第七話 挑戦のはじまり
「……え? その、お茶の店って……今から……?」
「ほら、シャルロットのお茶って本当に美味しいじゃない。お菓子も得意でしょう? いずれ開くつもりだったんだから、先に開いてもいいじゃない!」
「いや、喫茶店って、そんなノリで開けるものじゃないと思うんだけど……」
確かに目標には違いないが、それができないからこそ資金を溜めようとしていたのだ。
お茶についてはかなり調べているし、学生自治会のメンバーにも自作のお茶が好評であったことから、貴族の口に合う仕上がりにはなっていると思う。
だが、先立つものがない。
借金をするにも、融資を受けられるだけの担保をシャルロットは持っていない。
「いくらやる気があっても、お金がかかるのよ。だから宮廷召喚師を目指してたんだけど……」
どの程度の店を構えるかによっても変わるだろうが、シャルロットが溜めたアルバイト代のみではまったく話にならないはずだ。
しかしそんなシャルロットを見たエレノアは得意気に笑った。
「シャルロット。こういう時のために私がいるのよ」
「え?」
「光の大精霊の力、なめちゃだめよ? 有効活用しないと」
そうして、両手を組み、祈りを捧げるような姿をとる。
次の瞬間、エレノアの目じりから一筋の涙がこぼれた。
エレノアは組んでいた手を解くと、それを指先で拭った。
涙は、雫型の結晶となっていた。
エレノアはシャルロットにそれを差し出した。
「はい、あげる」
「これは?」
「通称『妖精の涙』。まあ、人間たちは賢者の石とかいってるけど、だいたいのことは叶う代物よ。それを売ってお金を得れば――」
「は!? ちょっと待って待って待って、何作ってるの!!」
さらりと告げられた言葉にシャルロットは叫んだ。
賢者の石なんて、伝説上にしかない物質だ。とんでもない物をさらりと出さないで欲しい。
しかしエレノアはむしろ眉を寄せた。
「だって、シャルロットったらろくに私の力を使わないじゃない。私、ほとんどお茶とお菓子を食べているだけなんだから、たまには役に立たなくちゃいけないでしょ?」
「いやいや、対価っていうのは対等なものじゃないとだめでしょ! 演習とか、攻撃で大活躍してもらったし! お菓子を作るときも湯煎とか、エレノアのお陰ですぐお湯を準備できるし!」
「でも、それは女王じゃなくても精霊ならできることだもの」
口を尖らせて「女王らしいことがしたいの」などと言われても、シャルロットも素直に受け入れるわけにはいかない。
「じゃあ、どうしてもっていうなら、これは貸すだけ。貸すだけよ。質に入れて、流れる前に買い戻せばいいわ」
「それ、リスクが高すぎて質流れをする恐れがあるし!」
「それは気合で乗り切って!」
「もうちょっとリスク考えよう!? そもそもこんな品、盗難に遭ったらどうするの!!」
幻だと言われるものをこうも軽々しく渡されてはシャルロットもどうしていいのかわからない。
しかも、これに頼っては悪い癖がつきかねないと思ってしまい、とても怖い。
だからシャルロットはエレノアに精霊の涙を押し返した。
しかしシャルロットの言葉にエレノアは満足そうに笑った。
「シャルロットのそういうところは好ましいと思うわ」
「そう思うなら、それをしまおう」
「でもいいじゃない、どうせ嘘泣きですら作れるものよ。今もそれで作ったし。まあ、精霊女王クラスでないと作れないし、私も滅多に涙なんて流れないけど。何百年ぶりかしら?」
「ちょっと待って、賢者の石が嘘泣きで作れるとか本当に突っ込みどころしかないから……!!」
もうそれなりの付き合いになってきたつもりであったのだが、認識がこうもずれているものなのかとシャルロットは頭を抱えたくなった。
しかし、ほかに融資を受けられそうなアテもない。
