーい」


 エレノアの言葉にシャルロットは笑った。

 納得してもらえたわけではなさそうだが、これで明日は収穫なしにならないよう、しっかり探索しなければいけないと強く思った。



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