第六話 『精霊使い』の卒業まで
こうした予想外の精霊召喚の成功やランドルフ侯爵家の後継者との出会いを経て、シャルロットの学生生活はどんどん賑やかなものへと変化した。
また、フェリクスが言っていた意味もよく分かった。
まずはシャルロットがどういう経緯で召喚を行ったのかは関係なく、久方ぶりの契約成功者として自分たちのグループに引き入れようとする貴族グループが現れた。次に、それとは逆にエレナを陥れたとシャルロットを目の敵にするグループも現れた。
あとは、『エレノア様を拝む会』なるものも発足しており、エレノアを見ようとシャルロットのもとに押しかけるグループも結成された。
そんなわけで、すぐに学生自治会室はシャルロットにとって安息の地となった。
学生自治会にはフェリクス以外にも四人の役員がいる。
フェリクス同様個性豊かな面々だったが、皆温かくシャルロットを迎え入れてくれた。主に『ものすごくお茶を淹れるのが上手な人』として。
ご令嬢の一人であり、シャルロットと同学年でフェリクスの従妹の魔術師見習いのグレイシーはいつも首を傾げていた。
「時間も、タイミングも同じはずなのに……シャルロットが淹れるとどうしてこんなにおいしいのかしら?」
「それは、ありがとうございます」
「何度も教えてもらっているのに、こうも違うなんて……シャルロットの手は、まるで魔法の手ね。お菓子も美味しいし」
その言葉が本当に魔術を使える見習い魔術師から出ていることに、シャルロットは苦笑した。
今淹れているのはここに置いてあった高級茶葉ではなく、シャルロットが持参した新たな薬草茶だ。ブレンドはオリジナルだが、原価は安い。それでも、皆が美味しそうに飲んでくれるのを見ると誇らしくなる。
「ねえ、シャルロット。一般教養の授業、いくつか課題が出ましたよね? これから一緒にどうかしら」
「ごめんなさい、もうすぐアルバイトに行く時間なんです」
「あら、残念。でも、気を付けて行ってきてくださいね」
そんなことを言いながら、シャルロットは自治会室を後にした。
シャルロットは召喚に貴金属が不要だと分かった後も、アルバイトは継続している。
宝石が必要でなくなっても今後のために資金を溜めることは必要だし、少しずつでも養護院へ仕送りもしたい。王都で就職するのであれば、新たな住まいを構えるにあたっての頭金も必要だ。
なお、エレノアについてはシャルロットのもとに長く居たいと言うものの、基本的には仕事をするため霊界にいる。
シャルロットとしては『女王』なのだから当たり前だとも思うのだが、エレノアとしては『もう二千年以上女王をやっているので、数年くらいいなくても大したことないのに』と不満げだった。
ただし毎日『呼び出せ』というような怨念のようなものを受ける気がするので、シャルロットは毎夜エレノアを呼んで、お茶とお菓子を振舞っている。
シャルロットとしても、美味しくお茶を飲んでくれる友達が異次元からやってきてくれることは嬉しいことだ。
そんなエレノアはシャルロットのもとに長くいることができるよう、現在仕事の割り振りを見直しているらしい。本当にそれで大丈夫なのかと思うのだが、ベテラン女王は『大丈夫大丈夫!』と非常に軽い。
そうした毎日を過ごしながらも、シャルロットは以前と変わらず地道に勉学にも励み、フェリクスやグレイシーとともに魔物狩りの実習も経験した。
シャルロットの実戦はそれが初めてだったのだが、自分の予想以上に落ち着いて挑むことができて驚いた。エレノアとの魔力共有がうまくできたのは、長い時間一緒にいたからだと思う。
「やっぱりお前、宮廷召喚師にならないか?」
「そうそう、そうすれば一緒にお仕事できることもあるわ。私も宮廷魔術師を目指すもの」
フェリクスとグレイシーに勧められ、シャルロットは苦笑した。