グレイシーたち学生自治会の友人に相談するという手段もあるが、それは友人の地位を利用しているので気が引ける。そもそも話を聞く限りグレイシーも自分の金銭を所持しているわけではなく、お小遣いをもらう……というよりは請求は自宅までという形で買い物をしているようなので、金を所持する必要がないらしい。
(まあ、それがなくても友人に借りる額じゃないしね)
そのこともあり、絶対に願い出ることは不可能だ。
「……やっぱり、すぐにお店を作るより、資金を増やして始めないと無理だよ」
「って、シャルロットなら言うと私も思うじゃない?」
「思うじゃないって……」
「だから、私も私で話を進めておいたわ。だからまずは談話室に行きましょう」
そうして、シャルロットはエレノアに急かされて、女子寮と男子寮の中央部分にある談話室に向かった。
エレノアは一体誰を呼んだのか? それはきちんと考えれば、エレノアの数少ない人間の知り合いのうちだとわかるのだが、その時精一杯だったシャルロットには考える余裕がなかった。
だから、だ。
「よ、久しぶり」
「……っ!!」
談話室で待っていたその人が、久方ぶりに見るフェリクスだったというのは、想定外もいいところだった。
しかし相手は『昨日ぶり』くらいの、ものすごく軽い雰囲気である。
「あ、えっと……お久しぶりです。その、訓練期間は終わった……んですか?」
「まあ、一応。まだ一人前っていったら怒られるだろうけど、半人前は卒業だ」
久方ぶりに会うフェリクスに対し、これほどまでも後ろめたい挨拶をする羽目になるなど、昨年卒業を見送った時のシャルロットは思いもしていなかった。
(せめて事前に言ってくれないと……、いや、聞いてても凄く気まずいけど! でもまだ心の準備っていうものが!! エレノアもいつ連絡を取ったのよ!)
シャルロットはエレノアに心の中で盛大に抗議をした。
(そしてさすがに、宮廷召喚師になれなかった件はご存知よね)
ただ、自分で報告することは必要だろう。
どう切り出すか、シャルロットは考えを巡らせる。
しかしフェリクスはその考えがまとまるまで発言を待ってはくれなかった。
「少し早いが、卒業おめでとう」
「あ、ありがとうございます」
「それで、困りごとは?」
直球だった。
形式上疑問符がついているが、すべてを把握していると伝えるには充分なセリフだった。
しかし発言をまとめきれていないシャルロットはどう伝えて良いものか迷い、視線を横に流してしまう。
(今一番の困りごとはこの状況……なんて冗談は言えないよね)
ただし久々に会った先輩に対し『お金が足りないんです』とも言えない。
しかも、それをするにしても場所が悪すぎる。
諸々の話をするにしても談話室はない。聞こえなくてもいい人にまで話が聞こえるし、在学時からフェリクスは人目を引いていたのだ。卒業後、わざわざ学院にやってきているとあっては余計に目立つ。
シャルロットがそんなことを考えていると、長い溜息が耳に届いた。
「まあ、まずは場所を移すか」
シャルロットの考えが通じたかどうかはわからないが、フェリクスは立ち上がった。
シャルロットはそれに続くが、ほかの行き先というのは見当がつかなかった。
方向が違えば学生自治会室を借りるのかと思ったが、この先には何もない。
あるのは正門だけだ――と思っていたら、フェリクスが立ち止まった。
その先には立派な馬車が停まっている。
「ほら、乗れ」
「え、乗れって、乗っていいんですか?」
「むしろ乗らなくてどうするんだ。うちの馬車だ」
立派な紋章はランドルフ侯爵家のものらしい。
乗合馬車くらいにしか乗ったことがないシャルロットからすれば、それはあまりに豪華すぎた。
そうしてシャルロットは躊躇っていたが、それに先んじてエレノアがシャルロットの肩から離れ、馬車に乗った。
「ほら、シャルロット。そんなところでぼーっとしてたらフェリクスも乗れないでしょ」
「ええっと……失礼します」
