第二十八話 グラタンとともにご報告
そして閉店後、店の裏手をノックする音でシャルロットはフェリクスの来訪に気が付いた。
「今日もお仕事お疲れ様です」
「ああ。そっちもな。レベッカ嬢は?」
「ご飯ができるまで、上で縫い物をしてくれています。テーブルクロスに刺繍をいれてくれているんです」
「そうか。ご令嬢には刺繍が得意な方が多いからな」
そう言いながら入って来たフェリクスに、マネキがすり寄った。
どうもマネキはフェリクスの撫で方が一番好みらしい。普段から一緒にいて一番撫でているはずのシャルロットとしては少し複雑な気分だが、きっちりとした騎士服の人間が愛らしい動物を撫でている姿は見ていて楽しい。
「もうすぐ夕飯、出来上がります。フェリクス様もまだですよね?」
「ああ」
「じゃあ、座って待っておいてくださいね。今日はデザートも用意したんですよ。新作の、薬草茶クリームのミルフィーユです」
そう言いながらシャルロットは厨房で夕飯づくりを進めていく。
今日の夕飯はアマイモとカブのグラタンに温野菜のサラダとパンだ。グラタンはもう少し焦げ目がつけば完成なので、温野菜を取り分けてドレッシングを振りかける。
「昨日の強盗だが、どうもマネキを狙っていたらしい。まあ、猫だとは思っていなかったようだが」
「そうみたいですね。売るって、言っていました」
「よりにもよって闇オークションに出品するつもりだったようだ。ケルベロスに睨まれたのがよほど効いたのか、オークションの場所以外は素直に吐いた。オークションの場所は仲介者じゃないとわからないと言っているが……まあ、他にも知っていることがあるなら、これから吐かせる。どうやら幻覚薬を常用していて、更に酒が入ったことで気が大きくなっていたようだ」
だいぶ怒っている様子にシャルロットは苦笑いを零した。
被害を受けたほうとしてはありがたいのだが、フェリクスにストレスを溜めてほしいわけではない。
「無理はなさらないでくださいね」
「ああ。ただ、長引かせられる案件じゃない」
「ですね。……幻覚薬も、思ったより広がっているみたいですし」
「ただここにいるケルベロスなら、強盗如きで被害を受けそうではないが……用心はしてくれ」
「もちろんです」
そろそろグラタンもいい頃合いだとシャルロットがオーブンから出していると、フェリクスが溜息をついた。
「……なんだかスッキリしないな」
「気がかりですもんね。早くオークションの場所もわかればいいんですが……」
「それもそうだが、まだお前の周りで何か起こりそうな気がして仕方がない」
シャルロットは目を瞬かせた。
確かに学生時代から現時点まで、やたら問題が降りかかってはきているので今後もそうなるおそれは重々承知だ。否定できる材料が思いつかない。
「エレノアもクロもいるお前の周りは充分強いのはわかっているんだが、俺もできることなら見ていてやりたい」
「フェリクス様、それ言い方気をつけたほうがいいですよ」
「なんだ?」
「口説かれていると勘違いされかねませんよ」
真面目な話をしているのはわかっているが、それでもシャルロットはまずそこに注意せざるを得なかった。
するとフェリクスは目を見開いた後、肩をすくめた。
「勘違いしたか?」
「しません。ほら、ごはんですよ。熱いから気をつけてくださいね」
注意したのにからかわれてはたまらないと、シャルロットはカウンターの前からグラタンを出した。
「あ、そういえば……前に、私の受験資格のことであちこちに掛け合ってくださっていたことがあったってお聞きしたじゃないですか。ルーカス殿下のところに行かなかったというのは、どんな理由だったんでしょう? あ、別に殿下のところに行ってほしかったってわけじゃないんですけど」
「殿下のところに行けば、殿下直属の召喚師になる。金が溜まったので店を持つから仕事辞めます、なんてできないだろ」
「やっぱり、そうですよね」
ルーカスから誘われた時もすぐに断っておいてよかったと、シャルロットは思った。
そして、間を置かずにひとつの報告した。
「あと私、エリアンナからお茶会に誘われたんですよ」
「はぁ!?」
その声は非常に大きく、撫でられていたマネキの毛が逆立っていた。
シャルロットも思わず皿をひっくり返してしまうところだった。
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今日の一件について、シャルロットは夕飯を食べながらフェリクスに説明した。朝の一件はともかく、後半についてはレベッカもエレノアもいなかったときのことなので、二人からも非難を浴びた。
「どうしてそれを早く言わないの!」
「食事より先にその話をしてくださってもよかったのではないですか」
「いや、でも指定日が四日後だし……それより夕飯の準備が大事かなって。フェリクス様もいらっしゃる時なら説明も一回で終わると思ったし」
「おい、そこで俺に振るな。そして二人とも俺を睨むな。睨むならシャルロットだ」
シャルロットにとっては事実を伝えたのみなので、抗議を受けてもどうしようもないのが実情だ。
「でも、もう受けたってどういうことだ。しかも言い合いの後って……相手が何をしてくるかわからないだろ。エレノアかクロガネを連れて行くのか?」
フェリクスの問いかけにエレノアとクロガネがそれぞれ反応した。
招待状はシャルロット一人を誘ってはいるが、シャルロットが召喚師であるとわかっているなら契約相手を連れて行っても問題はないだろう。ただ、シャルロットも両者ともに連れていくわけにはいかなかった。
「エレノアは顔に出過ぎるから、クロに同行をお願いするつもり。喧嘩になっちゃったら困るし」
「ちょっと!」
エレノアはシャルロットに抗議したが、フェリクスとレベッカは妙に納得していたため、シャルロットもあえて訂正することはしなかった。
「私にもエリアンナが何を考えているのかわらないけど、ろくなことが起こらないだろうことは理解してるの。でも、まずは踏み込んでみないとどうしようもないかなと。現状、手詰まりなわけだし」
「……シャルロット。お前、絶対に無茶と無理するなよ」
「了解です」
強く念を押されてシャルロットは苦笑した。
それは先ほどフェリクスにかけたはずの言葉だったのだが、たしかにそれは自分自身にも当てはまる言葉でしかない。おあいこというものだ。
しかしそれを不真面目だと捉えたのか、その後はフェリクスから「真面目に聞け!」という言葉が飛んできたが、シャルロットにふざけているつもりはない。
ただ、それが喝となり気合が入ったような気もした。




