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第十八話 その名は、ネギシオヤキニクドン。

 まずシャルロットは、手早く米を研いで水に浸けた。

 するとその様子を見ていたエレノアが、土鍋に浸かる米を軽く指差す。


「吸水、終わったよ」

「ありがと」


 これぞ光の精霊女王による炊飯における究極の時間短縮だ。

 エレノアの植物に関する干渉能力で、吸水時間は一瞬で終わる。


 例えば火を使うなどといった行為であれば、エレノアが近くにいればシャルロットにもできる。けれどどのくらい米が水を吸ったのか、シャルロットでは見た目で判断することができない。そんな時にはエレノア本来の力がとても強い。


(エレノアから三十分浸けておいた米を見て『トレースできるよ』なんて言われたの、本当に驚きだったよ)


 そしてやはり精霊なんだなとシャルロットは再確認してしまった。

 

 吸水が終わった米は、約十分中火にかける。このあと蒸気が吹き出したら弱火に変えて約十五分、その後約十分蒸らせば完成する。

 エレノアは小さな姿に戻ってシャルロットの肩に座った。

 エレノアの仕事は終わったが、以降はここで調理の進行状況を見つめるつもりらしい。


 そんな中でシャルロットが白米が炊けるまでの間に作るのは、言うまでもなく丼ぶりの主役だ。

 まずは適度なサイズに切った牛肉をごま油で炒め、色が変わったところで塩と胡椒を振っていく。

 次は粗めのみじん切りにした長ネギ、鶏ガラスープと順次加えて、最後に水分を飛ばす。


 店内が静かであるため、炒めている音は昼間よりも響く。

 さらにその香りは空腹にとどめを刺しかねない勢いだ。


「よし、具材は完成」


 そして次はボウル状の器を四つと平たい皿を一つ並べる。平たい皿はマネキ用だ。


(マネキが普通の猫じゃなくてよかったよ。ふつうの猫ならこれが美味しいかどうかっていう話以前の問題だもんね)


 猫の形をしていても身体構造は猫と異なる召喚獣であるからこそ、同じ美味しさを共有できる。もっとも、何らかの理由で難しいのであれば新たな挑戦として相手が美味いと思うもの探しを楽しむというまでなのだが。


 そして付け合わせのサラダを作りながら米が炊きあがるのを待っていたシャルロットは、頃合いかと土鍋の蓋を開けた。

 開けるときは幾分か緊張もしたが、そこに現れたのは立派なつやつやご飯だった。


「よし、完成。いい感じにできたかな」


 これで焼肉丼ネギ塩バージョンの完成だ。

 まずは炊き立ての白米を一つ一つどんぶりに入れ、その上にネギ塩焼肉を乗せていく。


「ずいぶん斬新な盛り付けだな」

「でしょう?」


 庶民の間でさえ見ることがない盛り付け方だけに、下手をすれば『野蛮』だと非難されかねないものだとは思う。

 江戸時代には丼ぶりはうどんやそばを扱う『慳貪屋』で扱われていたが、その『けんどん』はケチや欲深いという、マイナスの単語だ。

 しかし、それでも長い時を日本人とともに歩いたソウルフードには、支持されるだけの理由があったのだ。


(白米とおかず、相性の良い食事を一緒にとれるとなれば、病みつきになること間違いなし!)


 幸いルーカスからは『なんでもいい』との言質を取っているので、どのような品を提供してもなんら問題は発生しない。


「これはもう運んでもいいのか?」

「ありがとうございます、お願いします。私はお茶を淹れていきますから」


 シャルロットが淹れるのは緑茶だ。

 少し濃い目に淹れるのがシャルロットの好みではあるものの、初めて飲むだろう人が多い中ではあまり濃く淹れるのもよくないだろう。

 適度な濃さに淹れたものをシャルロットが持っていくと、そこには配られた丼ぶりをじっと見ているルーカスとレベッカがいた。

 

「冷めないうちにどうぞ。これ、お茶です」

「いただこう。しかし、斬新だな」

「ドンブリですか?」

「いや、それもあるが……給仕をしているフェリクスを見るのも斬新だ」


 確かにフェリクスは自分のことは自分でする傾向があったが、普段は人の給仕まで率先して行うわけではなかった。もちろんそれは悪い意味ではなく、そんなことをフェリクスが率先してやろうものなら他者が全力で止めたことだろう。


(まあ、私は止めなかったけど)


 シャルロットからすればそれほど珍しい光景ではなくとも、他者からみれば評価が変わるというのはシャルロットにしても面白い。


「こちら、ネギ塩焼肉丼です。どうぞお召し上がりください」

「先程からずいぶん良い匂いを漂わせていた正体が、このネギシオヤキニクドンか。どうやら、ずいぶんな自信作らしいな」

「当然です」


 堂々と答えたシャルロットにルーカスは軽く笑った。


「それはこれを見ればわかる。ただ、一つ尋ねるが……これはどうやって食べるものだ?」

「はい?」

「フォークがないが」


 想像だにしていなかった質問に、シャルロットは一瞬反応ができなかった。

 箸やレンゲで丼ぶりを食べる認識があっても、あまりフォークで食べることは考えたことがなかった。もちろんフォークでも食べられるだろうし、要望があればそれにこたえることもできるが、スプーンとフォークの組み合わせでは、かえって食べにくくなることだろう。


