第三十八話 王都の新たな喫茶店(3)
文句を言いに来たなら聞かない。
そう言われても、シャルロットには心当たりがなかった。
(いや、むしろ今の状況なら文句を言われることは有っても、私が文句をいうのは変じゃないのかな)
疑われていれば文句を言われても仕方がないと思うし、けれど誤解であるから解けばいいと思っていた。しかし、この場でシャルロットが文句をいうケースがあるだろうか?
本当にシャルロットがあの男たちがいったようにこの店のことを不快に思っていたなら、そもそも男たちを止めていない。
やっぱり理由がないと思ったシャルロットは首を傾げた。
「いや、別に文句はないですよ。というかお客で来ただけだし、なんかうちの店にも迷惑そうだから口出ししたけど」
「……あなた、本当にアリス喫茶店の店主よね?」
「ええ。初めまして、同業者さん」
逆に本当に店主かどうか疑われ始めたことをシャルロットは少し残念に思う。
シャルロットが店主に見えないと言うのは、貫禄がないからだろうか。ただ同時に、同じ形態の店を開いているのに相手が自分のことを知らないのは少し意外だった。
これがもっとたくさんあるタイプの店であればそうは思わないが、ここは王都で二番目に開業した喫茶店だ。そうなれば一度くらい前例を見に、アリス喫茶店を訪れていてもいいと思う。
しかしそれを聞くにも、まずは相手に機嫌を直してもらわなければいけないようだ。
「文句じゃないなら何用でこちらに? 初めまして――って、挨拶をしに来ただけじゃないでしょう?」
「そりゃ、もちろん。私はお茶をしにきたんですよ。どんなメニューがあるのかまで聞いていないので、どんなスイーツが食べれるかも楽しみにして来たんですから」
シャルロットは堂々と相手に告げる。
ただ、その言葉は相手に怪訝な表情を浮かべさせた。
「……本当に、お客としてやってきただけだと言うの?」
「そりゃ。私もお店だしているくらい、こういうの好きだもの」
「仕事を盗まれたと思わないの?」
「何がです? あなたは何かを私から盗んだのですか?」
「……」
シャルロットの言葉に返事はない。しかし気まずそうに目を逸らせている辺り、後ろめたい気持ちではいるらしい。
(でも……本当に何も盗られていないんだけどな)
同じような食べ物を出したとしても、まったく同じ味付けであったりなどはしないだろう。それに、隠しているならともかく店で出している商品だ。ほかの飲食店だって他店の真似をして類似の料理を出していることもある。そしてそれは法律違反でもなんでもない。
ちなみにこの店のメニューはシャルロットの考案したメニューではない。主な甘味はフルーツ類で、お茶もほとんど海外のもので最高級な種類が多く、シャルロットが扱っているものとは違う。つまり、店の雰囲気自体は『喫茶店』ということ以外あまり似ていないのだ。
(……もしかしなくても、感覚的なものかな)
ほかの飲食店ならともかく、喫茶店は王都にひとつしかない。
だからこそ、真似をしたことに後ろめたさがあるのかもしれない。
しかしそれならそれで残念なことだ。もし考えが当たっているのなら、それは喫茶店があまりにもマイナーであるがゆえに起きてしまった行き違いだ。
「あの実はうちのお客さんからも同じようなことを聞かれたんだけど、私は別に盗まれただなんて思っていないですよ。どちらかというと、増えてくれて嬉しいくらい」
「嬉しい?」
「ええ。だって、いろんな喫茶店が増えてくれて、習慣や文化として根付いてくれたら更にこの業界も盛り上がるかもしれないじゃない? 私のお店だけだと限界があるし」
シャルロットの言葉に店主は目を瞬かせた。
そして、次の瞬間には怪訝そうな顔をさらに深くした。
(あれ……?)
納得してもらえると思ったのに、まったく納得されている気配がない。
「えっと、だって、業界が盛り上がって興味を持つ人が増えればいろんなアイデアができるじゃない? そしたら新しい考えとか生まれて、ほら、私もいろんなお店のものを楽しめると思うし……」
「いや、言いたいことはわかるんだけど……ずいぶん達観しているじゃない? あなた、商人の娘ではないわよね?」
商人の娘だったことは今も昔もないけれど、なぜそう思ったのかシャルロットは不思議だった。けれど、それより先に店主が首を軽く横に振った。
「まあ、いいわ。詳しい話はあとにしましょう。好きなもの注文してくれて構わないわよ、私が今日は御馳走するから」
「え? いいんですか?」
「面倒な奴らを片付けてくれたお礼は必要でしょう。ただし、私も一緒にお茶をさせてもらうわ。あと――申し遅れたわね。私はエミリア。エミリア・ロジャー」
「あ、シャルロット・アリスです。一緒に来ていたのはエレノア」
「まあ、そちらは戻ってきてくださってからのご挨拶ね」
そういえばタイミングを逃していたと思いつつ挨拶を返せば、エミリアは今までよりも気を許したような表情になっていた。
ひとまず気掛かりなことは解決してくれたのだろうと、シャルロットも肩の荷が下りた気がした。




