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第三十話 仕上げの前も肝心です

 そしてシロップの手みやげを持ったシャルロットは、その後は無難にその場を乗り切った。とは言ってもシロップを渡された後は怪しげな食事を勧められることもなく、ごく普通の美味しい菓子を食べ、エリアンナの自慢話を聞いた程度だった。


「ただいまぁ」

「おかえりなさい」

「おかえり」

「……あれ? どうしてフェリクス様がいるんです?」


 まだ仕事中だろう時間ではないかとシャルロットが首を傾げれば、短く「休み」と返事が返ってくる。


「レベッカの訓練をしていた」

「確かにそれもありますけど、シャルロットさんが心配だからお休み日を変更なさったと仰ればよろしいのに」

「どうして言うんだ、今」


 目の前でされるやりとりに少々申し訳なさを感じたものの、シャルロットとて反対の立場なら気になってしまったことだろう。

 だから、出来るだけ軽く答えようと努めた。


「熱烈な歓迎だったよ。例のお茶まで出してきてたからね」


 しかし軽く言ってみたものの、その内容は軽くはない。事実シャルロットの言葉にフェリクスもレベッカも顔を強張らせた。


「あ、飲んでないよ。飲んでない。クロガネが助けてくれてね。そのおかげで紆余曲折あり、お土産をもらって帰ってきたよ」


 今から思えば、店でのやりとりでエリアンナが引き下がったのも、その後薬漬けにして仕返しをしようとしたからなのかもしれないなと思いつつ、シャルロットはエリアンナから渡された瓶を二人に見せた。

 レベッカは戸惑ったような表情を浮かべ、フェリクスは眉間にしわを寄せている。


「それは?」

「多分十中八九、ウルのエキス入りのシロップだと思います。いくら飲んでも追加でくれるそうです」

「飲んでいないな」

「もちろんです」


 そして手を伸ばしたフェリクスにシャルロットは渡した。


「何もない状況で彼女が私にお土産なんてくれないと思いますしね。もっとも、これがアタリでも直接エリアンナを訴えるってことは難しいと思いますけど」


 なにせ、しらばっくれられたらお終いだ。

 貴族と庶民、平行線の話し合いになれば貴族のほうが有利になると予想できる。


「まあ、そうだけど。これは相当大きな土産だな」

「少なくとも直接渡されたので、エリアンナが関与しているっていうことは改めて確かになったと思うんですけど……」

「いや、そういう意味じゃない。ここまで魔力が含まれているものがあるなら、これに含まれている魔力を辿って栽培地域を特定できる。茶葉に混じっているものじゃ量や状態の問題から判別できなかったがな」


 シロップの入った瓶を傾けながらフェリクスが言うので、シャルロットはおもわず目を瞬かせた。


「……できるんですか?」

「できる。とはいえ、準備は必要だ。少し時間をくれ」

「それはお気になさらず、心ゆくまでやっていただいたら大丈夫です」

「そこまでかからないとも思うけどな。客席のテーブル、借りるな」


 そしてフェリクスは壁際に置かれていた荷物を手に取った。

 荷物からは少し大きめの紙が飛び出しているのが目についた。


(地図かな?)


 ただし準備を始めているフェリクスの手を止めさせてまで知りたい事柄でもないので、シャルロットはあえて尋ねないことにした。何か手伝えることがあるなら手伝うが、そのようなことがあるなら既にフェリクスから申し出があったはずだ。だから今は待つだけだ。


