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第二十九話 きつねとたぬきの攻防戦

 そして、シャルロットがキュバアル邸を訪ねる日がやってきた。

 レベッカからは再三にわたりシャルロットの装いについて不安を口にされたが、こればかりはシャルロットも譲れなかった。


「どうぞ、いらっしゃいませ。……ずいぶん面白い格好ね」

「エリアンナ様は先日の件でご用件があるとお伺い致しましたので、喫茶店主の正装でお訪ねさせていただいた次第です」


 堂々としたエプロン姿で訪れたシャルロットは、にこりと笑みを乗せていた。

 貴族の間では茶会にこのような格好などあり得ないためレベッカは必死に止めていたのだろうが、この場でこの格好が間違いだとは思わない。


「そう。その犬は?」

「私が召喚師として契約したものです」

「そうなの。では、どうぞおかけになってくださいな」


 エリアンナはそうしてシャルロットに席を勧めた。


(でも、やっぱり謝罪はなしか)


 予想はしていたものの、フェビルの口ぶりからは多少謝罪らしきものを口にする可能性も考えていたが、どうやらなさそうである。

 席に着くや否や給仕がやって来てテーブルに菓子が並べられた。


「我が家の料理人が腕をふるった菓子よ。どうぞ」

「ありがとうございます」


 まさか毒を盛られているなどということはないだろうと思いながらも、シャルロットはまず注意深く香りを嗅いだ。


(異常はないかな)


 クッキーにはチョコレートがふんだんに使われている。利益を度外視せねばシャルロットには作れない一品だと、こんな場所でも羨ましさが生じてくる。そして、美味しい。いつか休日に、皆のために作りたいと思ってしまう。

 ただ、単にこうして美味しいお菓子を食べるだけで時間が過ぎるわけもない。

 お茶会だというのに紅茶の一つも出てきていないし、たいして話をする雰囲気でもない。ここに来た目的は情報収集なのだから話をしなければ何も進まないのだが、シャルロットから積極的に口を開けば、怪しまれる恐れがある。


(できれば話の端々から拾い上げていきたい)


 そんなことを考えてシャルロットが二枚目のクッキーを口にしたとき、エリアンナが笑った。


「さて、お茶も楽しんでいただこうと思うけど……あなたはあんな店を出しているのだもの。お茶に詳しいのよね?」

「ええ、それなりには」

「なら、ちょっとしたゲームでも楽しまない? 飲み比べて産地をあてるゲーム」


 エリアンナはそう言うと、軽く手を上げてメイドを呼んだ。

 すると、シャルロットとエリアンナの前にそれぞれ三種類のカップが置かれた。


「これはどれも私のお気に入りの紅茶なの。あなたがお茶売りなら、区別くらいつくとは思うんだけど。あなたは当てられる?」


 少し挑発的な笑みを見て、シャルロットは理解した。


(なるほど、私が店主として対応したから、この程度なら店主らしくないと言い返したいってとこかしら)


 けれど、シャルロットにとってもこれは外せない問題だ。

 エリアンナに馬鹿にされる云々などがなくても、プライドというものがある。


「ええ、もちろん」

「じゃあ、左から順番にどうぞ」


 シャルロットは言われた通りそれぞれに一度ずつ口をつけた。

 幻覚薬の混じりけのあるような香りはしない。純粋に上手に淹れられた紅茶だった。


「では、お答えいたしましょう」

「もういいの?」

「ええ。私から見て一番左がレーウェル茶園のものですね。ナッツのようなコクと赤褐色が特徴的です。ミルクを加えて飲むのが好まれる傾向がありますね。二つ目はカウル茶園のもので、花のような香りがします。三つ目も二つ目に似ていますが、こちらはトゥルリ山脈のものですね。やや果実のような香りがします」


 出し方の意地が悪かったのはワザとだろう。

 最初のものがスモーキーな匂いがするので、続けて飲むと後の二つは少しボケやすい。だから二つ似せたものを続けたのも間違えるよう、狙ったのだと想像できる。


「……少し、簡単すぎたかしら?」

「飲み慣れていない方には難しいと思いますよ。特にトゥルリ山脈は国外の産地ですから、なかなか手に入りませんし」


 シャルロットもフェリクスやグレイシーから茶葉を貰っていなかったら今も飲んだことがあるかどうかは分からない。知識としてはあっても、実際に飲むと印象が違うというのもよくあることだ。

