第五話 『フェリクス』
そしてシャルロットが案内された部屋には『学生自治会』と書かれた札があった。
予想通り、ランドルフはこの役員会の一員だったらしい。
「とりあえず適当に座ってくれ。茶を淹れるから」
「え、はい。あの、もしよければ私がお淹れいたしましょうか?」
「本当か? 助かるよ」
それくらいならお安い御用だとシャルロットは茶葉の缶を受け取った。そして、吹き出しそうになった。
(これ凄く高そう)
一応市場でも売っているが、高級すぎるので値札がつけられていない茶葉である。
だからシャルロットはいつもにも増して慎重に淹れた。
「お、お待たせしました」
「悪いな、誘っておきながら」
「いえ」
シャルロットはソファに座って待っていたランドルフとエレノアのもとにティーカップを置いたのち、自分の場所にも置いてから座った。ソファは想像以上の座り心地だった。
しかしシャルロットが座ったところで、ランドルフは逆に立ち上がった。
そして騎士のような振る舞いで、シャルロットに対し最敬礼を行った。
それは慣れた仕草で非常に様になっており、絵本の中からヒーローが飛び出してきたと言われても納得するくらいだ。失礼ながら、シャルロットとしては若干引くくらいだ。
「私の名はフェリクス・ヒューゴ・ランドルフと申します。光の精霊族の女王陛下並びにシャルロット・アリス嬢。以降、お見知りおきを。学院では見習い魔術師の第三学年、学生自治会においては副会長を務めております」
そう自己紹介をするランドルフの声も、先ほどまでとは異なり改まったものになっていた。
「あら、なかなか姿勢が綺麗ないい男ね。私はエレノアよ」
「あ、えっと……すみません。私、その……そんな風な自己紹介の仕方よくわからないんですけど……シャルロット・アリスです。見習い召喚師の二年です。……ご存知だとは、思うのですが」
エレノアとシャルロットがそれぞれ挨拶に反応すると、ランドルフは笑った。
「さっきはこの子に助け舟をくれてありがとう」
「あ、それ! 私が言いたかったのに……!」
「言うのが遅いのよ。ほら、今からでも言いなさい。私はもうお茶とお菓子に集中しているから、好きなだけどうぞっ、と」
「あの、本当にありがとうございました。最初から決めつけられていたみたいで、どこから反論しようかと考えていたんです」
シャルロットの言葉にランドルフは肩を竦めた。
「あの教師は一応、トルディス伯爵家の庶流だったからな。本家のご令嬢の言葉を鵜呑みにしたのか、ご令嬢がシャルロット嬢に先を越されたことで焦って陥れようとしたのか、そこまでは分からないけど、そんな感じだろう」
「なるほど、いずれにしても身内贔屓だったというわけですね」
「そういうわけだ」
そんな話をしている横でエレノアが急に小さくなったので、フェリクスは目を見開いた。
「……ずいぶん小さくおなりなのですね」
「まあね、このほうがたくさんお菓子が食べられるでしょう? ……っていうか、別にあなたは敬語じゃなくてもいいわ。いい人みたいだし、お菓子をくれたし」
そんなやり取りをしている二人に、シャルロットも少し和んだ。
しかし、気が抜けたところでふと聞かなければいけないことを思い出した。
「あ、そうだ、ランドルフ様! その、昨日私が召喚をしたところを見ていたっていうのは……」
「ああ、そのことか。ちょうどシャルロット嬢が菓子で召喚をしたところだったよ。元々召喚とはそういうものだと予想していたから、特に言いふらすつもりもないから気にしなくていいよ」
「予想……? あの、それはどういうことですか?」
「俺の母は宮廷召喚師をやっている。召喚師と被召喚者の関係は幼いころから見ているから、なんとなく想像がついた」
それを聞いて、シャルロットは納得しかかったものの、驚いた。
そうか、すでに召喚をした人の側で育っていたなら……。
「……って、宮廷召喚師……ですか?」
「ああ、宮廷魔術師と似たような軍の仕事だよ。もっとも、数えるほどしかいないけどな。学院の推薦を受けた上で実技披露をする必要があるから、あの教師が何をしようとトルディス家のご令嬢みたいな者だとまず落とされる」
その説明を聞きながら、シャルロットはよくよく考えた。
確かそのような職業も進路として紹介された気もする。
しかし自分には関係なさそうだと思い、記憶には残していなかった。
「シャルロット嬢は宮廷召喚師には興味が湧かないか?」
「え? いえ、その……考えたことは一度もなかったので……」
「なら、一考してみてもいいんじゃないか。安定した給金のある仕事だとは保証できる。まあ、座学もできなければいけないが、確か優秀だっただろう?」
そう気さくにランドルフが言うので、シャルロットは笑って誤魔化した。
単にまったく考えていなかったので返答のしようがなかったということもあるし、勉強できますと自分から肯定する勇気もなかった。
しかし安定した給金の仕事、城での就職となればシャルロットとしては願ったり叶ったりだ。どれほどの学力が必要になるのかはわからないが、エレノアとも相談し、その道も進路の一つとして考えたいと強く思った。そうなれば、喫茶店の開業資金もより早く溜められることだろう。
(でも、召喚師を知ってる人も案外近くにいたんだ)
ランドルフはエレノアのサイズ変化に驚いていたので、彼の母親が召喚したのは精霊ではないのだろう。しかし召喚に対する認識が共通していることで、ランドルフに対する安心感も増していた。