「では、その間にお茶を淹れましょうか?」

「ありがとう。でも結構お腹がたぷたぷなんです。だから――お茶より、甘いものを作ろうと思います」


 レベッカの申し出をシャルロットは苦笑しながら辞退した。

 本当はぜひともと言いたいところだが、腹の具合はすぐにどうこうできるものではない。


「今からですか?」

「計って混ぜて、あとはオーブンにいれるだけだから大丈夫。エレノアを呼ぶにしても、お菓子がないと悲しんじゃうし」


 そしてシャルロットがさくっと作り始めたのはくるみのバタークッキーだ。

 振るい合わせた粉類にくるみと溶かしバターを加え、そぼろ状になったところで牛乳を加えて再び混ぜる。あとは適度な大きさに丸めて真ん中を軽く凹ませる。

 そこまで済めば鉄板に並べ、温めておいたオーブンに入れれば完成間近だ。


「焦げないようにだけ気をつけておかないと、かな」

『そういうことなら、私が任されましょう』

「ありがと、マネキ。じゃあお願いするね」


 頼もしい立候補をもらったので、シャルロットはフェリクスの様子を窺うことにした。

 フェリクスはテーブルに地図を広げ、その周囲に金属製の小皿を置いていた。半分の小皿の中には少しずつ液体が入っている。それはシャルロットが見る限り、ただの水に見えた。もう半分は空の皿だ。

 そんな状況下、フェリクスは地図にいくつかのピンを刺している真っ最中だった。


「悪いな、あと少しだけ待ってくれ」

「いえ、全然悪くないんですけど……これは何ですか? 魔術みたいに見えるんですが」

「『みたい』じゃなくて、魔術だよ。と、これくらいで準備完了だな」


 シャルロットには理屈はわからないが、そこには前世で見ても魔術らしいと思えるほど魔術の雰囲気が溢れていた。


「これは、どういう魔術ですか?」

「この地図上の地域はすべて土地特有の魔力が記録されている。もしも幻覚薬の産地がこの中にあれば、その魔力も含まれているはずだ」

「……つまり?」

「一致すればそこを押さえたらいい。ま、でないかもしれないし、エリアンナやファビルと全く関係ない地域なら、また別の繋がり探しだけどな」


 しかし、地図上の区域は十分広い。

 国内は少なくとも網羅しているし、外国地域も境界近隣は記載されている。

 シャルロットが地図に釘付けになっている横でレベッカが息を飲んだ。


「これは……相当高価なものですね」

「まぁ、持ち出したのがバレたら相当親父殿には怒られるだろうな」

「え、大丈夫なんです!?」


 あっさりとしたフェリクスの言葉に驚いたのはシャルロットだけではなくレベッカも同じだ。

 しかしフェリクスはしれっと言った。


「ばれなきゃいいし、怒られ慣れすぎてるから何とも思わないけど。もしかして、と思って持ってきたけど、正解だったな」

「……それはそれで問題では」

「まぁ、臨機応変というやつだ」


 それは絶対に違うと思ったものの、シャルロットは突っ込みを止めた。

 それはフェリクスの表情が真剣なものへと変化したからだった。


「シャルロット、シロップを取ってくれ」

「はい」


 フェリクスの要求に応じてシャルロットはシロップを差し出した。

 するとフェリクスはそれを空だった皿に注いでいく。シロップの甘い匂いと違和感の残る香りをシャルロットは感じた。


 次にフェリクスは地図上で右手を水平に動かした。すると順次皿の中の水に白い光が生まれて蛍のように地図上に動いていく。光は地図に降りると、色とりどりに変化した。


 次にフェリクスが左手を動かすと、シロップのもとにも光が生まれる。光は先ほどとは異なり、同じ場所に集中した。


「これはワント伯爵領内だな。南の漁村の辺りだ。……まあ、妥当といえば妥当か」

「確かにウルは人の手が入れば作れますが……加工はどうしてるんでしょう? あの辺りは蒸し暑くて実が傷みやすいです。王道とされる、乾燥をさせたものを作るのはもちろん、シロップを作るにしてもカビやすいですよね。品質を保って幻覚薬の依存性を高めるなら、まず向かないと思うんです」

