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第十五話 会議の開始は閉店後(2)

 この国の人の髪はそれなりに長い。

 短い人もいるが、といっても、束ねることができる程度には長い。


 ご令嬢といえば腰くらいまでの長さも珍しくなく、今回の騒動の中心にいた二人もそれぞれ腰まで髪があったはずだ。

 しかし今シャルロットの前にいる人物は、肩に当たるかどうかの長さの髪だった。


「……え、髪、どうしたの?」


 よくよく見れば同一人物の顔であるものの、長かったはずの髪は、今や庶民でも類を見ないほど短くなっていた。


「売りました」

「売り……?」


 それは言葉通りなのだろうが、どうにも頭が追いつかない。

 そんなシャルロットの前で元令嬢は膝を折り、頭を下げた。


「この度は私が取り返しがつかないことをしてしまったせいで、アリス様に多大なるご迷惑をおかけしたこと、決して許されることではありません。しかし、それでも償うためにはせめて賠償金をお支払いしたく思うのです。現在の私には、これだけしかございませんが、どうか、お納めください」


 戸惑うシャルロットの前で、元令嬢はシャルロットに五枚の大金貨を差し出した。これは日本円の感覚では、だいたい約五万円に相当する。

 これが貴族の令嬢からの謝罪だとすれば、端金になるだろう。

 しかし勘当された上で、このような姿をしている彼女を見る限り、そういう風には思えない。


(だいたい、貴族ってお金を出すよりも頭を下げることを嫌がりそうなのに。彼女の様子は、何か違う)


 学院での彼女のことを思い出しても、ある意味貴族らしい振る舞いをしていた。

 だからこそ、今の彼女にはとにかく違和感が先行した。


「……ひとつ、聞くんだけど。この金貨、どこから?」

「私の髪を売りました。身一つで勘当となりましたため、それしかありませんでした」


 それを聞いてシャルロットは完全に固まった。

 いったい、これはどういうことか。


 潔癖ささえ感じるほど、筋を通しているという点においては好感が持てる。

 ただし、いわば……謝罪も欲していないほどにはすでに過去のことにしていたシャルロットには衝撃的だった。


(だいたい、あの髪を大金貨五枚なんて……絶対に買い叩かれているじゃない)


 別に謝罪など必要ないと思っていたが、彼女なりの誠意に悪い気はしなかった。

 もちろんこれが本気で宮廷召喚師を目指していたなら話も変わったことだろう。

 ただし今の生活にむしろ満足しているシャルロットとしては、過ぎたる反省というものだ――などとかんがえている間に、シャルロットはふと気がついた。


「あの、身一つでって言っても、これからの生活資金はあるんですよね……?」


 しかしその問いに返事はない。


(これほど無言に勝る返答って、ないよね……)


 トラブルの一端が何をしていても別に気にしないとシャルロットは思っていた。

 しかし現状を見るに、ここで見放すとどうにも寝覚めが悪くなりそうだ。


(住み込みの仕事が見つかればいいけど、この髪じゃ訳ありってすぐに思われそうだから、それも難しいと思うし……)


 修道院のような場所もあるが、俗世での騒動を知られれば敬遠されるだろうし、そうなれば人買いに買われるくらいしか残る道は思い浮かばない。


「……あの、行き先がないならここで雇われてみます?」

「え?」

「正直貴族のお嬢様が気に入る仕事だとは思わないけれど、寝床と食事くらいは保証できるよ。部屋の狭さは諦めてもらうほかないけれど、他よりいくらかはマシかもしれないし」


 相手はそんなことを望んでやって来たわけではないと思う。


 しかし今の様子を見る限り、放っておくのも心配だった。

 元令嬢はすぐには返事をせず、戸惑った表情を浮かべるだけだった。


(……まあ、無理もないよね)


 害した相手にそのようなことを言われるなんて、彼女も思っていなかったことだろう。

 しかしどうしたものかとシャルロットもわからないままでいると、ルーカスが沈黙を打ち破った。


「いいんじゃない? シャルロット嬢が構わないと言うのであれば」

「ですが……」

「でも、ひとつだけ。そこまで反省するのであれば、もとより騒動を起こすこともなかっただろう。あのときの君は、なぜあんなに周りが見えていなかったんだ?」


 結局自分で聞くんだ、と、シャルロットは思ってしまった。

 もとより聞いてほしいと言ったのも、単にシャルロットのほうが容易に話を切り出せる状況になるかと思ったからだったのだろう。


 ルーカスの言葉に、元令嬢は俯いたが、やがて意を決したようだった。


「気が、立っていたのです」

「それは分かるんだけど……」


 ただ、元令嬢も言い逃れをしようとしたわけではなく、言葉を探しているようだった。

 そして少し間を空けてから、再び言葉を発した。


「ここ、二年ほど突如苛立ちを覚えることが多くなり、自分でも不思議なほど制御し難い状況に陥りました。正直に申し上げると、私の婚約者であったフェビル・ワントとエリアンナ・キュバアルが相思相愛だと言うのであれば、正当な手続きで婚約を解消していただいても結構だったのです。ですが、いつからか……戯言で済ませていたはずのエリアンナの言葉に、苛立ちがどうしても制御できなくなくなりました。……最後は、お恥ずかしいですがご存知の通りです」


 元令嬢の言葉は決して強がりではないように思えた。

 フェビルに対して本当にどうでもいいと思っているようで、これはルーカスの事前の説明と一致する。特に嫉妬に燃える様子なんて見当たらない。


「原因が苛立ち……ですか」

「おかげで、お茶を飲む量がずいぶん増えました。お茶を飲めば、一定時間は落ち着くことができましたが、それも長時間は持ちません」

「お茶?」

「はい」


 お茶を飲めばリラックスをするというのは、確かにある。

 しかし、人が豹変するような状況下で落ち着くレベルといえば話は変わる。シャルロットは眉を寄せた。


「……その茶葉、もう持ってませんよね」


 身ひとつで出てきた令嬢が、茶葉を持ち出す余裕などなかっただろう。

 しかし意外にも元令嬢の答えは違っていた。


「少量でしたら、ございます。保存状態はよくありませんが」

「え、あるの?」

「ええ。落ち着くので、お守りとして持ってきました」

「それ、見せてくれる?」


 元令嬢は少々戸惑った様子であったものの、シャルロットにそれを渡した。

 シャルロットは小袋に入っていた中身を机の上においた。


「……あー、原因、見つけたかも」

「え?」

「破片だけですけどね。ここ、茶葉じゃないのが混じっているでしょ?」


そしてシャルロットがつまみ上げたのは、乾燥した極々小さな実を砕いたものだ。

全形を保っていても、直径は五ミリ程度だろうと予想できる。


「それは?」

「依存性がある、幻覚薬の材料にもなるものですね。いわゆる麻薬の一種といっても差し支えはないかな」


 シャルロットの言葉で、その場の空気は張り詰めた。



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