「足元、気をつけるようにな」
シャルロットが馬車に乗ると、フェリクスもそれに続いた。
それを待って馬車はゆっくりと発車した。
(どこに行くんだろう)
むしろ行き先などはなく、これが人に話を聞かれない場所そのものなのだろうかなどとシャルロットが思っていると、フェリクスが口を開いた。
「騒動は一通り聞いた」
「……ですよね。すみません」
「なぜシャルロットが謝るんだ」
「宣言していましたし、楽しみにしてくださるって仰ってましたから」
気まずくて連絡できなかった理由をシャルロットが口にすると、フェリクスは肩をすくめた。
「自分が悪くないなら謝るな」
「でも」
「謝罪はしすぎると軽くなる。覚えておけ」
そうしてニッと笑う姿からは、元気付けられているのだと感じてしまった。
「一応、救済措置の検討はされたんだ」
「え?」
「時間に間に合わなかったことは事実だとしても、人を庇った上での負傷で、かつ誤解のために足止めを食らったのは本人の瑕疵ばかりではない。だから宮廷召喚師側からも声はあがったんだが……人事院に蹴られてしまった」
直接言ってはいないものの、フェリクスもおそらく母親を通じて動いてくれていたのだとシャルロットは思った。
初対面の時から面倒見のよさを知っていたが、それでも驚いた。
「嫌になるよな。二言目には平民のくせに特例を求めるのか、だ。貴族の教師が原因で遅れたってのに」
「……まぁ、私だけに特例を作るわけにもいかなかったのでしょうね。状況を説明したら、喧嘩に飛び込んだからともとれますし……言い方はともかく」
「その言い方も問題だ。貴族はかくあれというような言葉の中に、人を見下せという項目はないぞ」
先程とは違い不貞腐れたともとれる様子のフェリクスは言葉を続けた。
そのようなフェリクスを見て、シャルロットは思わず笑ってしまった。
「おい、なんでそこで笑う。怒るところだ」
「いえ、なんというか……みんながそれぞれ怒ってくれて、そのうえで動いてもくれてるからすっきりしちゃって。私、生活のことで頭がいっぱいだったんで」
どちらかと言えばシャルロットには怒る余裕がなかった。
そんな中で、動いてもらっていたのだと思うとありがたさと申し訳なさを感じる。
「当事者なんてそんなもんだろ。逆に必要なことからとりかかるっていえば冷静すぎるぞ」
「あ、ありがとうございます」
「人事院が蹴ったのも横槍が入ったからみたいだ。大体の見当はついているんだが……何をやってるんだと腹立たしい」
「な、なるほど……」
「悪いな。俺にもっと力があればどうにかできたかもしれないのに、結局まだまだ『お坊ちゃん』扱いだ」
「そんなことないです。でも、フェリクス様は先ほど私に『悪くないのに謝るな』って仰いました。それなのに、私に謝るのは変です。フェリクス様に瑕疵ってありませんよね?」
シャルロットがそう言うと、フェリクスも肩の力を抜いた。
「瑕疵はないが、最善でもない。少なくとも俺が納得できるように、これから力を付けていく」
「フェリクス様なら大丈夫ですよ。でも、本当にありがとうございました。私は宮廷召喚師にはなれませんでしたけど、これからも召喚師は召喚師です。だから、フェリクス様がお呼びくださったらお手伝いしますから」
「それは頼りになるが、その前に……お前、金が足りないんだろう。エレノアから聞いた。それなりに資金が必要なんだろ? 店、前倒しで出したいんだろう?」
「う……いきなり現実に戻りますね」
しかし、エレノアは一体どこまでフェリクスに話しているのだろうかとシャルロットは思った。
シャルロットとしてはまだ前倒しで出す決意までは固められていないのに、資金面の相談までしているのかというのは驚きしかない。
シャルロットに向けていた視線をエレノアへと移したが、エレノアは得意そうだった。
「エレノア……」
「だってほら。相談は早くしないと、時間が過ぎるだけでしょう」
