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32回目の転生  作者: NAO
血の転生者
7/32

#7「ルシールの槍」



 俺は単刀直入に切り込んだ。リリーヤ・レイテルが何処から来て、何処へ行くのか。何をして、これから何をするのか。荷馬車の血飛沫の主は誰か。


 そして、ここにいないカイト・レイテルは何処にいるのか。


 捲し立てる問いに、彼女は困惑しつつも一つ一つ、答える。


「……私は、鉄鋼加工業で財を成したレイテル家の長女です」


 レイテルという名を聞いて、そんなのは分かっていた。同族経営の果てに、業績不振、対立するグラント家に組織合併と併行し権力の一切の要求を強行され。難癖を付けられた上、政争に敗北したレイテル家はあらぬ罪を着せられ、筆頭とする血統者を次々と謀殺されている。



 その顛末に北洋保は見て見ぬフリだった、グラント家がレイテル家を吸収した方が。護衛対象の積荷も投資も増え、収益増加に繋がるからだった。それにグラント家は北洋保に対する優秀な出資者であり、詰まる所お得意様だ。



「何故、この辺境に来たのかは……グラント家の謀略により、私達は命を狙われました。父と母は屋敷の避難通路と旧知の親友の手を借り、私と弟であるカイトだけに……。逃走の機会を……与えて下さりました……、父と母は屋敷の中で……お互い肩を抱き合いながら……火を着け……て……」


 途中から、彼女は手の平で口を押さえ、堪えきれない涙を流しながら語った。アンジーがリリーヤ・レイテルの隣に座り、彼女の背中をさすっている。



「父は屋敷を後にする私と弟に言いました、生き残り方を知る前に死ぬな。復讐なんて決して考えるな、2人で穏やかに生きれる道だけを探してくれ。それだけが願いだ、すまなかった……と」



「その騒動の渦中、私とカイトは……ようやくと国境を越えここ、砦街に辿り着きました……。それは数日前の事で、今でもグラント家の刺客に怯えながら……、逃亡を続けているのです……。私には、今となってはただ一人の肉親、カイトを守る義務があります」


 涙は止まらず、雫のように彼女の顎からポタポタとしたたり続ける。


「レイテル家と北洋保の関係は、グラント家の政治力に敗北しています。だから教えて下さい、あなた達は私達を殺す為にやってきたのですか? 今の私達は、新たな事業を立てる事は愚か、グラント家に復讐する力もありません。カイトと共に生計を立てる事すらままならないであろう未来です……もし、私達の殺害が目的なら、どうか、どうか、お願いですから見逃してください……」


 頬の悲涙を右手で拭い、覚悟の上で俺に問い返した。アンジーは下唇を噛み、北洋保の汚さを彼女の痛みと共に味わっていた。


 全く、どこにでもある最低最悪の身の上話だ、クソッタレ。


「安心して欲しい、俺達2人は確かに北洋保の駐留員だ、だが、今回レイテルさんへ伺ったのは政治闘争とは全く別の事件、この街で起きている4人の失踪事件についてだ。ひいては、"あなたの荷馬車の血糊"について弁明が欲しい」



 リリーヤ・レイテルはゆっくりと答える。


「この砦街へ4日間の移動中、3日目に2人の野盗に襲われました……。荷馬車の中、恐怖で動けない私に野盗が荷台に乗り……、私の両肩を掴みました。幌布の向こうから、叫び声が聞こえ手綱を握るカイトは殺されてしまったと思い。私はここでボロ雑巾のように死ぬのだと覚悟した矢先……、カイトが私の名を叫びながら。野盗の一人を魔術で貫きました……。幌布の向こうで聞こえたカイトと野盗の叫び声は揉み合いの末、カイトに討たれた野盗の叫びでした……。」


 弟、カイト・レイテルの活躍に彼女は、ほんの少しはにかみながら答える。



「可笑しな話ですよね、私はカイトを守らなきゃいけない存在なのに、今……、私はカイトに守られている。17にもならないのに、こんな境遇に巻き込まれて、一番辛いのはカイトのはずなのに。カイトは涙は愚か、常に私に笑って見せるのです。」



 情けない姉です、と言いたいのか知らないが、彼女の口角は少しだけ上がっていた。彼女は弟であるカイトの話をする時だけは、涙が流れなかった。アンジーが代わりにボロボロと泣いている、お前は泣かんでいい。


「レイテルさん、答え辛い事を聞いて申し訳ない、それと協力に感謝する。つまり荷馬車の血糊は弟さんが反撃した時の野盗の血で間違いないという事だな?」



 彼女はコクリと頷き。

「はい、間違い無いです……」


 そう答えた。


「最後にもう一つ協力して欲しい、その弟さんにも是非話を聞きたい。もう夜中に差し掛かるが、その弟さんは今、何処にいる?」


 俺の問いに対し彼女は困った顔をして語り始めた。


「長い旅路にはお金が必要だろう、と言って、私の話も聞かずにダハーカを見つけて目撃情報として売ると言い、今日の午前から出掛けました……東の丘陵地帯に行く、3日後には一先ず帰るとだけ……」


 おいおいおい、ダハーカだって!?


