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第三十九話 王都の新たな喫茶店(4)

 やがてエレノアが衛兵を連れて戻って来た。

 不幸中の幸いか、ここに来た者たちはあちらこちらで派手にやらかしていた者たちだったらしく、概要を尋ねられるだけで引き取ってもらえることになった。ただ、後日聞きたいことがある場合は協力を願うとの旨は言われたのだが。


(良かった、今日じゃなくて。今日だったら、せっかくここまで来たのにお茶がお預けになるところだったよ)


 さすがにならずものが散らかした後片付けまでは手伝わせたくないとエミリアに言われ、シャルロットはエレノアと共にもとの席に座った。

 そして再びメニューを見始める。


「私がいない間にずいぶん仲良くなっているみたいじゃない。どういう感じで意気投合したの」

「えーっと……流れで、かな?」


 決定打がどこにあったのか、シャルロットにはわからない。

 けれど、すでにあまり重要なことでもないだろう。


「それより、エレノアは何を注文する? 私は本日のおすすめ紅茶とフレッシュフルーツ、のセットにしたいんだけど。あと、アップルパイかな」

「えーっと……じゃあ私はフレッシュフルーツジュースにしようかな。ついでに、店主一押しのケーキも追加してもらおう」

「かしこまりました。では、そのようにお伝えさせていただきますね」


 店員の女性が、オーダーをエミリアに伝えに行く。

 幸いちょうどテーブルも片付いたらしく、エミリアはすぐに厨房のほうへと入っていった。


「ああ、そういえば。衛兵を連れてこっちにきてるときにフェリクスとすれ違ったよ。なんか別の仕事していたみたいで話はしていないけど、目はばっちり合ったからあとで何があったのか聞かれるかも」

「……うわあ、せっかく落ち着いていたのに『また何かやらかしたのか』って思われているかな」


 何もなければ数人の衛兵と一緒に歩くなんてことはないだろう。

 変に心配をかけるつもりはないので申し訳ないとは思うが、エレノアもそのときには落ち着いて慌ててはいなかったはずなのできっと自分の気にし過ぎだとシャルロットは思いたい。ただ、前例がありすぎるだけあってそう思ってもらえる自信もないのだけれど。


「まあ、それはそれ。過ぎちゃったことは仕方ないけど」


 そう言っている間に「お待ちどうさま」とエミリアが注文の品をトレイに載せてやってきた。


「今日の紅茶は水出しのブレンドティーよ。後フルーツ盛り合わせにジュースとアップルパイ、それから本日のケーキはこのタルトね」


 紅茶は頼んだ数より一つ多く載っていた。

 どうやら、エミリアも飲むらしい。全てをテーブルに置いたエミリアは近くの席に空のトレイを置いた。


「改めてようこそ、アリス喫茶店店主のシャルロットさん」

「ありがとうございます」

「それで。感想を聞くのは早いかもしれないけれど、私のお店はどうかしら?」

「そうですね、詳しい感想は飲食させていただいた後になるかも知れませんが、お店の雰囲気はとてもすっきりしていて綺麗です。通りの雰囲気ともあっているし、ちょっとした……特別なことをしているって気分になれると思いますし」


 シャルロットも自分の店の雰囲気が公園に合うように気を使っている。やはり来客が気に入ってくれるようにするためには、どういう客が訪れるか想定するのは大切だと思う。


「では、早速いただきます」


 そういいながら、シャルロットはグラスに入ったアイスティーを飲みながらふと思った。


(私、お化粧はしてないからいいけど……ストロー、作った方がいいかも)


 これまでの季節であればさほど気にならなかったが、今後は自分の店でも冷たいものが中心になるだろう。使い捨てストローは販売されていないものの、グラスと同じ要領で魔力で作ることもできる。


「どうかしたの? 口に合わなかった?」

「いえ、とても美味しいです。珍しいですよね。このお茶、はじめて飲む味です。王都の茶葉店のものはかなり飲んだ方だと思うのですが」

「さすがね。これ、外国からの直輸入品よ。私はもともと商家の生まれだから、一応そういうルートも持っているのよ」

「なるほど、だから南国のフルーツも多いんですね。青果店で少量購入し、日替わりの不定期に購入ということならともかく、お店でレギュラーメニューとして出せるのがすごいと思いました。どうしても原価が高くなってしまう商品ですから」


 そのシャルロットの言葉にエミリアは顔を明るくした。


「そう! それが私のお店の売りなの! さすがに冬場まで安定してってなると難しいから冬季だけは冬季メニューを用意しなくちゃいけないとは思っているけど、こんなに気軽に南国フルーツを食べられる店も少ないと思うのよね」


 得意げなエミリアにシャルロットも同意する。春から秋まで出せるとなればシャルロットだってメニューに加えたい。プリンやパフェにも加えれば、より夏らしさが楽しめるだろう。

 そう思えば、少しだけ嫉妬もしてしまう。


(でも、私も他のことで負けないように頑張ろう)


 自分の店にないものがここにあっても、ここにないものが自分の店にもあるはずだ。

 そういう場所を伸ばして行けばいいと、シャルロットは改めてやる気を滾らせた。


「本当はいつかあなたが来店し、自分の真似をしているって言われたら、あなたが言ったようなことを言って全然違うでしょって言い返すつもりだったのよ。でも、私が何か言う前から別物だって思われていたから嘘でしょ、って思ったわ」