「でも、最終的に私は自分のお店を持つようになりたいんですよね」
「それは素敵じゃない。自分の夢のために一生懸命働くなんて、手が抜けないわよね!」
王家に仕えることになるというのなら、もうちょっと忠誠心がなければいけないのではないかとシャルロットは思ったが、グレイシーは非常に満足そうだった。
「それに近くで働いているなら、私もシャルロットにお茶をおねだりしやすいでしょう?」
「仕事中は仕事をしろよ。休憩時間に強請るなよ」
「もう、休み時間くらいわきまえますよ!」
そう話もしているうちに月日はあっという間に過ぎ去り、フェリクスが卒業する日が間近に迫った。
初めて出会った翌日からほぼ日課となっている夜のフェリクスの自主練に薬草茶を差し入れるのも残り数回となったとき、シャルロットは新たなお茶とお菓子をフェリクスに披露した。
「これ、どうぞ」
「これは……氷菓子か?」
「ええ。かき氷です。抹茶シロップですが、お好みで練乳もどうぞ」
まだまだ量は少ないが、抹茶もレヴィ村で作ってもらっている。
少し肌寒い季節ではあるものの、鍛錬を終えたフェリクスにはちょうどいい菓子だろう。
「氷は作るのも削るのも、エレノアに協力してもらいました」
「……本当に万能な精霊だな。特に食事に関しては」
「それ、エレノアが聞いたら怒っちゃいますよ」
そうは言いつつも、シャルロットもまさしくその通りだと思っていた。
エレノアは火と水と風の力を使う精霊だ。料理の手伝いを頼んだ際は喜んで力を貸してくれる。
「お味はどうです?」
「疲れた体にこれは利くな。うまい」
「よかったです。卒業記念と騎士団入団祝いにはこれくらいしか用意できませんけど、また宮廷勤めで後輩になったときには美味しいお茶とお菓子も持っていきますから、とりあえずそれまで待っていてくださいね」
その時、フェリクスは驚いた表情を浮かべたものの、すぐにいつもの笑みを浮かべた。
「じゃあ、楽しみに待っているからな」
そしてフェリクスは卒業し、騎士団に入団した。
そして翌年、シャルロットも宮廷魔術師を目指すグレイシーと同様、学院の推薦を受け宮廷召喚師を目指す――はずだった。
そう、学業でもなんとか成績を維持し、苦手なマナーに関することもグレイシーからスパルタともいえる教育を受け、学院の推薦も取り付け、あとは卒業直前に試験を受けるはずだった。
しかし試験当日、予想外の出来事がシャルロットを襲った。
――まさか貴族のいざこざに巻き込まれ、試験が受験できなくなってしまうなど、一体誰が想像できただろうか?
**
当日、シャルロットは緊張こそしていたものの、その他は問題なく学院を出発しようとした。
しかし寮から門に向かう途中で、一人の令嬢が別の令嬢に問い詰められている場面に遭遇した。
(あの人たち、魔術師見習いよね)
交友範囲が狭いシャルロットでも見覚えがある理由は、その二人が貴族の御子息を巡るトラブルを抱えていると有名だったからだ。
内容は問い詰めている令嬢の婚約者……つまりは貴族の子息に、問い詰められている令嬢がちょっかいを出しているとかなんとか、だ。問い詰められている令嬢はただの友人だと言い、自分から話しかけているわけではなく話しかけられているだけだと主張していると耳にしたことがある。
とはいえ、噂は噂。
実際に二人が言い争う場面にシャルロットが出くわすのは初めてだ。
(ど……どうしよう)
仲裁をしたほうがいいのかと一瞬思ったが、噂でしか二人のことを知らないので間に入ることも難しい。なにせ、どちらに問題があるのか、シャルロットには分からない。
その上、最初から話を聞いていれば試験に遅刻もしかねない。
だが、その試験に行くためにはこの場を通過する必要もある。
「あなた、ご自身が何をしているのか理解しているの!?」
