第三十七話 王都の新たな喫茶店(2)
そして、ようやくやって来た定休日。
シャルロットはエレノアを伴って噂の新しい喫茶店へと向かった。
「どういうところか楽しみねぇ」
そうシャルロットが言うと、エレノアが肩を竦めた。
「呑気ねぇ。せっかくの穴場産業だったんでしょう? 同じような店ができて、お客さん取られちゃうんじゃないかって心配じゃないの?」
「でも、そう言っている割にエレノアだって顔が笑ってる。楽しみにしているんじゃないの?」
最初シャルロットは一人で喫茶店を訪ねるつもりであったが、あまりに楽しみにし過ぎていたためかエレノアに尋ねられ、そして『私も行く!!』と勢いよく主張された結果、現在に至っている。
シャルロットとしても一人で行くよりは数名で訪ねるほうが楽しいので歓迎なのだが、エレノアを自ら誘わなかったことには理由がある。一応、普段エレノアは女王としての御前会議を定休日に割り当てているはずなのだ。大丈夫なのか気になるところなのだが、エレノアが行くといっているのだからとあえて深く考えないことにした。
考えたところで、エレノアが自分の主張を聞き入れるとはあまり思えないのだ。
「で、実際のところどうなの? お客をとられる心配はしてないの?」
「うちのお客さんは減っていないから、実際に影響は出てはいないよ。むしろいま、待ってくださっている方も多いからほかにもお店ができたなら、お客さんにもいいんじゃないかな――って、あ。この路地をはいってすぐかな」
そうして大通りから一歩入ると、すぐにわかりやすい看板が目に入った。
そこにあったのはカップをかたどった鉄製の看板である。
そして開店中だと示す札がドアノブに下げてある。
「なんだか緊張するね」
「今更?」
「むしろ今だからこそだよ」
シャルロットはドアノブに手をかけ、深呼吸をしてから店に入った。
店内は白い木目調の木が印象的で、印象は明るい。シャルロットの店のベースが濃い色であることとは対照的だ。広くも狭くもない店内に、ほどよい距離でテーブルが配置されている。
店の中にいる店員は二人で、いずれも女性だ。
一人はカウンターの中で作業をしており、もう一人は奥にいるらしい客からオーダーをとっていたのだが、その声はずいぶん大きく店の雰囲気に合わなかった。どうやら酔っぱらいのようで、オーダーも本当にあるのかわからないようなメニューをオーダーしている。
迷惑客なのだろうか、とシャルロットは眉を顰めた。
酔い冷ましの一環として店に寄っているのかもしれない。真昼間ではあるが、酒場自体昼間から開いている国なのだからないわけではないと思うが、少し他の人には迷惑になるような声量だ。
そんなことを考えていると、カウンターの内から声をかけられた。
「いらっしゃいませ。お好きな席にどうぞ」
その声は申し訳なさそうで、シャルロットも思わず同情してしまった。幸い、いまだこのような客がシャルロットの店にやって来たことはないが、対応が面倒なのは確実だ。
シャルロットたちは先客から少し離れた席に座った。
席にはすでにメニューが用意されていた。メニューの文字はかなり格式張っており、上流階級の者が書きそうな文字だとシャルロットは思った。そしてそれだけあって、実に読みやすい。
「とりあえずお茶から――」
見よう。そう、シャルロットが言おうとした時だった。
店の奥からガラスが砕けるような音がした。シャルロットは思わず振り向いた。
「おいおい、これはどういうことだ?」
「ゴミがはいってるんじゃねぇか?」
その声を聞いたシャルロットは明らかな言いがかりだと感じた。
声がにやついている。そして店員の反応を楽しんでいるような様子だ。
店員も気丈に振舞っているので、シャルロットは少し様子を見た。
「仰る意味が分かりません。今、私はお客人が自分で紙きれをカップに入れる様子を見ております。それに、一体何度目でしょうか」
「ああ? 何を言っているんだ!」
「人の暖簾で商売する奴はろくなモンがいねぇってことか? アリス喫茶店の真似をしているくせになぁ? そろそろやめたほうがいいんじゃないか?」
そんなはずはないとシャルロットは思う。アリス喫茶店にも男性客はいるが、ガタイのよいこのような客がいれば記憶に残るはずだが、それもない。そもそも場所が場所なので、酔っぱらいがくるようなこともないのだ。
(わざわざ私の店の名を出すのだとしたら、よほど思い入れをしてくれているか、うちの店の名前を利用しているか……もしくはそれ以外の何か、かな?)