「もしご入用でしたら用意しますけど、スプーンだけのほうが食べやすくないですか?」

「……スープのようにか?」

「はい。別にスプーンに乗せられないサイズの具材はないですから」


 何の冗談かともシャルロットは一瞬思ったものの、ルーカスのみではなくレベッカまでシャルロットの言葉に感心した様子であったので、丼ぶりは見目以前の問題として王侯貴族にとっては戸惑う料理であったらしい。


(……なんだか、フェリクス様が想像以上に柔軟すぎることが理解できたわ)


 しかしそんなことがあってもルーカスもレベッカも丼ぶりを拒絶することはなかった。


「では、その作法に則っていただこう」


 作法というまでのものではないが、シャルロットはあえてそこには深く触れないようにした。


「では、私も冷めないうちにいただきますね」


 そしてシャルロットは米とネギ塩味の焼肉を同時に掬い上げて口へと運んだ。

 すると、噛むごとに口から幸せが全身に広がる。


(これよこれ! このお肉のうまみとさっぱりしたタレだけでもマッチして美味しいのに、ご飯と合わさったらもう至福よね……!)


 そうしてシャルロットが感動していると、フェリクスも勢いよく頬張っていた。

 どうやら、お気に召したらしい。


「匂い以上にうまいな、これ」

「口に入ったらまた一段といいでしょう?」

「ちなみにおかわりは?」

「少しならありますよ」


 シャルロットとフェリクスがそんなやりとりをしている横で、ルーカスも同様にスプーンに食事を掬い上げた。そして心なしか慎重に口へ運ぶ。

 そしてゆっくりと口の中で噛み締めた。


「……なかなかの味付けだな。独特だが、悪くない」

「お褒めに預かり光栄です」

「フェリクスが二杯目といっていたが、先に予約は可能か?」

「それは……半分こしてくださいね」


 どのくらい食べたいと思っているのかはわからないが、いまのシャルロットに言えるのはそのくらいだ。

 ルーカスは笑った。


「支払いは私だぞ?」

「でも、順番は順番じゃないですか」

「王子相手に順番を守れと臆することもなく言う令嬢など、そうそういないな」

「いや、私はご令嬢じゃありませんし」

「フェリクスが気に入ったという理由をまた一つ理解した気がするよ」


 そう満足そうに一頻り笑った後、二口目を食べていたが、まだ笑いが収まりきらないのかひどく楽しそうにしていた。笑い上戸なのか、何かツボに入ったのか、シャルロットには不思議だった。

 しかしルーカスとは異なり、レベッカはまだスプーンに手をつけていなかった。

 ここまで三人が食事をしているのだから、食べ方がわからないというわけではないだろう。


(だとすれば食べていいのか気にしてるのかなぁ……)


 先ほどの真面目な雰囲気から察するに、気にせず食べることのほうが難しいのかもしれない。しかし、このままでは料理が台無しになる。


「冷めますよ?」

「ですが……」

「別に気にしようが気にしまいが構いませんけど、作った以上は殿下にお支払い頂くので、食べないともったいないです。あと、そこのお二人はおかわり欲しがっていたけど、あなたの残り物をほしいって言ってるわけじゃないから、気にしなくてもいいですよ」


 ルーカスの好意を無碍にすることになると伝えれば、戸惑いながらもレベッカはスプーンを手に持った。


「だいたい、これから一緒に暮らすし働くのに、そこまで引っ込まれていたら私もいろいろやりにくいです。お客さんに従業員がいじめられているんだって思われたら売り上げにも影響しかねないんですから、必要以上におどおどはしないでくださいね」


 本当はもう少し言い方があるだろうとシャルロットも思うし、凹んでいる人間にだいぶきついことを言っているという自覚もある。

 だから、ただただ罪悪感で心が痛い。

 けれど普通に言ったところでこのレベッカが気にしなくなるとも思えず、結果、このような態度を取るしかできなかった。ほかにいい方法があれば伝授してもらいたいと願うほどだが、フェリクスもルーカスもシャルロットを止めたりたしなめたりすることがなかったので、言葉の選択としては間違いではなかったのだろう。

 レベッカは、おずおずとスプーンを持った。

 そして……。


「おいしい、です」

「でしょう? 明日からも賄いは期待してもらって大丈夫ですよ」


 目尻から水分が溢れているのは、シャルロットは見ないことにした。それは他の二人も同様らしい。


(しかし、不思議な状況になったな……)


 まさか、あの事件の被害者が本当の意味では自分だけではなかったとは。

 しかも、シャルロットにしてみればレベッカのほうが被害が大きいように思う。

 そんなことを考えながら食べ進めていると、不意にルーカスと目が合った。

 ルーカスは笑みを深めながら口を開いた。


「ひとまず、今は深追いはしないでね。下手に何か見つけてしまえば、君もレベッカも、命が危なくなるかもしれないから」


 さきほど、不思議な状況だと思ったことを訂正しなければならない。

 どうやら、ひどく物騒な状況に巻き込まれたらしい。


(まぁ、不意打ちが来るかもって思ってたら、まだ大丈夫か。こっちにはエレノアもいるし)


 その上、レベッカだって元成績優秀な学院生だ。


「なにかあったら正当防衛の範囲ぎりぎりで頑張ります」


 今のシャルロットに言えるのは、それだけだった。




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