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第二十四話 煉獄の番犬(下)

『主君、私に命を!』


 しかし、だ。


(主って言うのに覚えはないんだけど聞いてる暇なんてないよね……!)


 シャルロットにはまったく身に覚えのない話であっても、ケルベロスが自分のことを指しているのは間違いない。

 細かいことは後回しにすることにしたシャルロットは叫んだ。


「私は、この男を捕まえたい!」


 シャルロットの言葉が合図となり、けれど、ケルベロスは飛び出した。

 そして一瞬で男を組み伏せる。

 首周りの炎のようなものは幻影なのか、床に燃え移るような様子は全くない。

 男は熱い熱いと叫び暴れていたが、ケルベロスを振り切れるほどの余裕は一切なかった。


「え、衛兵さんを呼ばないと」


 一瞬レベッカに頼もうかと思ったものの、レベッカをひとりで出歩かせるわけにはいかない。

 シャルロットは男とケルベロスの様子を気にしつつ、慌てて水を使って床に召喚の陣を描いた。


 呼び出されたエレノアは書類の束を持ったままの、仕事中とわかる姿だった。


「思わず来ちゃったけどちょっと早くな……って、これ、どういう状況?」


 気が抜ける声を出しながらも徐々に眉を吊り上げるエレノアに、シャルロットも「ちょっと衛兵さんを呼びに行くの付き合って」と、苦笑しながら言うしかなかった。



***



 いくらケルベロスが押さえているとはいえ、長時間犯人から目を離すことは憚られる。

 エレノアへの詳しい説明は後回しにし、まずは犯人を引き渡すことを第一に考えたシャルロットだったが、ほどなくしてフェリクスと鉢合わせしたため強盗に襲撃された旨を伝え、すぐに来た道を戻った。


 そして店に入るとまずレベッカから「おかえりなさい」という言葉を受け、事態の悪化は何もなかったのだと安心した。

 とはいえ、そもそもシャルロットが店を出る前と変わらず強盗を制圧し続けているケルベロスを見る限り、強盗が抜け出す余地もなさそうなのだが。

 強盗はもはや意識を失っていた。


(そりゃ、凄く怖いもんね)


 体が大きくなったとはいえ、ケルベロスも怒っていなければマネキ同様癒し系でも宣伝できるかもしれないが、今の煉獄の番犬の二つ名が似合う状態で激怒していれは、『食われる』と思っても不思議ではない。

 しかしそんな中でもフェリクスに気にした様子はなく、強盗を縛り上げていた。その際使用された縄はフェリクスの魔術により強化されたものであるため、簡単に解けることはないだろう。

 そうしてひと段落が付いた時、シャルロットはフェリクスに尋ねた。


「あの、ありがとうございました。でも、フェリクス様はどうしてこちらに?」


 タイミングがよくて助かったが、店休日であることはフェリクスも知っていたはずだ。だから何か緊急の要件が別にあったのかと緊張しながらシャルロットは尋ねた。


「昼間、アリス喫茶店について聞いて回っていたこの男を見かけた。その男は王都に入る際、検問で揉めた上に酒臭かったという男と特徴が一致していたから、念のためお前の耳に入れておこうかと思いここに、向かっていたところだった」

