第二十話 森での出会い
森の中で倒れている人間を見たシャルロットたちの動きは早かった。
「周囲に魔物はいません」
そのレベッカの言葉とシャルロットが飛び出したのはほぼ同時だった。
シャルロットは横向きで痙攣する男性に近づいた。
レベッカが言った通り周囲に魔物の気配がないことや、男性自体にも出血が見当たらないため怪我の恐れはなさそうだ。
しかし倒れているのだから、それで大丈夫だと断定できるわけでもない。
腹部を抑えて低く、そして小さく呻いていた男性はシャルロットに気付き、すがるように手を伸ばした。
「た、……くれ……」
「助けるつもりです。でも、何があったのですか」
原因がわからなければ、どう動けばいいのかもわからない。
シャルロットは質問をしながら男性の様子を探った。
男性の意識はしっかりとしている。腹を抑えていたことから腹痛も予想できるが、それ以外にも発汗が見られ、また、嘔吐感を堪えているようにも見えた。
けれど、男性は何も言わない。というよりも、嘔吐物がこみ上げてきて答えるどころではなかった。
シャルロットは近くに原因がないか見回し、そこに鍋があることに気が付いた。
目を細めてみると、そこには見覚えがある食材がある。
「……原因、わかりました。食中毒ですね」
「な、に……?」
「だめですよ、キノコは素人判断が難しいんですから。あれはヒカリタケっていうもので、食べれそうに見えても毒があるものです。背中さすりますから、とりあえず吐けるものは吐いちゃいましょう」
ヒカリタケは夜であれば光っているのでまず食べないだろうが、光っていない昼間の状態であればこの世界の高級キノコとよく似ている。
(だからといって、食べるのはあまりに不用心なんだけど……)
見たところ、男性の衣服は値が張りそうだとシャルロットは感じた。
裕福な男性が安らぎを求めて森で休日を過ごそうとしたというのなら、自業自得だとはいえ気の毒なことである。
ある程度男性が吐しゃを終えたらしいところで、シャルロットは腰に下げていたポーチから小瓶を一つ取り出した。その中には丸薬が数粒入っている。
「これくらいしかないですけど、飲んでください」
「くすり、で、か」
「特効薬じゃないですけど、いくらかマシにはなりますよ。あと、ヒカリタケは毒キノコの中では弱いほうなので、安心して下さい。死にはしません。腹痛と痺れも、しばらくしたら収まります」
もしも致死性のキノコであれば、シャルロットは回復手段を持たなかった。
しかし幸いにもヒカリタケなら、今持つシャルロットの薬でもどうにかなる。ヒカリタケは動物も食べることがあり、その動物に噛まれた時の対処用の薬の一つとして持ち歩いているのだ。
だが、効くのにいくらか時間はかかる――そうシャルロットは思っていたが、不意に一つの可能性に思い至った。
「ねえ、エレノア。あなた、この薬を吸収させる時間も短縮できたりしない?」
米と人体が別物であることなど百も承知だが、それでも人の体内に水はある。
丸薬も薬草からできていることから、どちらもエレノアの属性だ。
男性が「え、あれ、幻……?」などと驚いていることを無視したシャルロットの質問に対し、エレノアはあっさり答えた。
「できるわよ」
「手を貸してくれないかな? あとでクッキーはあげるから」
「……もう、精霊女王を本当になんだと思っているのかしら」
エレノアは文句を言う風ではあったものの、どちらかといえばその顔は張り切っていた。頼られているという事実とクッキーがよほどお好みらしい。
神々しい光を纏ったエレノアは男性に向けてその光を放った。
男性の顔色は見るみうちによくなった。
「痛みが、引いた……?」
「よかった。あなたの体重だと私たちじゃ背負って帰れないから」
驚く男性に対し冗談を交えながらシャルロットは言った。
その男性に対して、レベッカは水を手渡していた。
「ありがとう。あなた方は私の恩人だ。名前を聞かせてくれないか?」
「恩人だなんて大袈裟ですよ。ただ、私たちは王都にある記念公園の側でアリス喫茶店という、お茶屋さんをしているんです。お客さんでいらしてくださるなら歓迎します。一杯くらいはサービスしますよ」