 ……姉を守る男として見栄か無茶を張ったのか……クソガキめ。あそこの丘陵地帯が危険な理由はダハーカだけではない。そのダハーカの餌となる蛇竜ブッシュヴァイパーが蠢いている。


 もう餌食になっていてもおかしくない時間だ。


「レイテルさん、そこはしがみ付いてでも止めるべきだった」


 リリーヤ・レイテルは俯き、至らなさを噛み締めた。俺の言葉に対しアンジーはちょっと刺す様な事言わないで! という表情でこちらを見る。うるせぇ事実だ。



「だが東の丘陵地帯は知り合いのグループが調査を現在行っている、もしかしたら拾われてるかもしれないし、そうじゃないかもしれない」


 リリーヤ・レイテルは希望混じりの目で俺を見つめた。


「それは可能性であって、確証じゃない。おいアンジー、今から彼女の弟カイトを連れ戻しに行くぞ」アンジーは迷いの無い表情で力強く頷いた。


「レイテルさん、聞き取り調査に協力して貰って助かった。俺達は東の丘陵地帯に行く。だが期待しないで欲しい、あそこは蛇竜が蠢く危険な場所だ」


 彼女は俯いていた顔を上げて、どうか、どうかカイトをお願いしますと俺達に託した。




―――――――――――――――――――――――――――――――――――――




 同時刻、砦街から東の丘陵地帯。満点の星空、草木は殆ど無く、乾燥した小さな丘がひしめき。その地形は塹壕のような大地のひび割れが網目のように、迷路のように続く。


 笑いが止まらない、本当に笑いが止まらない。日が沈んだ丘陵地帯の小山で俺は転げている。これだから生きるのは楽しい、俺は今輝いている。


 俺はリリーヤの身体感覚を通して北洋保とのやりとりの一部始終を聞いていた。最初は追跡者かなんかか?と思ったが世界中に展開する巨大組織の木っ端兵らしい。


 それにどうだ? この辺にもどうやら既に餌のグループがうろついているというじゃないか。


 まさか、まさか、おいしい獲物が向こうからやってくるなんて。あぁぁぁぁぁ!! たまらない!! 叫びたいっ!! ここは俺のディナーテーブルだ!


 しかも輪を掛けて面白かったのは、リリーヤの整合性も辻褄の欠片も無い記憶だ。あんな嘘っぱちを真に受けるなよ、でもまぁリリーヤの涙と共に語られたら信じるのもわかる。わかるよ、北洋保のおっさん、ねーちゃん。


 だがリリーヤは嘘をつこうとしたんじゃない。

 彼女の中では"あれ"が真実であり事実なのだ。

 お家事情とか部分的に事実だと思うが。

 弟様の件はどこからどこまで幻想かはわからん。


 リリーヤ、シータ、ハーシェル、アンプルール、ザウバー。俺の血に内包される"血の使者達"は現実が見えない。各々が自分にとって都合のいい綺麗な世界が見えている。それは綺麗で美しい、どれ程世界が歪んでも。彼らは彼らの世界だけを見ているのだ。


 だから、彼らは迷う事無く戦える。

 全くオメデタイもんだ。


 ……と決まれば、最初の餌食は俺のローブの持ち主、ヴィーラの調査グループだな。その後に北洋保の木っ端兵。見事なディナーフルコースだ。蛇竜の血も飲み飽きたし丁度いい、あの蛇共は前菜と考えよう。俺の背後には8頭にもなる蛇竜の干からびた死体が転がっている。その蛇竜は大小30~50mの長さ、逆立ったトゲのような鱗が密集し。巨体に似合わず静かで素早く、そして、とても美味しかった。



 適当にボロボロっぽく凄く疲れた雰囲気を出して歩いている俺、最高に元気なんだけどね。女神様のプレゼントを使いながら、暗くなった大地でもそれっぽく獲物を探せる。


 対空Xバンドレーダー。

 コウモリの超音波のように、俺の額から照射している。


 といっても科学と資本の世界のように、1000km先の標的を特定できたりはしない。出力は非常に高いらしいが、返って来たレーダー波を詳細に分析できないのだ。


 なんとなく、その方向にぼんやりぐらいでしか知覚出来ない。女神様がくれるプレゼントなんて物は、こんな感じで大抵が欠陥品だ。しかも空に向ける物を水平に照射してるもんだから精度はお察し。この辺の蛇共は赤外線を知覚できるそうで、中々面白い索敵合戦が出来た。