「え?」

「この粗暴そうな男がわざわざ王都に来て茶を楽しもうとすると思うか? 何かあるかと思うだろ」


 人を見かけで判断するのは――とは、シャルロットも言えなかった。

 なにせ、実際に襲撃を受けた後である。


「でも、強盗だとしても変ですよね。ここに宝があると強盗は言ってましたけど、普通、こんなところにあるように思いませんよね? 開店一か月の飲食店ですよ」

「「普通の人間は強盗しない」」

「あ、えっと、そうなんですけど」


 フェリクスとエレノアの揃った声に、シャルロットは徐々に声を濁して返事をした。


「この人、確かにお酒も入っていたとは思いますが……ウルの実の症状も出ていました」

「そうか。詳しいことはこの男から直接聞くことにはなるだろうが……まあ、運ぶのも俺一人では面倒だな」


 気絶している男を今すぐ起こすと面倒になりかねないが、意識のない大男は重い。まったく動かせないわけではないが、こんな男を背負って歩けば悪目立ちは間違いない。


「……荷車でも借りてきましょうか?」

「いや、いい。伝令を送る」


 シャルロットの申し出を断ったフェリクスは立ち上がり、早口で何かを唱えた。

 すると彼の前に深緑色の鳥が現れ、フェリクスが窓を開けると同時に飛び去った。


「今の、まさか召喚術ですか? 鳥さんを呼びました?」

「違う。あれは魔力で作った擬似動物で、俺の声を運んでいる。これで強盗確保の通報を入れておけば迎えが来る」

「魔術って、やっぱり便利ですね。昼間も信号弾を見たんですけど、羨ましいです。でも、それだとこれもひとまず片づく……」


 しかしそう言いかけてシャルロットは固まった。

 強盗はイレギュラーで、元々は捕まえる予定など僅かにも考えていなかった。

 つまり、本来は別の予定が――食事を用意する予定があったではないか。


「焦げる!!」

「は!?」

「あ、シャルロットさん、大丈夫ですよ。スコーンならシャルロットさんがお店を出られたあと、オーブンから出しておきました」

「ありがとう、レベッカさん……!」


 あんな混乱のあとでも冷静に対処し、産廃物の生成を阻止してくれたレベッカにシャルロットは心から感謝した。シャルロットももちろん空腹になってきているが、ただでさえも空腹だったはずのケルベロスが更に活躍してくれているのだ。そんな中で食事開始がさらに遅れるなど言いたくはなかった。だから、心のそこから安堵した。


「フェリクス様も……さすがにゆっくりお茶をする時間はないかもしれませんが、 いくつかお持ち帰りなさいませんか?」


 応援を呼んだフェリクスにゆっくりと薬草茶を楽しむ時間がないことはわかる。そう思ってシャルロットは尋ねて見たのだが、フェリクスは顎に手を当てて考え事をしていた。


「フェリクス様?」

「……なぁ、レベッカ嬢は戦闘には加わったのか?」

「え?」


 想定外の質問の意図をシャルロットが理解する前に、レベッカが自身で返答した。


「申し訳ございません」

「いや、ただの質問だ、謝る必要はない。どのみち相手の様子を窺っている間にこの……犬? が出てきたってところだろう。それに、レベッカ嬢は火の属性のはずだ。狭い場所での戦闘には向かないと思う」


 そうしてフェリクスはケルベロスを見た。気絶している強盗にケルベロスは未だ威嚇しているようだったが、揺れる尻尾がどこか得意げなようにも見えた。


「レベッカ嬢。これは提案だが……すぐにとはいかないが、俺にもう少し時間ができたら、対人戦闘訓練を積まないか? 火の魔術でも、使いようによっては室内でも利用できる。学院の訓練より、実践向きにも教えられる」

「はい。ぜひ、ご指導をお願いいたします」

「え、即答!? というか、必要ある!?」


 もともと宮廷魔術師として勤務するつもりがあったレベッカとはいえ、学んでいるのは学生レベルだ。だから現役騎士であるフェリクスとの訓練で能力を伸ばすことはできるだろうが……もともとレベッカが令嬢であったことや現状ウェイトレスになっていることを考えれば、訓練など必要ないのではとシャルロットは思う。

 しかし、フェリクスは溜息をついた。


「そりゃ、レベッカ嬢は欲しているだろうさ。自分はお前のところで世話になってるし、前には騒動に巻き込んだのに、いざとなったときに助けられないなんて歯がゆいだろうさ」

「はい。……私もそれなりに学問には自信がありました。しかし、実践時の判断力は不足し、都合の良い技も会得していない。そのような現状では、シャルロットさんに迷惑をかけるだけです。それに――」


 しかし、そこでレベッカは言い淀んだ。

 だが、シャルロットとて中途半端な言葉を残されては余計に気になる。


「それに?」


 そうして続きを促せば、レベッカはやがて意を決したように口を開いた。


「シャルロットさんは、いつ何時無茶をなさるかわからないことがわかりましたから。私も力が欲しいです」

「だよな。ストッパーになるなら力がいるもんな」

「って、何フェリクス様は納得してるんですか! 失礼じゃないですか。そもそも私、なにも無茶してませんけど!」

「日頃の行いを振り返れ。さっきの説明の折に、椅子を振り回そうと考えたと聞いた覚えがあるのは、俺の記憶違いか?」


 それを言われて、シャルロットは目を逸らせた。

 それに関してはもう少し他になかったのかという自覚はある。


「……まあ、それは置いておきましょう。もうすぐ応援もきますし、ほら、フェリクス様もスコーンをお土産に持って帰ってください」

「明らかに話を逸らそうとするな。しかも下手だぞ」

「小瓶でジャムもつけますから」


 そうして無理にでも話を打ち止めようとしたシャルロットは早足で厨房に向かうと、手頃なカゴにスコーンを入れ、素早くフェリクスに押しつけた。


「……まあ、流されておいてやるか」

「そうしてください」


 明らかに含みがあろうとも、話の流れが変わるのならばそれでいい。

 シャルロットはほっとしたが、その後隣からすこし切ない鳴き声が聞こえてきてはっとした。鳴き声の主はケルベロスだった。


(そういえばどうして主人って呼ばれたのか、聞かないと)


 ただ、これはケルベロスも腹ごしらえをしたあとでなければ、ゆっくりと話せないだろうなとは思った。



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