「なら、加工は別の場所の可能性があるな」

「ええ」

「始点と終点が繋がっただけでもありがたいが……まだまだ先が長そうだな」


 そうして、フェリクスは溜息をついた。

 ただ、それは疲れたというより気合を入れ直すようなものにも聞こえた。


(もちろんこの場所は押さえるにしても、このままだとエリアンナはワント伯爵家が独断で行ったことにして、しっぽを切って逃げられる)


 実際彼女がどう考えているのかシャルロットにはわからないが、道中でエリアンナが関わる証拠を見つけなければ、シャルロットが望む解決にはつながらないだろう。


「ひとまずこの漁村が原産地だとすると、陸路を使うなら一旦北に行くことになるんでしょうか。でも、この辺りも細々とした村ばかりで、運ぶにも時間がかかりそうですよね……」

「ただ、この漁村なら沖で貿易船に渡すことも不可能ではなさそうに見えるな」


 そうフェリクスが地図を見つめて呟いたとき、レベッカが口を挟んだ。


「もしもフェリクス様が仰っている通りの方法なら……ひとつ、心当たりがあります。港町、サウヴェースです」

「どういうことだ?」

「サウヴェースにはフェビルとエリアンナが度々二人で出掛けておりました。そしてサウヴェースは賄賂さえ贈れば船からの荷物は一切積み荷を改められることはないと冗談紛いに話す商人がいるのですが……それは一人や二人ではありません」

「へえ?」

「また、キュバアル家の別宅のひとつがあるはずです。……それから、これは噂程度しか私も知りませんが……ここ二年ほどで、意味不明の発狂で暴れる者が増えた地域でもあります」

「つまり、収穫したウルの実を一気にここで加工し、あとは少しずつ王都に持ち込めば目立たず密売ができるって算段か。ただ、その腐った検査官、幻覚薬に魅了されてなさそうな気もしますね」


 そう言いながらシャルロットがフェリクスを見ると、彼は額に手を当てていた。その顔には『思った以上に面倒だ』と書かれているようだった。


「まあ、むしろおかしいならおかしいで現場を押さえやすいし、それが事実なら調べる範囲もだいぶ狭くなると前向きにとらえよう」

「……もうひとつ、いいでしょうか」

「どうしたの?」

「庇うわけではないのですが、恐らくファビルやワント伯爵家は幻覚薬を製造していることに気付いていません。だから気候云々を抜きにしてもあからさまな形では、出荷していないと思います」

「それはどうして?」

「もともとフェビルは臆病でした。いくら苦しい家計事情を理解していても、今の暮らしを手放せない。だからこそ領民のために私が嫁ぎ、内部からあの家を立て直す予定でしたから」


 要は善悪抜きに幻覚薬に手を出す決断をする胆力があるのであれば、そもそもレベッカが嫁ぐことになっていなかったということなのだろう。

 庇うわけではないと言いつつわざわざそのことを伝えたのは、憐れんでいるのもあるのかもしれない。


「……まあ、どちらにしろ後は一旦俺が持ち帰って手配する……ことにしたいんだけど、騎士の中にも第一王子派閥がいるから、派手に動くことは難しい。今日や明日ではどうにかはできない。ただ、長引かせる気は毛頭ない」

「急いで逃しちゃったら大変ですから、慎重にお願いしますね」


 言わなくてもわかっているだろう事柄をあえて言えば、フェリクスも軽く笑った。


「本当に。いい機会ってのは逃してしまうと洒落にならないよな」

「うん?」


 似たような言葉が繰り返されただけのようなものなのに、どこか企むような雰囲気を含む声にシャルロットが首を傾げた。


「どういうことです?」

「借りを返す機会も、逃すわけにはいかないよな?」

「え? まあ……でも、なんの話ですか?」

「汚名返上。舞台は整えるから、主役は二人に任せるぞ」

「「はい?」」


 思いがけず揃ってしまったシャルロットとレベッカの返事に、フェリクスはさらに笑みを深くした。



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