「ですが、私からフェビル様に話しかけるなと申し上げるのは違うのではありませんか? フェビル様は私とお話なさることが必要だと判断され、お声かけいただいているのです」
「それはあなたが毎度彼に時間を作るよう頼んでいるからでしょう!? 他に依頼できる者がいるものでも、なんでも!」
「ですが、フェビル様がどのようなことでも私を手伝ってくださると仰るのですもの。私のせいではございません」
漏れ聞こえる言葉を聞く限り、責められている令嬢もそれなりに強気だ。
噂では一方的な被害者であるようなものもあるのに、実際に見れば異なることもやっぱりあるのだと、シャルロットは思った。
(……まあ、二年間も同じ話題で振る舞いを変えていないんだもの、不思議でもないか)
それにしても、責めているほうも間違っていることを言っていないのであればもっと冷静になればよいのにと思った。
だがその時、責めていた令嬢が相手に向かって火球を作り上げた。
それもかなり豪快な炎の玉だった。
「え、ちょっと」
喧嘩であってもそれはさすがにまずいのではないか。
そう感じたシャルロットは反射的に地を蹴った。
このままだと責められていた令嬢は怪我をする。
そして、怪我をさせたほうも無事では済まないだろう。怪我をさせた責任を問われないわけがない。
(そんなものを目の前で放っておけないでしょうが!!)
そして滑り込ませた身体でシャルロットは炎の玉を受け止めた。
シャルロット自体に魔術は使えない。しかしエレノアと契約をした関係で、魔術に対する抵抗力が上がっている。
だから今の攻撃も、制服を焦がし、髪に煤をつける程度で抑えられた。
(さすがにノーダメージとはいかなかったか)
軽くせき込むが、それでもこの程度で終わってよかったとシャルロットは思った。
しかし、突然謎の学生が現れたことにその場は凍り付いていた。
攻撃されたほうはもとより、攻撃をした令嬢もその場に座り込み、これでもかというほど目を見開いている。
(って、攻撃してきたのあなたのほうなのに……?)
自分でやっておいて驚くなと突っ込みたいところだが、この様子を見るに人を攻撃したのは初めてだったのかもしれない。後から怖くなったということだろうか? それとも、自分が攻撃するとは思っていなかったというのだろうか?
「とりあえず、冷静にお話し合いしてくださいね。私、もう行きますので」
とはいえ、シャルロットもさすがにこのまま面接に向かうのはどうかと思う。
一旦寮に戻ったとしても、急げばまだ少しくらいは余裕がある時間だ。
しかし、そうシャルロットが考えていた時、突然第三者の声が響いた。
「これはどういうことだ!? シャルロット・アリス!!」
「へ!?」
それは二年時にシャルロットに嫌疑をかけた教師だった。
「どうしてこうなっているのか、詳しく話せ!」
「どうもこうも、少し諍いがあっただけで、すでに落ち着いています」
たしかに学生自治会のメンバー以外とシャルロットが並ぶことはほとんどない。
しかし、ここは怪我をしているシャルロット本人が何もないといえば何もないで済むはずだ。
だが、教師は納得せず、ヒートアップした。
「それにお前がどう関係している!?」
これは完全にシャルロットをトラブルの中心人物だと誤認しているようだった。
そして教師があまりにも大声で詰め寄るせいで、野次馬もわらわらと集まり妙な噂を始めていた。
なぜこうなったと思いながらもシャルロットは『濡れ衣を着せられてたまるか!』と、冷静に言いがかりを訂正していったのだが、そのうち面接時間が差し迫る。
既にフェリクスが卒業しているからか、彼の名前を出し待ち合わせをしていると言っても聞きはしない。在校生であり、同じく高い身分であるグレイシーの名前を出しても同様だ。
(それにしても、いつもよりかなりしつこい……?)
