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第十一話 きみだからこそ、できること

 両手で右前足を握られたことにオオネコは驚いた様子だったが、シャルロットはそれを無視して言葉を続けた。


「ここには、きみにしかできない仕事があるよ。それをしてくれるなら、私はきみにタルトみたいなお菓子や、雨風にあたらない寝床を提供することもできるよ。契約だってもちろんするし! 魔力の消費具合にもよるけど、もし霊界に帰りたくないなら、ずっとここにいてもいいよ」

『それは、どういう仕事なのだ……?』


 シャルロットの勢いに押されつつオオネコも真剣だった。

 シャルロットは笑顔で答える。


「接客業よ」


 オオネコは最初は驚き、質問されていることにも気づかないほどの様子であったが、シャルロットに肉球を揉まれているうちに我に返ったようだった。


『接客……といったか?』

「ええ」

『接客とはどのようなことをする仕事なのだ? 我は少しはこの世界の話を聞いたことがあるが、詳しいことは知らぬ。接客の仕事というのは、一体何なのだ』

「えーっとね……君にしてほしいのは、営業時間中、別に寝ててもいいからお客さんに撫でられたり、たまに返事をしたり、ご飯を食べたりすることだよ」

『それが仕事になるのか?』

「なる。むしろ、きみだからこそお願いしたい仕事なの」


 古今東西、猫とは人々を魅了してやまない、愛くるしい生物だ。

 西洋では人は石器時代より猫と共に暮らしていたという説がある。

 そしてこの世界でも飼い猫は存在し、随所で人気を集めている。


(猫カフェ……それもこの子みたいなサイズの猫なら、充分すぎるほどのインパクトだよ……!)


 そうなれば喫茶店という存在だけではなく、珍しい大きな猫と触れ合えることを目的として訪れる人も現れることだろう。

 喫茶店が何か、その概念をあまり持っていない人たちにとっては『珍しい猫がいる』というのはとても分かりやすいことになるかもしれない。


 だからこれはオオネコが一方的に契約を願うものでは決してなく、利害が一致した話となる。

 しかし力強いシャルロットの言葉にも関わらず、オオネコはうろたえた。


『そなたが作った道を通ったから、我はそなたに言葉を伝えることができている。だが、他者には我の言葉は聞こえぬぞ? それでも、できることか?』

「大丈夫。本当に君はいてくれるだけで、仕事の役目を果たしてくれる」

『本当か?』

「女に二言はない。撫でられるのは平気?」

『それは……我は少し恥ずかしいが、我に触れたいと思うものを拒否する必要は感じない』


 しかしそうは言っても、まだオオネコは不安げだった。

 シャルロットはそんなオオネコをじっと見る。そしてしばらく無言の空間が続いたものの、やがて先に視線を逸らしたのはオオネコのほうだった。


『そなたが、嘘を言っているようには見えぬ。ただ、本当にそんな仕事があるとも私には思えぬ。それでも……何もない我だ。そなたの言葉に従うのが、正解なのだろう』

「じゃあ、一緒に働いてくれる?」

『ああ。ただ、期待はせんでくれ』


 オオネコは少し困ったような仕草を見せたが、シャルロットの気持ちは見る見るうちに高ぶった。

 これで、人が興味を持つきっかけは用意できたはずだ。

 そうなれば残りはシャルロットの『喫茶店』としての評価が問われるようになるわけで、より気合を入れていかねばと意気込みもする。


「じゃあ、よろしく。さっそくだけど契約しようか」

『ああ。よろしく頼む……だが、その、仮の期間も置かずに契約して、本当にかまわないのか? 我が接客で役に立つと立証してからでも遅くはないぞ』


 困惑するオオネコを見て、シャルロットは吹き出した。


「いや、その責任感は嬉しいけど。もし接客業が合わなかったら、別のお仕事をお願いすることにしたらいいだけだし。ちゃんとご飯は用意するよ」

『別の仕事? それはどのようなことだ?』

「例えば……そうだねぇ、私は割と一緒にご飯をたべてくれるとか、お昼寝してくれるとかでもいいとおもうんだ」


 向き不向きはどうしようもないことであるし、そればかりはやってみなければわからない。

 それに、このオオネコの性格ならエレノアと三人でいても楽しいとも思う。


「真面目に考えてくれてありがとう」

『……召喚主(マスター)は、実に変わった人物だな』

「誉め言葉だと受け取っておくね。ところで契約にあたり、君の名前を聞きたいんだけど……。あ、私はシャルロット。シャルロット・アリスだよ」

『我は……低位の存在ゆえ、まだ名前を持たぬ身だ。好きに名付けられよ』

「え。いいの?」


 思いがけないイベントにシャルロットは少し迷った。

 シャルロットは前世を合わせても名付けなどしたことがない。

 できれば多幸そうな猫になるように名前をつけたいのだが……。


「じゃあ……マネキはどうかな?」

『マネキ、とな?』

「ずーっと遠い国には、招き猫っていう幸せを呼び寄せる猫が崇められているんだよ。だから、それにあやかろうと思うだけど……どうかな?」


 この国では少し変わった響きになるが、そもそもオオネコもこの世界の住民ではない。

 

(さて、反応はどうかな……?)


 そう思いながらシャルロットが反応を窺うと、オオネコは目を大きく見開いていた。


『我がマスター。我は、マネキという名に恥じぬ働きができるよう、誠心誠意努めさせていただこう』

「……いや、その、そんなに畏まらなくても」

『これはケジメだ。何もないと思っていた我でも構わぬと言ってくれたお嬢さんに対する、ケジメだ』


 しかしそう堅苦しいことを言っているオオネコも、そのしっぽは盛大にぶんぶんと振られていた。


(ものすごく喜んでくれてるのは、とりあえず分かったかも)


 こうして精一杯しっぽを振るのは犬系動物のみだと思っていたのだが、どうもそうではないらしい。


「とりあえず、うちの従業員第一号だね! よろしく」


 そしてその後、シャルロットはエレノアを呼ぶための用意をし直した。

 再度召喚した際にはエレノアから『私が一番目じゃないの!?』というクレームを受けたので、急遽彼女には『エレノアはチーフだから! 主任!! リーダー!!』と言って誤魔化そうとしたところ、意外にも彼女はすぐ納得した。どうやら、役職付きで一番目なので別カウントだという納得の仕方をしたらしい。


(というか、エレノアは女王陛下なのに働きたいのか)


 てっきりオーナー的な立場になるつもりだと思っていたのに、思いのほか現場でのやる気を滾らせているエレノアを見て、シャルロットは頼もしい相棒だと思ってしまった。



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