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第三十六話 王都の新たな喫茶店(1)

 人の噂も七十五日とは言うものの、実際にはもう少し短いようにシャルロットは感じる。


 あの騒動からひと月半。


 アリス喫茶店ではそのときの噂話はほぼ聞かないような状況となっていた。

 もっともシャルロットもすべての客の話しに耳を傾けているわけではなく、『常連さんからそんな話を聞かなくなった』という程度のことなのだが。


「マスター、今日はうーんと冷えてるお茶をいただける? 最近すごく暑くって」

「はーい。凍えない程度のものを用意しますね」

「あはは、氷いっぱいで頼むよ。ここのはよく冷えてて美味しいからね」


 配膳をしていたときにそう常連から声をかけられたシャルロットは笑顔で返事をした。

 いま注文を受けたのは水出しのお茶だ。

 保冷庫で用意しているので、取り出しただけでもそれなりに冷たい。

 けれどシャルロットはグラスに注いだ茶に軽く手をかざし、さらにお茶から熱を奪った。


(よし、これで大丈夫)


 これで非常によく冷えたお茶の出来上がりだ。

 ただし、この状態だと冷えたものも元に戻ってしまう。そこでシャルロットは凍らせたお茶の氷を追加で入れた。


「お待ちどうさま!」

「いつもありがとね。こんなお手軽に贅沢ができて私は幸せだよ」

「そう言っていただけると光栄です」


 氷は日本よりも高価で、なかなか手に入りにくい。

 氷は魔術で精製するか、特殊で高価な魔術道具を使わなければ氷売りから買わなければいけないので、こういった低価格帯の店で出てくるのは確かに珍しい。しかもそれが茶で作った氷というのは、すくなくとも王都内でほかに見ることはないだろう。


(いままでは涼しかったからそうでもなかったけど、これからは役に立ってくれそうだなぁ)


 幸い湿度があまり高くないため日陰は涼しく、店の中もそれなりに居心地はいい。けれど外から入って来た人たちはまだまだ身体が火照っており、冷たいものを求めている。


(もう少ししたら、かき氷も売り出そうかな……? 喜んでもらえそう)


 学生時代、フェリクスにも好評だった逸品だ。果実のソースやお茶のソースなど、いろいろなものと果物を用意したいと思う。それから、それ以外にも新メニューの開発は行っていきたいと思う。

 ただ、夏らしいメニューを作るには新鮮な南国系フルーツをできるだけ入手したいとおもうのだが――。


「そういえば、マスターは聞いた? なんだか、南通りのほうにほかにもお茶を売りにしているお店? ができたんですって」

「え、初耳です」


 王都では唯一の喫茶店だったアリス喫茶店以外にも喫茶店があるというのは、シャルロットには衝撃だった。

 今までまったく気づかなかった。


「なんだか、せっかくマスターが新しいこと考えたのにね。腹は立たないかい?」


 常連客はシャルロットを気遣ってくれるが、シャルロットはそれには苦笑した。


「腹なんて立ちませんよ。でも、もうちょっと早く気付きたかったですけど」

「気付いたらどうしたんだい?」

「一度お客さんとして訪ねたいなと」


 シャルロットの店から何を感じて、どういう店を作ったのか。それはとても興味が湧く。自分の店がどのように見られているのか、もしくは自分の店に足りない何かが見つかるかもしれない。

 それに、そもそもこの形態はシャルロットだけが独占するべきものだとは思っていない。


「ああ、でもマスター。あっちのお店には動物はいないよ。それを楽しみにしているなら、がっかりするから先に覚悟しておくんだよ」


 そう言われたことにシャルロットは苦笑した。

 巨大な猫とコロコロとした犬。シャルロットが動物好きだと思われるには充分な理由であるが、シャルロットとしては最近もう少し仲間がふえたら嬉しいなとも思っている。

 というのも、マネキもクロガネもきっと友達が増えたらより楽しんでくれると思うからだ。

 ただ、普通の一般的な犬猫が二匹を――いや、正確にはクロガネを見てしまうと大概怯えるか平伏してしまうのでなかなか遊び相手には難しそうだ。ならば召喚を――という選択肢もないわけではないのだが、初めて相手を呼ぶときにシャルロット側は相手を指定することはできない。だからクロガネとそりの合わない子が来てしまっても大変だ。


(まあ、今のところは楽しんでくれているし、急務でもないかな)


 それよりは、新しい喫茶店のほうが気になるところである。


「次のお休みに、ぜひお邪魔してみようと思います」

「ああ、そうかい。行ったらぜひ私にも感想を聞かせてくれよ」

「あれ? もう行ってこられたんじゃないんですか?」


 てっきり行ってみたからこその情報提供かと思ったが、常連客はシャルロットの疑問を笑い飛ばした。


「私をこの店から奪おうなんざ、よほどのことがなければできやしないね!」


 そう豪快に言われ、シャルロットも笑い返した。


「じゃあ、その期待に応えるだけの品を私もお出ししていかないとですね」

「ああ、頼むよ。何せ、ここは私の癒しの場だからね」


 そしてその後、シャルロットは詳しい店の場所を尋ねてみた。

 南通りはそれなりに人通りが多いため、きっと買い物客が休憩するのにちょうどいい場所になっているのではないかと思う。


(どんなメニューがあるのかなぁ)


 そう楽しみにしながら、シャルロットは次の定休日を待った。

 この世界にきてからの初めての喫茶店。

 自分で用意するのはもちろん楽しいが、用意されるのもシャルロットはとても好きなのだ。







 

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