 しかし茶は楽しむものであって、こうして人を試すようなことに使うことはシャルロットにとって抵抗がある。ますますエリアンナを好まない理由が増えてしまったと思っていると、エリアンナは軽く右手を挙げてメイドを呼んだ。

 するとメイドはさらに一つ、カップをシャルロットのもとに置く。


「じゃあ、これはどうかしら? 我が家で作っている紅茶だから飲んだことはないでしょうけど、感想が聞きたいわ」


 だがそのカップが置かれた瞬間、シャルロットは強い違和感に襲われた。


(これ、茶葉に不純物が混じってる)


 そして手に取ってみれば、その感覚はより大きくなる。

 お茶に関しては利きすぎる嗅覚に感謝しながら、シャルロットはまず時間を稼ぐことにした。


「いい色のお茶ですね」

「そうでしょう? 香りもいいと思うのだけど」

「はい」


 混じるものではなく、茶葉自身の若草の匂いが残るのは匂いを誤魔化すためだろう。

 確かに隠すのであれば相性はいいだろう。おそらくレベッカが飲用していたものと同じだ。


 この種のもので茶葉に香りをつけている程度なら一度では不調にならない可能性は高い。

 ただし、それでも抵抗感はある。


(あとでエレノアに解毒してもらうことも可能だけど……)


 しかし飲まずになんとかやり過ごす方法はないだろうか。

 そうシャルロットが思案していると、突然クロガネがシャルロットの膝に飛び上がり


「ちょっ、クロッ……!?」

『ご主人、心配はない。私は幻獣。人間に効く毒でも効かない』


 そしてあっという間に紅茶を飲み干した。

 シャルロットはそのことに安堵したものの、この場は目を丸くしているエリアンナに取り繕う必要もある。


「申し訳ありません、見た目の通り、まだ子供ですので」

「霊獣といえども、理性はなしの獣ということですね」

「ここはお詫びに、私がひとつお茶を淹れさせていただきます。お湯をいただけますか?」

「……どのようなもので私を満足させる気?」

「満足かどうかは別として、珍しいお茶ですよ。私も作っている段階ですから」


 そしてシャルロットが用意したのは念のために持参していた玄米茶だ。

 緑茶に米を一対一の割合でブレンドしたお茶は、とても香ばしい匂いを纏っている。なかなか相性の良い米を見つけることができなかったのだが、シャルロットなりに満足できる仕上がりに近づいている。

 ただし今回はそこまでネタバラシをする気もない。だから持参した、特注の急須の中にすでに茶葉は仕込んでいる。

 そして高い温度のお湯をそこに注いで、三十秒。

 順にふたつのカップに注げば、できあがりだ。


「……不思議な香りね。色も、淡い黄色かしら」

「さっぱりしていて美味しいですよ。それに、匂い通り香ばしいですから」


 それでもエリアンナには抵抗感があったようだが、やがて意を決したように口に含んだ。

 そして一度カップから口を離したものの、すぐに再度口をつけた。


 その後飲み終えたカップをソーサーに戻したエリアンナはシャルロットに向かってはっきりと言った。


「それなりに珍しい体験だったわ。お礼に、今日は面白いお土産をあげるわ」

「面白いもの、ですか?」

「ええ。きっと気に入るわ」


 そして渡された一つの瓶には、シロップのようなものが入っていた。

 きっちりと蓋はしまっていたが、シャルロットにはどうにも嫌な予感しかしない。


「それがなくなったらまた来なさい。いくらでも用意してあげるから、少しずつなんて遠慮しなくてもいいのよ」


 その言葉にシャルロットは笑みを返した。

 もちろん、それは好きに使ってもいいと言われたことに対する喜びではない。

 それは明らかに怪しい品物を得られたことにより、状況が前に進むのではないかという期待からの表情だった。



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