「まぁ、そっちの話はまたあとでしてくれ。ところで、エレノア。俺が精霊の涙を借りるには、金三百を払ったらいいんだよな?」
「はい、どうぞ。でも私は人間のお金は使わないから、シャルロットに渡してくれる?」
「って、ちょ、フェリクス様!? エレノア!?」
「と、いうことだ。ほら、金三百」
急に二人の間で進み始めた商談にシャルロットは焦った。
しかし二人は既に結託済であることを示す、お揃いの表情を浮かべているだけだ。
「まあ、今のところ俺には精霊の涙なんて代物を使う予定はない。その前に三百を返してくれれば、それでいい。ちゃんとこれも返す」
「いや、でも、その……お金……」
「忙しすぎて一年間の給金がほぼ手付かずだ。おまけに俺も在学中にも交易で稼いでる。だからなくても困る金じゃない」
学生時代にそんなことをしているとは思っていなかったが、言われてみればフェリクスなら確かにしていそうだとシャルロットも思ってしまった。
しかし、そうは言っても大金だ。簡単に稼げない額だということもわかる。
いくらフェリクス自身の金だと言っても、返す目途がたっていないような、まだ計画段階の喫茶店の件で受け取るにはあまりに多い。
しかし、フェリクスに気にした様子はない。
「まあ、俺もそれなりに危険な仕事もしてるから、下手をするとこの精霊の涙も使ってしまうかもしれない。だから本当に買い戻したいなら、急いで金を作るんだな」
フェリクスは悪徳商人のような表情でそんなことを言う。
しかしからかい調子な上に面白がっている様子でも、新しい道を応援してくれようとしているのは伝わった。
「……じゃあ、お店ができたらフェリクス様にはいつでも無料でお茶を振舞わないといけませんね。利息です」
「いい特典だな。癒えるやつを頼む」
「今からいろいろ考えておきます。とっておきのおもてなしを用意してお店も繁盛させますからね!」
シャルロットは宣言し、フェリクスは頷いた。
しかし、このお金と自分の貯蓄分でなんとかなりそうだとは思ったものの、店の候補地も茶葉の仕入れ先もまだまだ何も決まっていない。
まずは帰宅後、紹介所を通して店の候補地を選ばなければ――そう思ったとき、馬車が止まった。
「着いたみたいだな」
「着いた? ……そういえば、どこに向かっていたのでしょうか?」
シャルロットが尋ねる間に、フェリクスは先に馬車を降りた。
そして自然な仕草でシャルロットに手を差し出した。
「そりゃ、善は急げって言うだろう?」
そしてシャルロットが降りた先には薬草店が待っていた。
シャルロットは目を瞬かせた。
「自分で採集できるものばかりじゃないだろう? この後紅茶店も行くし、店の候補地も調べに行くからな」
「い、至れり尽くせりですね」
「俺も休みくらい気晴らしがしたい。あと、礼だな」
「お礼?」
いったい何のことなのか、シャルロットにはまったくわからなかった。
(お礼を言うのは私だけでしょうに)
もしかしたら『精霊の涙』のことかと思ったが、それを使うつもりがないとフェリクスは言っていた。しかしほかにはシャルロットはなにも思いつかなかった。
そんな様子のシャルロットを見たフェリクスはにっと笑った。
「俺も、どこかの後輩が茶を毎日用意してくれてたから、思っていた以上に訓練できてたし。それに、今もまだダメダメだなって、改めて教えられたからな」
その言葉にはますます訳が分からなくなったが、フェリクスが満足そうならそれでいいかとシャルロットは深く考えないことにした。
なぜなら今のフェリクスの表情は答えを教えてくれないものだというのを知っているし、何より連れてこられた店内の薬草たちがとても輝いていたので、それどころじゃなくなったからだ。
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