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第三話 そして少女は、光の大精霊を召喚する

「え、あの。はじめまして……。私はシャルロット。シャルロット・アリスです」


 そう自己紹介をしながら、シャルロットは混乱した。

 確かに自分ならどのような呼びかけなら話をしてみたいかと考え、実行した。

 しかし、実際に人ならざるものを呼び出したとなると驚きしかなかった。

 しかも、現れた者が可愛すぎる。


「あら、随分感動が薄くない? このエレノアを前にしているのに」

「あ、や、その……お越しいただきまして、ありがとうございます」

「あなたもしかして、現状が分かっていないのかしら?」


 不思議そうにエレノアに聞かれて、シャルロットは素直に、そして何度も頷いた。

するとエレノアは満足気に笑った。


「素直で結構。私は光の精霊女王よ。ずいぶん楽しそうな子がいるって知ったから、来てしまったわ。お茶をいただける?」

「ひか……せい……じょうお……!?」


 シャルロットからはカタコトのような言葉しか出なかった。

 授業では過去に召喚に応じた被召喚対象者は動物に近い姿をもっていると聞いていた。

 だから精霊が呼べるなど――いや、むしろ精霊が存在する話すら聞いたことはなかった。

 その上『女王』というのは、一体どういうことなのか。


「私が来たら驚くのも無理はないわね。わかっているわ。でも、お茶会の相手は私でも問題ないでしょう?」


 そうしてエレノアはティーカップを指さした。

 しかし、それを見てシャルロットは戸惑った。


「あ、はい。でも……」

「どうしたの? なにか問題が?」

「あの……ティーカップのサイズ、合わないんですが大丈夫ですか……?」


 どう見てもエレノアは小さすぎる。

 仮に大型の動物が来てくれた場合に合わせて、木製のボウルは持ってきていた。

 が、小さすぎることは考えていなかった。カップとエレノアの背丈は似たようなものだ。

 そう思っていると、エレノアも『なるほど』と頷いた。


「確かにこの姿だと、カップを持ち上げられないわね」


 そしてその言葉を述べると同時、エレノアは光に包まれた。

 次の瞬間、彼女はシャルロットよりやや背が高い女性へと姿を変えていた。


「この姿だとお菓子が小さく感じてしまうけれど……お茶が飲めないほうが問題だわ」

「……あの、大きくなれるんですか?」

「もちろん。この程度、女王にとっては簡単なことよ」


 自信満々なエレノアを見ているうちに、シャルロットの気持ちは徐々に落ち着いてきた。どうやら、本当に召喚には成功してしまったらしい。


「美味しいお茶ね。これはどういうものなの? このあたりの人間が飲んでいるお茶は褐色なのに、かなり違う色ね?」

「あの、私が作ったお茶なんです。将来、村の特産品にもできたらと思うんですけど、まだ売ってはいないんです。村の人たちは好んでくれているんですけどね」

「へえ。貴重なお茶をありがとう。おいしいわ」


 シャルロットが話している途中で優雅に女王は緑茶を飲み、シャルロットに礼を告げた。


「お菓子ももらっても?」

「ええ、もちろん。そのために作ったんですから」

「……気に入ったわ」

「え? ありがとうございます」


 気に入ってもらえるのは嬉しいことだが、エレノアはまだお菓子を食べていない。

 それなのに、何を気に入ったのか。

 もしかして先ほどのお茶のことを、再び述べてくれたのだろうかと疑問を浮かべていると、先ほどとは違い行儀悪くエレノアはクッキーを口に放り込んだ。


「うん、美味しい。だからますます気に入ってしまったわ。だからその言葉をやめなさい、シャルロット」

「え?」

「私はあなたと友人になることを望むわ。敬語は他人行儀でしょう?」


 エレノアはそう言うと、再び緑茶を口にした。

 そして疑問を浮かべるシャルロットをやや楽しそうに見た。


「だから、私はあなたと対等な友人になることを望んでいるの。シャルロット・アリス。必要があれば、あなたの呼びかけに応じるし、力も貸すわ。ただし私はあなたがお茶を振舞ってくれることを期待するし、あなたが私を気に入らないというなら無理強いはしないわ」

「え、その……それって……?」

「あなたは召喚師でしょう? その意味なら分かるんじゃないの?」


 つまり、いわゆる『契約成立』ということであるらしい。

 あまりの進行の早さにシャルロットが茫然とする中、エレノアは楽しそうに二枚目のクッキーに手を伸ばした。


「あなたみたいな人間は久しぶりだわ。最近だとやたら人間の好きな宝石や金貨を渡してこようとすると皆が面白おかしく話していたけれど、あんなもの、霊界で何の役に立つと言うのかしら」