「それは……ご期待に添えませんで」

「まあ、そうやって言われるかもって私が思っていたっていうのは、少なからず私にも後ろめたさがあったから、それが悪いのよ」


 その言葉はシャルロットにとって少し意外なものだった。

 言い返す準備をしていたのなら、少なくともそう言われるかと思っていたということだ。けれどそれは周囲の反応から来るもので、エミリア自身は問題ないと判断しているのだろうから後ろめたさなどないと思っていた。


「その、もし後ろめたさがあったなら、どうして進まれたのですか? いえ、問題があったと言うわけではなく……怖くてもやってみようって、どうして思えたのですか?」


 率直に不思議な言葉に問いかけてみれば、エミリアは肩の力を抜いて答えた。


「だって、貴女がすごく楽しそうに私が好きなものに囲まれて働いていたのだもの。私もああいうことをしたい……って思ったら、いてもたってもいられなくなるじゃない? だから実家と喧嘩して、でも飛び出してお店を始めちゃったってわけ。もともと商家の生まれだからお金はずっと貯めていたし、資金面では問題ないし。ただ……まあ、一族から魔術師が生まれるって期待した親とは結構な大喧嘩にもなったけど」


 『親と大喧嘩』というのは今のシャルロットにとっては羨ましい事柄でもあるのだけれど、エミリアの立場からすればただただ面倒なだけなのだろう。

 だが、どうにもこうにもエミリアはにやにやとしており、決して喧しいと思っていただけではないようだった。強いていうなら、してやったりという表情というのだろうか。


「ちなみに、和解は……?」

「もちろんまだ全然。あっちは客が取れず悲鳴を上げると思っているし、こっちは繁盛させて諦めさせる気満々だし。一応私は交易業も少しやってるから、少々赤字が続いたくらいじゃ何ともないんだけど……こればっかりは、お店で納得させないと勝った感じしないわよね?」


 勝ち負けの問題なのか、シャルロットにはいまいちわからないものではあったりするのだが、ひとまずエミリアも家族も非常に気が強そうであることは充分に理解ができた。そして何となく、大喧嘩といっても仲が悪いわけではなく、ライバルのような関係なのかもしれないと思ってしまった。


「では、エミリアさん。お店を繁盛させるために、私と協力してみませんか?」

「協力? 何の?」

「スタンプラリーのような形で、両方のお店に行けばノベルティをプレゼントのようなキャンペーンを実行するのはどうかと思いまして。そうすれば私のお店のお客様もこちらに足を運ぶきっかけになると思いますし」

「……それ、あなたの店に何か得がある? こちらの店の客、あなたの店よりずっと少ないわよ?」

「確かにそうかもしれません。ですが、そもそも喫茶店という形態のお店は、まだ王都ではかなり少数派です。だから、キャンペーンを行えば今のお客様ももっとお友達を誘ってくれるかもしれないという期待はあります」


 シャルロットの言葉にエミリアは少し悩んだようだった。


「……それでもやっぱりあなたに利は少ないわ。あなたの店が単独でキャンペーンをしても問題ないもの」

「でも、これから業界を盛り上げようっていうことでしたら、一緒にやった方がいいと思うんです」

「言いたいことの意味はわかるけど、たとえノベルティ代が折半でもこちらはただ乗りに近いと思うわ。だから……私も、あなたに何か提供するべきだと思うの」


 エミリアはかなり真面目で律儀なタイプだとシャルロットは思った。

 確かにシャルロットも逆の立場であれば多少遠慮がある事柄ではあると思うが、それでもキャンペーン費用が同等であればそこまで気にしない。

 だから他に何か欲しいかと問われても何もないので、エミリアにも気にしないで欲しいとは思うのだが……。


「……そうね。私が南国フルーツの卸売をするのはどうかしら」

「え?」

「もちろん、手数料はいただくわ。でも、青果店より入手しやすい経路を持っているの。比較的安定して供給もできると思うけれど」


 思わぬ申し出にシャルロットは目を瞬かせた。

 手数料があることでエミリアも無料でやっているわけではないので多少なりとも利益は出るし、仕入れ値の違いから彼女の店より安く出すことはない。しかし安定供給を受けることができるとなるとシャルロットもありがたい。


「それは本当にありがたいお言葉ですが……本当に構わないのですか?」

「ええ。……ああ、でも提供するっていっても全種類じゃないわよ? こちらのメインのものはちょっとね」

「それはもちろん。では、ぜひお願いいたします」


 想定外の思いつきの商談が成立したことで、シャルロットは新たなメニューを色々と思い浮かべた。プリンやパフェに加えるのもいいが、飲み物にもしたい。

 しかし、それはまずキャンペーンの内容やお返しの内容を詰めなくては行けないのだがーー。

 

「とりあえず詳細は後日でいいでしょうか? 私、今からこのアップルパイに集中しますので」

「もちろん。今度は私がそちらに打ち合わせに行くわ。ああ、今日はひとまずごろつき逮捕のお礼にーーちょっとだけど、果物を持って帰ってちょうだいな」

「え、ありがとうございます!」


 そして美味しく出されたものを平らげたシャルロットは、帰ってすぐにキャンペーンの詳細や、お土産にもらった果物に合うメニューを考えはじめた。


 そして後日。

 エミリアが打ち合わせを兼ねて来店した時、キャンペーンの詳細を書面で渡すとともに、お土産の果実で作ったスムージーを試飲してもらった。

 エミリアは早速新商品を開発していたのかと驚いていたが、一口飲むと非常に複雑そうな表情を浮かべ、シャルロットに言った。


「私の方がだいぶ南国フルーツは食べてるはずなのに……これ、美味しすぎるわ」


 私もまだまだメニューを改良していかないとねとため息をつくエミリアにシャルロットは少し笑ってしまった。




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