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第十話 オオネコと召喚師

(うん、やっぱりこんなサイズの猫は見たことがないし、普通の猫じゃないことはわかる)


 だいたいサイズ以前の問題として、召喚をしようとしていなかったのになぜか現れたことも意味がよくわからない。いままでエレノアを呼び直すときに、こんなことはなかったはずだ。


(でも、どうしよう)


 果たして言葉は通じるのだろうか、と、シャルロットは疑問を抱いた。

 サイズはともかくエレノアは人間に近い見た目だったことからそのような懸念は抱かなかった。

 しかし目の前にいるのは疑問は残れど、猫である。


 こちらの世界に生まれてもなお、シャルロットは喋る動物というものを見たことがない。

 しかしそこで突然、気が抜ける大きな音が響いた。


 それは、どう考えても巨大な腹の虫だった。


「……猫でも、鳴るんだ」


 知らなかった情報を一つ脳内に書き加えながら、シャルロットは少し迷った。

 この雪解けイチゴのタルトを猫にあげることは構わない。しかし猫を飼ったことがないシャルロットは、猫のNG食品が分からない。これは猫が食べてよいものなのか、悪いものなのか。好意が逆に大変なことを引き起こしては大変だ。


『もし……そこの召喚師のお嬢さん…………よければ、その、食べ物を……恵んで……くれぬ、か……』

「うわっ!?」

『すま、ぬ、突然の声、驚かせ、たな……』


 謎の渋い声に驚いたシャルロットだが、それが猫から発せられている声だと知ってさらに驚いた。しかも、それは通常の声という概念とは少し違う。どちらかというと頭に直接響いているような音で、副音声として「にゃー、みゃー」と猫の鳴き声が聞こえているような雰囲気だ。


『すま、ぬ、召喚師殿……食事、いただける……だろう、か……。人の、食する物は、魔力があると、きいている』

「あ、えっと……食べて大丈夫ですか?」

『我は、幻獣。問題、ない。人が食するもので、無理なものは、ない』


 今にも力尽きそうな状況であるものの、猫は執念にも思えるほどの視線がタルトに向けられている。


(それにしても、幻獣か。召喚陣から現れたのは見間違いではないのね)


 巨大すぎるうえ意思疎通ができるので普通の猫ではないと思ってはいたものの、改めて幻獣だと言われると、ようやく納得できたような気がした。


「タルトは食べても大丈夫だよ。ほかのものでよければ、お代わりも用意するから」

『す、まぬな……お嬢さん……』

「いえいえ、お気になさらず」


 むしろここまで空腹を訴えている猫にNOと言えるだけの人間がいるのか、シャルロットには疑問だった。

 シャルロットはテーブルの上にあったケーキを、床に伏している猫の前に置き直した。


「紅茶は飲める? 飲めるなら、浅いお皿のほうが飲みやすいよね?」

『面倒を、かける』

「いえいえ、気にしないで。……いっそ、ミルクのほうがいい?」


 なんでも飲むなら、そのほうがいいかもしれない。

 猫舌という言葉もあるくらいだから――などとシャルロットが考えていた目の前で、猫はタルトの上にある、ナパージュされたイチゴを一つだけ口にした。

 そして、全身を震えさせた。


『ひ、久しぶりの……この、食事……! しかも、この甘さは……なんたる幸福……!』

「だ、大丈夫?」

『す、済まん……。これほどの、魔力が籠った食べ物は久しぶりで、一気に力が回復するようだ』


 そうして感動している猫に、シャルロットは少し笑ってしまった。

 この世界では、自然界の植物には魔力が含まれているものも少なくはない。魔力の保有者もそれらを食べれば、消費した魔力を回復するのが早くなる。

 ただし魔力を保有することができない者にとってそれらは何らよい作用を起こすわけではなく単なる食品でしかないため、一般的には意識されるものではないのだが。


「やっぱり季節のものには魔力はたくさん宿ると聞いてるし、たくさん食べてね。その大きな身体じゃ、一粒だけじゃ足りないでしょう? お代わりはあるから、食べて食べて」


 ただしそうは言いつつも、この猫が満腹になるほどの食事が用意できるのかシャルロットは若干不安だった。

 なんせ、この体格だ。

 エレノアを呼ぶためのお菓子は別に用意するにしても、トラなら一日に数十キロという餌を食べていると聞いているだけに、満腹になるまで食事を与えるという自信はない。さすがに可哀そうだという想いがあっても、自分が破産するわけにはいかない。