それに、店の人たちにアリス喫茶店が絡んでいると誤解をされるのは不本意だ。
「あれ、いくの?」
「まあ、仕方ないしね」
エレノアはとりあえず距離を置いてシャルロットを見守ってくれるらしい。
というよりは立ち上がることが面倒だと思っている、もしくは『あんな相手には負けないだろう』というような雰囲気であった。
シャルロットとしては負ける負けない以前に言葉で穏便に終わらせたいと思っていたのだが――しかし近づいているときに「アリス喫茶店の店主だってそれはもう不快だと思っているんだぜ? 変な噂を流されたくなかったら金でも積んで……」などという言葉が聞こえてきたものだから、得意げにゆすろうとしていた男の後頭部を思い切りテーブルへむけて倒してしまった。
「あらあら、おかしいね、私、そんな人雇った覚えないし。うちの店への営業妨害?」
「は……!? てめぇ、なにしやが……」
「何しやがるっていうのはこちらのセリフ。どうも、アリス喫茶店の店主です。あとはホールスタッフのエレノアも一緒だけど……一体どうしてそんな言葉が出てくるのかな? そもそも私から話を聞いたことがあるっていうなら、私の顔を知っているはずじゃないの?」
その言葉に男たちは一瞬たじろいた。
まさか店主が現れるだなんて思っていなかったのだろう。
しかしシャルロットはそれに遠慮するはずもない。せっかく休日まで待って楽しみにしていた店にやってきたというのに、酷い嘘をつかれたものだ。けれどせっかくこういう場面に出会えたのだから、積極的に取り締まらざるを得ないことでもある。
「そ、そんなわけないだろう! あの店の……あの店の者から頼まれ……!」
「だから私だって。もう一人、配膳係の店員もそこにいるよ。すでに実害が出ているならあなたたちを衛兵に突き出すけど……店員さん、どうかな?」
「え、あの……?」
唐突な場面に店員の女性も反応できていないらしい。
そしてそのタイミングをついて男たちは逃げようとした。
「お、覚えていやがれ……!」
シャルロットを背にしていた男は立ち上がると同時に転がされた。その男につまずく形でほかの男も倒れている。もう一人は上手くすり抜けたようだったけれど、エレノアによって優雅に拳骨を落とされ、伸びていた。
「覚えてられるほど暇じゃないから、逃がさないわよ。目の前で無銭飲食をしようなんて、認められるわけないじゃない」
「こっちも伸びてるから、そっちと一緒に縄でもかけといて。私はとりあえずその辺で衛兵さんを呼んでくるわ」
「お願いね。よろしく」
美味しい思いをするためには不要なものは片づけてしまわないと、楽しみに集中できない。
エレノアが店から出ると、店員も慌てて縄を持ってきた。
ただし、それは細すぎて意味がなさそうだ。
そうシャルロットが言おうとしたところで、ならず者たちは急にどこからともなく現れた蔦で身体を拘束された。シャルロットは目を見開いた。
「魔術……?」
「ええ、魔術よ」
そう言いながら出てきたのは、カウンター内にいた店主のほうだった。
魔術をつかえるということは魔術学院の出身者なのだろうが、シャルロットには見覚えがない。雰囲気からしても、シャルロットたちよりいくつか年上に見える。
「ひとまず、この人たちを黙らせてくれてありがとう。もう少し放っておいてくれたら、私がたたき出したところなんだけれど、それじゃあ衛兵に突き出せないから」
「えっと、どうも」
感謝されているのかいないのかよくわからないことを言われたが、それはごろつきたちがアリス喫茶店からのいやがらせだと装っていたことから疑わしい気持ちが残っているからだろう。しかもさっきの連中たちとのやりとりは悪い意味での常連さんそのものだった。
とりあえず疑わしいことがあるなら正面から聞いてもらえれば、シャルロットも返答できると思っていたのだが……かけられた言葉は、意外なものだった。
「でも、うちの店に文句を言いに来たのなら、そういう話は聞かないわよ」
それは想定外の言葉だったので、シャルロットは思わず目を瞬かせた。