「え……っと……それでも召喚に応じてくれていた方がいるのは、どうしてですか?」

「『どうしてですか?』じゃなくて、『どうしてなの?』ね。友人にそんな硬い喋り方はされたくないわ。――まあ、身もふたもない言い方をすれば、暇つぶしよ」

「暇つぶし……」

「そう。相手の都合を無視して支配下に置こうとする奴なんて、逆に痛い目を見ればいいんだって思う者もこっちにはいるのよ。本当は別に不要なのにそれを要求する者が一時集中したせいで、いつの間にか人間が勝手に貴金属を用意しなければ召喚は成功しないと誤認し始めたのよね」


 そして現状に至る――そう締めくくるエレノアを見ながら、シャルロットはずいぶんと納得するやら、顔を引きつらせるやらで忙しかった。


「もちろん人間も嫌な奴らばかりじゃないってことを知っているから、呼びかけを聞いて興味が湧けば、私みたいに遊びに来る者もいるわ。でも、真面目なだけじゃ飽きてしまうでしょう?」

「まあ……そう、なの……かな?」

「力を使うこと……労働力の対価は魔力で貰うわ。でも、それだけだとつまらないのよ。友人の手伝いならうれしいけれど、別に興味がない子に力を貸しに行くなんて面倒でしょう? 特に人間たちが力を欲しがるような幻獣たちとなれば、別に対価の魔力をもらわなくても霊界で生活できてしまうんだもの」


 シャルロットはエレノアの説明を聞きながら頭の中で状況を整理していたが、やがて諦めた。

 要はシャルロットはエレノアと友人となり、力を借りる代わりに魔力とお茶を用意する。

 それが明確であれば、あとは些細な問題になるのだろう。


(召喚に失敗する人が多い理由も、なんとなくわかったし)


 残念ながら、学院生活を送る限り、今の世の貴族の子弟には思慮に欠ける者も多い。

 魔力を持つものがほぼ貴族に限られ、さらにその中の少数の者のみが召喚師となるのなら、こういう状況に陥ることがあってもおかしくはなかったのだろう。


「でも、それって……面白そうかどうかを判断するために、人間と会っているの? 面倒じゃない?」

「問題ないわ。だって、私たちって長寿なんだもの。暇つぶしも徹底的にやらないと、やることもなくなっちゃうでしょう?」

「いや、それは知らないけど……」

「まあ、私もさすがに落ち着く年齢になってきているから、さすがに宝石をぶんどってその後を茶化しながら会いに行って観察する――なんてことはしなくなったけれど」


 先ほどの事例がエレノアの経験談だったのかと、シャルロットは苦笑いをこぼしてしまった。

 精霊女王なるものは、おしとやかなわけではないらしい。


(まあ、こんな話を聞いたら契約の成功理由なんて話せないわね)


 最初に契約上話せないなどとうまくいった人に、シャルロットは感謝した。

 おかげでまったく同じ理由でごまかせる。


「これからよろしくね、シャルロット」

「こちらこそ」

「ところで、お菓子の追加はある?」

「部屋に戻ればあるけど、ここにはこれだけだよ」

「了解。一緒に行くわ。でも移動は目立つから小さくなろうかしら」


 そう言ったエレノアは手のひらサイズに戻るとシャルロットの肩に座った。


「あ、そうそう。私はこちらにいる間、何もしなくてもあなたから魔力を吸い取っているわ。食事を通して魔力を補充することも可能だけどね、足らずはあなたの魔力を常時もらうことになるの」

「えっと……それって多いの?」

「私の力が強いから、それなりには。でもあなたの魔力量は莫大だから、大した問題もないと思うわ」


 そんな簡易説明が行われた後、部屋にやって来たエレノアがシャルロットの菓子をさらに食べ、小さなサイズのままクッキーを両手で持った上で『もう、なんでも困ったことはお姉さんに言いなさい! 女王の名に懸けてあなたの困りごとの解決を手伝うわ!』と宣言した。まるで酔っ払いの姿であるが、もちろんノンアルコールである。どうやら、この精霊女王は場酔いができるらしい。

 そしてその宣言自体はありがたいが、その思いに応えられるような、もっと驚かせるようなものを用意していかないとなとシャルロットは気合いを入れ直した。


(でもこれで私も一人前の召喚師、か)


 実感は湧かないものの、面白い友人ができたと思えば構わないかと、シャルロットは考えることにした。


 そして翌日。

 小さな姿のエレノアを肩に乗せたまま――というより、得意げなエレノアがシャルロットと共に登校したことで、シャルロットが召喚に成功したという噂は一気に広まった。

 なおかつそれが精霊で、相手を異界に帰さず留め置いていることから始業前には『精霊姫が現れた』と噂され始めてしまった。特にシャルロットと同じ平民の魔術師見習いからは羨望の眼差しを受け、教室の外にわざわざ見学に来るものまで現れた。

 エレノアはそれを聞いて非常に楽しくて仕方がないといった状態だったが、シャルロットにとっては勘弁してほしい状態だった。


 しかしシャルロットの成功を喜ばない者も当然いる。


「シャルロット・アリス。話がある」


 それは、どう見ても友好的な表情ではない教師からの呼び出しだった。



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