 しばらくぼんやりレーダー波を振り回してると……怪しい影を見つけた、距離は2~3kmぐらいか? 返って来たレーダー波に、ゆっくり移動する5本の木のような陰。あぁ~多分コイツらだ、ヴィーラの調査グループ。木っ端兵が来る前に頂こう。


 大回りして、グループの進行方向にぶち当たるように移動する。そして見栄っ張りのクソガキが満身創痍で事切れそうな雰囲気でトボトボ歩いたんだ。


 すると調査グループに声を掛けられた。

「おい! お前! 何をしている!」

 落ち着け、落ち着け、まだだ、堪えろ。


 俺は可能な限りそれらしく呟いてみる。

「ダハーカを見つけるんだ……ダハーカを……」

 駄目だ、噴出しそうだ、耐えろ。


「ダハーカだって……呆れた。君、ここで一人で生きているなんて奇跡だよ」

グループは男3人、女2人だった。斥候の男1人、剣士の男2人、女剣士1人、女魔術師1人。


「あーもう! 蛇竜の数は少ないし、こんな子供もうろついてるし。今日はもう引き上げよう、明日に再度、蛇竜の数を測定すればいい」


 お?中々興味深い。


 ケロっとして少し聞いて見る。

「蛇竜とダハーカ、関係があるんですか?」


 女剣士がやれやれと答える。

「いいかガキ、ダハーカの主な餌はここに生息している蛇竜ブッシュヴァイパーだ、つまり、こいつらの数が少ないとダハーカは餌を探しに街の近くに接近する恐れがある」


 男の斥候が続けた。

「もしダハーカが街に接近するなら、蛇竜の頭数を数えていればある程度事前に接近を予測できるんだ、だから僕らはこうして調査している」


 なるほどなるほど。この5人と北洋保の2人でディナーと考えていたが計画変更だ。ダハーカ、蛇竜ブッシュヴァイパー、砦街、調査グループ。そして北洋保の木っ端兵、全部纏めて俺の血の力にしよう。


 と、考えていると、調査グループの男剣士一人が何かに気付いたのか俺にこわーい顔して問い詰めてきたんだ。


「そのローブ……、何処で手に入れた?」


 俺は黙ったまま答えない。何処でどいつから奪ったなんて、どうだっていいじゃないか。


 周囲の連中もハッとして気付いた。

 俺を助ける対象から、敵として見る目に変わったのだ。

 ガラッっと場の空気が変わる。


「コイツ、ヴィーラのローブを着ている!?」

 女剣士がすらりと剣を抜く。


「まさか……こんな子供が姉さんを……」

 女魔術師は現実を受け入れきってない。ん?青髪だし妹なのか?他のメンバーも武器を握る手に力が篭り、その場は殺気に包まれた。


 よし、準備体操だ。


 魔術は無し、身体を動かして血の巡りを良くしよう。


 俺はトンっとつま先で地を叩くと一瞬で20m程の距離を取った。


 砂埃だけが着地点にふわりと舞う。


「コイツ、ただのガキじゃねぇ」


 女剣士が呟く、おいおい剣先震えてるぞ。


 調査グループは手堅い陣形で俺の出方を伺っている。得体の知れない相手だ、先に手出しさせて相手のカードを知りたいのだろう。


 だったら見せてやろう。


 俺はローブを脱ぎ捨て、全身を変質させた。

 肌はどす黒く、白目のある所は黒く。

 瞳は翠に、血管はライムグリーンにぼんやりと光りだした。


 俺が顎を開き、息をする度にフシュゥーっと黒い煙が漏れる。


 調査グループの5人はここで初めて気付いた。

 なぜ? 今日に限って蛇竜の数が少ないのか?