そうして営業トークを展開したシャルロットに男性は目を丸くした。
「私がごちそうになってはいけないだろう。お礼に行くのに」
「……そういえば、そうでしたね」
「なんだ、面白いお嬢さんだね」
「笑ってくださるのは元気な証拠だからいいんですけど、その薬だけじゃ万全じゃないです。早く森を出てお医者さんのところに行ってください」
しかしそうは言ったものの、先ほどまで地面に伏していた者を一人で帰らせても大丈夫なものだろうかという不安はある。
(やっぱり、ここは最後まで一緒に行くのが正しいのかもしれない)
けれどシャルロットが口を開く前に男性はにこやかに笑った。
「心配ご無用だよ、お嬢さん方。もう少しすれば、私の仲間たちもこちらに来てくれるはずなんだ」
「え?」
「誰がより多くの採集活動ができるか、家の者たちと競争していたんだけどね。救援信号を送ったから、たぶん、もうすぐ来てくれるはずなんだ。実は、私は魔術師なんだよ」
「救援信号?」
「……死にそうだからすぐに来てください、と、お願いするものですね。本当に緊急事態に使うものだと、私は学びました」
救援信号についての説明をレベッカから受けている途中で、シャルロットたちのほうには慌ただしい足音が近づいて来た。数は三人。まだ姿が見えないのでシャルロットとレベッカは一応身構えたが、現れた男たちは決してならず者ではなさそうだった。そして、そのうち一人は青筋を立てる勢いで、一人は涙目を堪えているような雰囲気で、最後の一人は溜息をつきながら足を止めた。
「な? 心配無用だっただろう?」
「『な』、で済むことではありませんよ。皆、びっくりしますから。これ以降、キノコには注意してくださいね。自ら毒キノコなんて食べちゃだめですから」
得意げに言った男性にシャルロットは反射的に突っ込んだ。
そしてそれを三人の男たちは聞き逃さなかった。
「失礼ですが、毒キノコを召し上がったとはどういう経緯で?」
「あ、いや、違う。気のせいだ」
「ご自分で仰いましたよね。そこの女性からも聞こえましたが」
男たちに詰め寄られる中、魔術師の男性はシャルロットに視線で助けを求めたが、シャルロットにできることなどなにもない。エレノアたちは視線を合わさないようにすらしていた。
おそらく言葉遣いから察するに、魔術師の男性が家長なのだろう。
ただ、家長であろうと仲間と言った者たちを心配をさせているので、自業自得でしかない。
しかし、そこで男性は諦めはしなかった。
なんと、急に大きく叫んだかと思ったら、走って逃走し始めたのだ。その行方は森から出る方角だったので、問題はなさそうだ。
三人の男のうち二人は走ってそれを追いかけた。ただ、残る溜息をついていた一人の男は、シャルロットたちに向き直った。
「……ずいぶんとご迷惑をおかけしました」
「いえ、お気になさらず」
「旦那様への救助、心より感謝いたします。後日お礼に伺います」
「お礼は気にしないので、またお茶でも飲みに来てくださいな。場所はお伝えしています」
シャルロットの言葉に再度深く礼をしてから、男は魔術師が置いて行ったであろう荷物を一人拾い、駆け出した。
そしてその姿が見えなくなった頃、レベッカがポツリと呟いた。
「……びっくりしましたね」
「ええ。拾い食いをするなら知識をつけてからにしないとダメです。できないのに食べるなんて、驚きです」
「いや、そうではないのですが」
「なんにせよ、私たちもお昼にしましょうか。それが終わったら、採集を再開させましょう」
シャルロットはそう言って、近くの手ごろな石に腰を下ろした。
レベッカも苦笑しながら近くに座り、エレノアが早く食事を始めようと催促する。
「お弁当には厚焼き玉子のサンドイッチを持ってきたのよ。オーロラソースとの相性も抜群だから、どうぞ召し上がれ」
そして水筒に入れて持ってきた薬草茶と共に、優雅なランチタイムを開始した。
その時のシャルロットには、もはや先ほどの出来事はかなた昔のことになってしまっていた。