 しかし、猫は案外小食だった。

 タルトを食べ切った後、追加でシャルロットが用意した小皿のミルクをなめ終えると深々と頭を下げた。


『本当に、心からの礼を伝えたい。お嬢さん、心から感謝する。本当に、どうしようもない空腹に襲われ……このままでは、消滅するかとすら考えていたところじゃった』

「……そんな重大な局面だったの?」

『ああ……死ぬか生きるかの、瀬戸際じゃった』


 そして猫は前足をそろえ、涙ながらに自分の境遇を語り始めた。


『我は、霊界でも占いに特化した『オオネコ』という種族に生まれたのじゃが……私には占うその力がなく、霊界で仕事にもつけず、消滅しそうになっていた』

「えっと……どのくらい食べてなかったの?」

『約二百年ほど、だったか……?』

「にひゃく……。それはすごく長い断食だね」


 つまりこのオオネコも二百歳以上ということになる。

 喋り方は古臭くとも、若さを感じさせる毛づやからは想像しがたい。

 しかしオオネコはシャルロットの驚きを気にすることなく言葉を続けた。


『昔は、我にもいつか力が目覚めるはずだと仲間が魔力を分けてくれていたが、最近の我は魔力の無駄喰らいだと言われていた。現に、その通りであるという自覚はあるが……空腹が限界を超え消滅しそうになった時、そなたがこしらえた召喚の道を見た。そしてその瞬間、飛び込んだというわけじゃ』

「そんなことがあったんだね」

『本当に命拾いをした。そなたには感謝しても感謝しきれぬ』

「その、そこまで喜んでもらえたならこっちも嬉しいよ」


 実際は単にエレノアを呼ぼうとしていただけで、人助けもとい猫助けをするつもりではなかった。だから、あまりに感謝されるのはシャルロットとしてもどこか申し訳なく思う。

 しかし、だ。


「ねえ、君ってこのまま霊界に戻ったら、またお腹がすくことになるんだよね?」


 今の話を聞く限り、魔力補充ができても再び霊界に戻れば同じことになるだろう。

 オオネコはその問いに無言をもって肯定をした。


『……できることなら、我はこのままそなたと契約したい。そうなれば、我はここにいるだけでもそなたから魔力を譲り受けられる。ただ……我は、何の役に立つこともできぬただただその魔力をかすめ取るだけの存在となる。望むことは失礼だ』

「うーん、私の魔力を追加で消費するとなっても、特にそれは問題ないと思うよ。光の精霊女王もよく来ているけれど、特に大変だと思ったことはないもの。一人くらい増えても平気じゃないかな」

『光の精霊女王!?』

「はい」

『……わしは、女王の足元にも及ばない、役に立たない存在だ。能力が、本当にない。契約をしてほしいと願うものの、与えられるものがなにもない。我にはそなたに与えられる対価がない。これは、そなたにとって意味のない取引じゃ……頼むのも、おこがましいか……』


 オオネコの声は切実だった。

 そして、寂しそうだった。


『もし契約が無理でも送還をしないでいただきたい。この世界の野草を取っても構わぬものだと、以前に聞いたことがある。霊界であれば、罪になったことであるが――それが叶うのであれば、我はこの世界に留まりたい。そして、野山で暮らしたい』

「それで魔力は得られるの?」

『契約なくこの世界に留まるには、我も魔力を消費する。しかし、この世界は草花からも魔力を得られる。綱渡りでも、生き永らえることはできる』


 もしもオオネコが邪なことを考えているだとか、それに近い素振りをしたのであれば、シャルロットも容赦なく送還をした。しかし、この切実なオオネコが嘘をついているようには見えなかった。

 だからこそ、シャルロットも真剣に考える。


 召喚契約を結ぶこともシャルロットにとっては苦ではない。

 しかし、それだけでは自分が役立たずだと思っているオオネコ自身のためにならないのではないか、と思う。

自信がない中で最低限の希望を叶えるために動いているオオネコ自体には、シャルロットもむしろ好感を抱いている。

 けれど同時に、このオオネコはたとえ種族としての能力がなくとも、別の魅力を持っているならそれを生かせばいいのではないかと思う。そうすればきっと自信にも繋がる。


「ねえ、オオネコさん。私、一つ提案があるんだけど……」

『提案、とな……?』

「ええ。もしあなたさえよかったら、私のお店で働いてみない?」


 そう言ったシャルロットは、オオネコの大きな右前足を両手で握った。



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