あとは、貴族にもいい人がいると分かってほっとした。
恩人に対して失礼だということは百も承知だったが、一年間エレナたちと過ごしていれば、どうしても貴族に対して警戒心を抱いてしまうのも事実だ。エレナたちのような者ばかりであれば、王国は既に腐っている。
けれど、それでもランドルフに対して疑念を抱いてしまったことを申し訳なく思う。
「ま、進路は自由だ。学費免除を受ける代わりに非常時の召集には逆らえないが、まあ、そんな非常時なんて、ここ百年はないしな」
「そうですね、考えてみます」
「しかし学園もこれだけの設備を無料で開放するとは、景気のいいことだ。よほど卒業生からの寄付が集まっているんだろうな」
そう言ってからランドルフは笑い、一息ついた。
そのタイミングで、シャルロットはランドルフに尋ねた。
「ところで、ランドルフ様は宮廷魔術師を目指してらっしゃるのですか?」
「俺? まぁ、そういう道もあるだろうが、俺が目指しているのは騎士だよ。魔法が使える騎士っていうのも格好いいだろう?」
「騎士様ですか」
この学院にいるにしては少し意外な回答だったが、先ほどの動きを見たら何となく納得できる答えでもあった。
「魔力を持つ者は、魔力を持たない者に比べて身体能力の平均が劣ると一般的には言われている。だから魔術師になるほうが妥当だろうが、できないと言われているわけではない。だから昨日も、剣を振りに裏庭に行っていた」
いつもあそこで鍛錬していると言ったランドルフは、そのまま紅茶に手をつけた。
少し誤魔化すような動作にも見えた。
ただ、紅茶を飲んだランドルフは少し目を見開いた。
「お前、淹れるの上手いな」
「ありがとうございます。こんなにいいお茶ではありませんけど、あそこでいつも鍛錬されているなら、またお茶やお菓子を差し入れさせていただきますね」
「それは楽しみだな」
そうして楽しそうな笑顔を浮かべたあと、思いついたようにランドルフはシャルロットに向かって言った。
「じゃあ、前払いで礼を払っておこう。俺のことはフェリクスと呼べばいい。そして今日みたいな面倒ごとに巻き込まれたら、俺に呼ばれているから後で話を聞くとでも言えばいい。そうすれば、大概どうにでもなる」
シャルロットがその申し出に驚いている間にも、フェリクスは言葉を続けた。
「俺は後二年、卒業するまで、授業のとき以外は下校するまで大概ここにいる。他の役員にも伝えておくから遠慮なく来ればいい」
「で、でも、ここ学生自治会のお部屋ですよね。私、部外者ですし……」
「なに、お互い様だ。俺も今日みたいな……トルディス伯爵令嬢のように、困ったやつの情報が貰えると助かるし」
「え?」
ここにエレナがどうして関係してくるのだろう?
そう疑問を浮かべたシャルロットに、フェリクスは面白そうに答えた。
「トルディス伯爵は最近やけに軍部にご興味がお有りのようでね。娘を宮廷召喚師にしたいと躍起になっていたようだが、それにしても宝石の購入について羽振りが良すぎた。どう考えても傾きかけた伯爵家の収支に合わないくらいにね」
「……つまりそれは」
不正? そう、口に出さずに続けると、にやりとフェリクスは笑う。
「トルディス家のご令嬢と直接話ができる機会はありがたくてね。アレは実家のことなど詳しく知らないかもしれないが、きっかけになりそうな出来事が聞けるかもしれない。そういうのを聞くのはここの連中、得意だし」
そうニヤリと笑ったフェリクスに、シャルロットは思わず息を飲み込んだ。
『ここ』というのはおそらく学生自治会のメンバーのことを言っているのだろう。
しかしそのことよりも、本能的に『この人、絶対に敵に回したらいけないタイプだ』と感じてしまえば顔が引きつってしまった。
しかし、次の瞬間にはフェリクスの肩からは力が抜けていた。
「……というわけで、完全な善意で助けた訳じゃなくて悪いな」
「え? いえ、そんなの全然悪くないです……!!」
「ま、実際役に立つ礼だとは思うから、それについては有効活用してくれ。思った以上に、すり寄ってくる奴も敵視してくる奴も増えるだろうから」
しかしそう言われたところで、はっきり言ってシャルロットにはいまいち実感が湧かなかった。確かに召喚には成功していたし、今朝の様子を見る限り周囲からの評価も変化することもあるかもしれないが、それでも先ほどの嫌疑をかけられること以上のものはないだろう。
しかしそうは思うものの、フェリクスの表情を見ている限り、そうとも言えないような気がしてきて、冷汗が伝った。
猫のようにも見える笑顔が、どこか落ち着かない。
「どうした?」
「いえ、その……フェリクス様は、どういうお立場なんですか……?」
副会長だとは聞いたものの、それだけではない気がする。
そう思ったシャルロットに、フェリクスはにやっと笑った。
「俺はランドルフ侯爵家の孫だよ。嫡男の長男。まあ、このままだと未来の侯爵かな」
その実にあっさりとした答えに、シャルロットは悲鳴をあげそうになってしまった。
それを見たエレノアが「フェリクス、あなた私と結構気が合いそうだわ」とやたら褒めていたことなんて、もはや気にすらできなかった。
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おかげさまで、2019年10月7日夜の日間ジャンル別ランキングで1位を頂戴しました。
ありがとうございます ( *・ω・)*_ _))ペコリ!!
凄く励みになり、嬉しいです…!