 なぜ? こんな日に子供が夜中うろついているのか。

 私達が四苦八苦してようやく一頭倒す蛇竜を。

 コイツが皆殺しにしていたからだと。


 俺は腕を裂くと傷口から血液が迸り、地面に血溜まりを作った。その光景を見つめるも……まだ調査グループは動き出さない。魔術師は杖を俺に向け、いつでも仲間を防御する体勢を取っていた。


 そして、その血だまりからメキメキと音とあぶくを立て一本の槍が生え伸び、現れたのは " ルシールの槍 "


 前菜に啜った蛇竜共の血と引き換えに顕現させた、この槍。刃も矛も付いていない、5本の帯が捻る様に纏まり両端で針のように鋭く尖る。長さにして3mぐらいだろうか。


 手に馴染む、俺の3人目の妻の成れの果て。


 俺は緩慢に、ゆっくりと、ゆっくりと、その槍を片手で高く持ち始め。ビリヤードキュー上段持ちを思わせる投槍のような姿勢を取った。


 女魔術師が「来るよ!」と叫ぶ。その刹那、奴らより20m先から突き出された1枝の槍は、俺の腕が伸び切ると同時に手元から5枝に別れて夜中の丘陵にいくつもの黒きヒビを走らせた、ルシールの槍は5人の内、風切り音と共に3人の眉間を一気に貫き。助かった2人は魔術師の青白い防御壁によって切っ先を僅かに逸らされていた。


 その一瞬の光景に剣士の男が顔を引きつらせる。


 残ったのは女魔術師と剣士の男。


 その槍は俺の傍らでユラユラと5枝のまま揺れている、まるで手をこまねく悪鬼の長爪のように。5枝の内3枝は斥候、女剣士と男剣士の3人の頭部を貫いたまま、力無く槍の動きに合わせ左右へ揺れ動いているばかり。


「鈍ったなぁ」

 一撃で終わらなかった。


「鈍ったなぁ」

 次はもっと鋭く。


「鈍ったなぁ」

 こんなんじゃ、ルシールは俺に愛想を尽かしてしまう。


 その槍は貫いたままの3人をベキベキとグロテスクな音を立てながら。まるで人をストローで吸うかのように、槍に吸い尽くされ、衣服と装備だけがパサリと力無く地面に舞い降りた。


 するとルシールの槍はしゅるしゅると、裂けた帯が緩やかに捻れながら1枝の姿へ纏まる。


 女魔術師は姿勢を変える事も、一歩も動くとも無く。俺に杖を向け続けている。そういうフォームとか気概なんじゃなくて動かないのだろう、身体が、戦慄で。


 剣士の男が、女魔術師に逃げろと言い放ち。

 身体に魔力のオーラをギラギラと漲らせた。


 剣は突きの構え。

 微動だにしない姿勢の中、不意に剣士が漲らせていたオーラが立ち消える。


 その瞬間、剣士の男はまるで地面が縮んだかと錯覚させるスピードで俺に踏み込んだ。


 が、渾身の斬り込みは全く接近を許されず。


 耳によく馴染んだ肉を貫く音と手首への鈍い手応えを最後、ルシールの槍は男を貫くと5方向へ勢い良く花弁のように開いて男の身体を切り裂いた。


 手足が飛散し、宙に舞う頭部と目が合う。


 血の濃霧が俺と女魔術師の間に立ち込める。


 俺は女魔術師にゆっくりと歩いた。

 一歩一歩、散歩道のように。


「くるなぁ! くるなぁ! くるなあああああああ!!!!」


 女魔術師の絶叫と共に、青白い無数の刃が俺に振るいかかる。


 決死の抵抗も哀れ、そこそこの足捌きで全てを回避。


 女魔術師からしたら、俺の身体はピンボケのようにブレて見えただろう。


 あっという間に、女魔術師の眼前に立った。

 女魔術師は、涙も流せず、恐怖を顏に張り付かせ震える手で俺に杖を向け続ける。


 はははっ、そんな顔をされると食べたくなるじゃないか。


 俺の口は大きく大きく開き、その大口の内部はまるで光りを吸収しているかのように黒く、その大きさというと俺の身体の2倍以上はある。


 そして唖然とする表情をまじまじと見つめながら女魔術師をバクンッと丸呑みした。口の中から篭った絶叫が聞こえるが構やしない。


 しばらく口の中でもごもごして、ベッ! と吐き出す。


 女魔術師は黒い液体にまみれ装備はドロドロに溶解し半裸になり、地面にベチャりと崩れ落ちた。


 「あ”っあ”っあ”あ”あ”ああああああああ!!」

 身体に纏わり付く黒い体液は女魔術師の身体にジクジクと染込んでゆき。その黒液は彼女に激痛の嵐を見舞う。


 皮膚を通し皮下へ、毛細血管へ、神経へ、骨髄へ、染みて行くのだろう。すると事切れたように女魔術師はバタりとその場で倒れてしまった。


 この程度では死なない。

 こいつは有効活用してやろう。

 シータの餌だな。


 こうして5人の調査グループは全滅し。

 後は北洋保の2人をここで待つ事にした。


 まだまだ俺のディナーは終わらない。



同時連載中の爽やか自転車小説「双子のディープリム」もよろしくね!

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