絶対に行かせないという執念すら感じられた。
しかし、それなら強引にでも行くしかない。
「もういい加減にしてください! あとでいくらでも話くらいしてあげますから、今はものすごく忙しいんです!」
そして制服を替える時間もなかったシャルロットは全力で会場である城に向かって走ったのだが、薄汚れて焦げた後さえある制服を理由に城門をくぐることができなかった。服が焦げていたせいで怪しい人物だと認定されてしまった。
本来なら試験用の入城許可証を見せれば誤解も解けるはずだったが、運悪く許可証のサイン部分が制服と一緒に焦げており、また、煤だらけであったため偽造の可能性を指摘され、認められることはなかった。
その結果、シャルロットは『面接にすら遅刻する無責任な者』というレッテルを貼られて試験に落ちる結果となった。ひどいとばっちりだった。
それはシャルロットを推薦した学院にとっても想定外のことだったが、妨害した教師を除く他の教師からは咎められるどころか、同情された。不運な事故に見舞われた、と。例の教師については、現在謹慎処分になったらしい。
ことの成り行きを聞いたグレイシーは逆上し、そのような組織なら王宮魔術師を辞退してやると言い始めたので、シャルロットは必死でなだめた。シャルロットの不採用はグレイシーの合格には関係がないし、友人の進路まで潰してしまったというのであればシャルロットの胃は余計に痛くなる。
(それにあの門番、たぶん平民嫌いだったのよね……)
不審人物と認定されるだけの状況でその場に向かったシャルロットにも非がまったくなかったとは言わないが、まったく聞く耳を持たなかったのは例の教師と同じであった。
(まあ、そんなことより……ここからどうするのかが問題よね)
まず、落ちた状況を覆すことは不可能だろう。
そこでまず思い浮かぶのが、フェリクスへの報告だ。おそらくフェリクスも受かって当然だと思っていただろう。どう報告していいのかわからない。とはいえ、グレイシーを介してすぐにばれることになるとは思っているのだが。
その問題は目を逸らせることもできなくはないのだが、今後の生活については考えないわけにはいかない。
「……ねぇ、エレノア。就職活動は今から間に合うかな? とりあえず、アルバイトは続けてるから、その傍らで仕事探しかな……?」
寮の自室でシャルロットは頭を抱えながら、エレノアに尋ねてみた。
定職に就かずアルバイトでも生活自体はできる。
しかし王都の比較的高い家賃を考えれば、今後店を構えるほどの余力が残らなくなってくる。
(しかもよりによって養護院には安定したお仕事ができそうですって手紙で報告してしまったし!)
やはり早く新たな就職先を見つけないと、シャルロットとしては恰好がつかない。
それにひとまず先延ばしにしようとしてるとはいえ、いずれフェリクスにも報告を入れる必要がある。その時に『問題が起こったけど結果オーライ!』といえるだけの仕事を持っておきたい。
「落ち着きなさい。シャルロット。いや、もう私も怒っているけど、そんなことを言っている場合じゃないわ。仕返しは準備を整えてから行わないとね」
「え、仕返し……? 私、仕返しよりまずは仕事をどうにかしたいんだけど……」
そもそも仕返しといっても、誰に向かって仕返しをするべきなのだろうか?
元をたどれば原因は言い合っていた令嬢たちだ。しかし、あの場でシャルロットを引き留めたのは教師だった。
そして教師はすでに、度重なる不祥事から謹慎処分になっている。
門番に至っては、平民嫌いという気質はあったようにも思うものの、正当な業務の範囲内とも思える。
だから仕返しをするとしても、どこを目指すのかシャルロットにはさっぱりわからないのだが、エレノアは燃えに燃えていた。比喩ではなく、実際に発光していた。
「そう。堂々とこれ以上なく華麗に仕返しできるだけのスキルをシャルロットは持っているから大丈夫。それを仕事にすれば、堂々と見返せるわ」
「うん……?」
「シャルロットは今すぐ美味しいお茶の店を開けばいいのよ! こうなったからには王都一番になるわよ!! あんたたちがどうしようともこんなに素晴らしいんだって見せつけて、羨ましがらせて、ぎゃふんと言わせるのよ!!」
「え、今すぐ!?」
唐突な発言に、シャルロットは完全に目を丸くしてしまった。




