第二十七話 迷惑で好都合なお誘い
夕刻、現れたのはエリアンナが連れていたレベッカの元婚約者だ。
「……本日は閉店です」
何の用事できたのかと緊張しながらもシャルロットがそう口にすると、フェビルは緩く横に首を振った。
「私は軽食を楽しみにきたわけではなく、私の恋人から、あなたに手紙を預かってきた」
「……手紙?」
恋人という言葉にひっかかりながらも、まさか今朝の報復がてらに開けると怪我をするようなものが仕込まれていたりしないだろうなと思いながら、シャルロットは慎重に手紙を開封した。
するとそこにはシャルロットを家に招きたいという旨の文章が綴られていた。
「……どういうことですか?」
「エリアンナは今日の自身の対応が庶民相手に大人気なかったと考え、その詫びをしたいと言っている」
その言い方からしてまったく反省していないようだとシャルロットは理解した。
このような上から目線の言葉など、謝罪とは程遠い。行くだけ時間の無駄だ。
「不要ですよ」
「それは困る」
「どうしてあなたが困るのですか」
「エリアンナの願いが叶わないからだ」
先ほど自分の恋人だとわざわざ宣言した様子からも、フェビルは完全に心を奪われているようだとシャルロットは呆れた。恋人のためというのであれば、むしろその心根を教育してやればどうかと棘のある言葉も言いたくなる。
もっとも、面倒になることが見えているので本当には言えないが。
「そもそも、あなた方はどうして私の店にいらっしゃったのですか?」
どう対応しようかと時間を稼ごうかと考えて、シャルロットは昼間気になっていた疑問をフェビルに投げかけた。すると即座にフェビルからは返答があった。
「それは、私が望んだからだ。それに彼女も同伴してくれた」
「なぜ、お望みに?」
「この店にはこの世では見たことがないような猫がいたと聞いた。この世では見ない……つまり異界から呼び寄せたのであれば、召喚師がいるのではないかと考えた。もちろん比喩かもしれないとは思ったが、本物を見て確信した。召喚師がいる、と」
「……召喚師だったら、どうなさるおつもりだったのですか?」
両当事者の関係者――というより、一件の原因の一つであったフェビルの行動はシャルロットが受験できなかった原因でもある。
ただし、それを彼が謝罪しに来たようには見えない。
事件からは時間が経ちすぎているし、フェビルが謝罪を考えているのならば、エリアンナの態度ももう少し大人しかったはずだ。
だが、フェビルの口からはシャルロットが想像だにできなかったことが飛び出てきた。
「救うべきだと思った」
「は?」
どこまでも真面目な声色で返って来た言葉にシャルロットは思わず間の抜けた声を出した。しかしフェビルはそれに気づかぬような様子で言葉を続けた。
「庶民の召喚師は本来王宮に仕えるはずが、レベッカの蛮行により白紙に戻された。私もかつてレベッカの婚約者であったが、あれには散々な目に遭わされた」
実際にはエリアンナもその場にいたどころか、彼女がレベッカに薬を盛っていた可能性もあるというのに、一方的なものだとシャルロットは思った。少なくともシャルロットのもとにやってきてからのレベッカは真面目であり、散々な目に……というのは信じがたい。
「その散々な目とは、例えばどのような?」
「立場で人の行動は変える必要がある、責任をと、常々喧しかった。私に個の人格があると、あの女にはわからぬのか」
そう吐き捨てるように言った言葉に、シャルロットは頭が痛くなった。
物語であればそれに救われるということも美談になるだろうが、現実ではどの立場にあっても制約はある。
レベッカはすでに暴走しているフェビルのブレーキ役だったのだろう。
「話を戻すが――その不運な召喚師の話をエリアンナにすると、彼女はそれならば私たちの元で働けるよう便宜を図ればいいのではないか、と提案した。私はすでにレベッカと関係がないが、彼女の不始末ならば多少罪悪感もある」
そもそもその原因の一人はエリアンナであるというのは、フェビルに言っても意味がないのだろう。しかし、その様子だけでも改めてエリアンナの性格に溜息が出る。
「左様ですか。しかし、救うとは?」
まったくそのような提案を受けるつもりはないが、引っかかる言葉についてシャルロットが尋ねると、フェビルは急に声を張り上げ始めた。
「エリアンナは素晴らしい女性だ」
「……は?」
「彼女といるうちに、安らぎを覚えた。悩みがあったとしても、私たちと……彼女といればきっと安らぐ。すべてを肯定してくれる彼女は、私にとってかけがえのない存在となっている。レベッカのせいで人生の底に落ちた召喚師も、彼女のそばで働けるのなら幸福だろう!」
ずいぶんとんだ理論だとシャルロットは思いながら「はぁ」と生返事をした。
心配をしてくれてはいるらしいが、極端に偏り、かつ中途半端な考えだ。
(何より、エリアンナのことを信頼しすぎじゃない……?)
話しているうちに余計に興奮してしまったらしいフェビルの目は血走っていた。
明らかに正常ではない――そうシャルロットが思ったと同時に思い出したのは、過去のレベッカの表情だった。
(ベクトルが違うとはいえ、同じ。ヒントから近づいて来たってことか)
ならばこれを逃す手はないだろう。シャルロットの目は自然と細められた。
まったくもって不本意ではあるものの、ある程度相手の話に乗ることも必要だ。
幸い、今の状況であればだれかに迷惑がかかるということもないし店に悪い影響もない。
「……召喚師は私ですよ。もし私を雇うとお考えなら、どういう仕事をさせたいと?」
「……」
「あの?」
「いや、すまない。もう少し悲劇を象徴する姿をしているのかと思ったのだが……思った以上に普通だったのでな。驚いた」
先程までの高揚感を消し、失礼なことを平然と言い放った相手にシャルロットは偽りの笑みで対処した。
シャルロット自身は事件ではあったが悲劇だとはとらえていない。ただ、原因がそう勝手にそういう想像をしているというのも腹立たしいものだ。
「……まあ、悲しみを内に隠していることもあるだろう。だが、まずは私たちに雇われて問題がないか確認をしたい。便宜は図るが、能力がなければさすがに私たちも面倒を見ることはできない」
「それで、どうしろと?」
とんでもない上から目線だなと思うシャルロットに対し、フェビルは得意げな笑みを向けた。
「難しいことは要求しない。その手紙に書いてある通りだ」
「……もしかしなくてもこのお誘い、面接なんですか?」
「ああ。茶会を通して彼女に判断をしてもらえばいい」
店を開いている相手に都合も聞かず、勝手に面接の日を設けるとは。
何度目かわからない呆れを誤魔化しつつ、仕方がないとシャルロットは受け入れる返答をした。




