第十六話 会議の開始は閉店後(3)
「本来は乾燥させたあと、燻して使うのが主流ですね。水に溶かしても成分は溶け出すから、ある程度は摂取できます。いや、しちゃだめなんですけど」
もともと乾燥果実の破片を入れているのであれば、異物が入っているとは思わないだろう。毒味をしても、一度で効果が現れるわけではない。蓄積が幻影を生むのだ。
ルーカスに返答しつつ、シャルロットは茶葉の中からウルの破片と思わしきものを寄せ集めた。
「このくらいですかね」
「この実の名前は?」
「『ウル』です。比較的持続性はマシな部類です。それでも、止めようとすれば幻影に惑わされるって聞きますけど……貴女はもうやめられているのよね?」
「は、はい」
「たぶんそれも、茶葉から摂取していたからだと思います。量が、ある程度少なかったからかと」
まさかそのようなものを口にしていたなど考えもしていなかったのだろう。
返答をしながらも元令嬢は呆然としていた。
「しかし、そんなものをご令嬢に飲ませられる者も限られるだろう。……もしもワント伯爵家の紹介を経由したメイドがいたのなら、その者が怪しい可能性もあるな。茶葉に混ぜさえすれば、あとは誰が淹れても一緒だ」
「でも、どうして……」
「仮にエリアンナとフェビルが結婚するのであれば、現在婚約者であるご令嬢が邪魔になっても不思議ではないだろう」
わざと一人の令嬢を混乱に陥れ、自分が後釜に滑り込む。
もしもそのようなことが本当に行われていたらと思うと、シャルロットの表情も歪む。
しかしルーカスが声色を変えることはない。
「ワント伯爵家は長い間財政難だったはずなんだけれど、エリアンナと接近した後から状況が改善しつつある。だから彼が彼女を好いていてもおかしくはない。しかし本来エリアンナの実家であるキュバアル男爵家も、ワント伯爵家の積もり積もった借金を肩代わりできるほどの余裕があるとは言い難いはずだったんだけどね」
「もしかして、それも幻覚薬を売買した利益で……とか?」
「確証はない。けれど、もしそれを裏で流通させているのが資金の一端だとしたら、見過ごすことはできない話になる。そういう品の値段は、異様に高額だからね」
「いまさらですけど、殿下は興味本位で聞いていたわけではなく、お調べになるつもりなんですか?」
最初の話であれば、単なる野次馬のように感じられた。
しかし今の表情からはそれだけだとも思えなかった。
「実はフェビルの実家であるワント家は第一王子派――つまり我が兄上を次期国王に推している。だからキュバアル男爵家から援助を受けて、体力を付けられたら私としては迷惑なんだよ。キュバアル男爵家自体も第一王子を推しているようだし」
「……思った以上に実利的な回答をありがとうございます」
「正義感だけでどうにかなる世の中ではないからね。君も学院で見ただろう?」
「学院内どころか、どこでも大体わかりますけどね」
そう言ったシャルロットに、ルーカスは笑い返した。
「あ、ちなみに言うまでもなくフェリクスは第二王子派だと考えられているから。まあ、幼少期から私がかわいがっていたら当然だよね。それでもって、そのフェリクスとつるんでいた君が光の大精霊なんてものを呼んだものだから、あちらは焦ったことだろうね」
「……もしかして、あの件がなくても私の受験が妨害されたっていうのは」
「そう。第二王子派閥で力のあるものを第一王子派閥は受け入れたくなかったんだろう。おまけに、君の同期に第一王子派閥出身の子がいてね。そちらを通したかったのだと思うよ」
それは、シャルロットに過去濡れ衣を着せようとした令嬢のことなのだろう。
(あの子、契約すらできていないのに)
結局彼女が召喚師になったという話は聞かないので、その計画も破綻したのだろう。
「……ちなみに、妨害ってどんな方法があったと思います?」
「私が知る範囲では殺傷騒ぎだった、みたいな感じかな。でも、なんだかいやな予感がしたから一応門の外まで護衛は派遣していたんだけど……その前に騒動があったから、君は学院の敷地から出てこなかったんだけど」
そんな発言にシャルロットは『王宮って怖い』と本気で思った。
ある意味、一番被害が小さく、かつ平民嫌いの多い……つまり敵の多い場所に就職しなくてよい状況になれたのは幸運だったのかもしれないとさえ思えてくる。
「話は逸れたけど、あちらが幻覚薬を利用しているという証拠が得られるなら、私としてもありがたいんだよ。実はキュバアル男爵家は闇市に出入りしているという噂も耳にはしていたんだけど、これで信憑性も増したし」
納得するルーカスの隣で、フェリクスが眉間に皺を寄せていた。
「殿下。情報収集にしては喋り過ぎだと思います。殿下にとっては王位継承の件があるにしろ、シャルロットを巻き込むようなことはしないでいただきたい」
「心配しなくても、さすがに直接捜査してくれとは頼まないよ」
しかしその笑顔がどこか胡散臭い。
シャルロットは溜息をついた。
「でも、そんな話を聞いていたらますます彼女を放り出せはしません。ルーカス殿下は早く犯人を見つけてください」
「うん。君に彼女は任せたよ。なんせ、大事な証人の一人になるかもしれないし。うまくいけば謝礼は弾むからね。金三百くらいは期待しておいて」
その金額を提示したのは、状況を知っているからか否なのか。
深く追求はしないが純粋に苦手なタイプだとシャルロットは思った。
「じゃあ、ひとまずおひらきに……」
そうルーカスが言い掛けたとき、空腹を告げる虫の音が鳴り響いた。
三人とも固まっているが、申告はないし、揶揄するような声もない。
しかし、音源はおそらく元令嬢だった。
(……まあ、元とはいえご令嬢相手に『お腹なりましたね』なんて言わないか)
ただ、シャルロットとしては結局誰が鳴らせても大差はない。
「いい時間ですし、軽食でもご用意しましょうか。ルーカス殿下には割増料金で請求させていただきますが」
「構わないよ。ただし、とっておきの食事を頼もうか」
ルーカスの返事がそれなら、シャルロットはメニューにはない、少し豪華なものを作ってみようと決意した。
「あ、でも、その前に……あの、私お名前知らないんですけど、あなたの名前は?」
「私はレベッカと申します」
「わかった。レベッカさんも、殿下の奢りですから遠慮なく食べてくださいね」
その遠慮のない言葉に、ルーカスとフェリクスは笑っていた。