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32回目の転生  作者: NAO
血の転生者
32/32

#32「投剣騎兵、血の使者アンプルール」





 始めに俺が奴に正面を向けたまま、全力で後方へ跳んだ、距離にして200mだ。グレンは直後に自身へ落雷を走らせた直後、この域内から姿を消した。奴は俺を補足している、いつ女神の祝福を突き立てられても可笑しくはない。


 秒単位でも時間を稼ぎたい、俺が5200人分の血を用いて奴と戦闘が出来るのは総時間にして4~5分程度、その中で段階的に変質を経てようやくマトモにやり返す事が出来るのは最後に1分間あれば良いほうだ。


 圧倒的な不利。


 客観的に見て、もう勝負が着いていると言えるだろう。


 後方への跳梁の中、俺は背骨を体内で血の圧力によって切り裂き、変質させ姿を現しつつあるのは " ピクの尾 " 共食いの塔でしつこく俺を付け狙った孤独な男の末路だ。骨格標本に昆虫の殻を連ならせたような外見の尾は、人類の猿知恵では及ばないテクノロジーに支配されている。


 ピクの尾が生え揃いきる、そう確信した直後に太陽のあった位置から万に及ぶだろう紫電の嵐が放たれた、それぞれは闇雲に乱れ飛ぶのではなく、俺の移動先、回避行動先の未来3秒間全てを封じている。


 俺の方が早かったか、それとも奴が勝ったか。


 紫電の嵐は、あまりにも激しい音紋によって、轟音を成立させる空気振動のレベルを飛び越え、ただの強烈な連続した衝撃に成り代わっている、俺の肌を剥がさんばかりの空振。


 奴の雷撃は魔術でも、口の減らない槍の力でも、祝福の力でもない、単なる槍術だ。紛れもなく小細工一つない技術から生み出される槍術は果てまで到達してこの有様だ。


 結果的に奴の槍術は乱れ飛ぶ雷撃の嵐の中、標的に突き刺さる紫電の先端にグレンが現れ、百中必死の一撃を見舞う。


 どれをどう避けても、最終的に俺へ刺さる雷に奴が現れる。


 たった今、俺に向かうだろう1.5秒先の未来には4000条余りの紫電。


 避けても無駄なのだ、何を避けても次の雷を避けても、必ず俺に直撃する雷が存在し、そこでくそったれな祝福をお見舞いされる。逆にどれか一条に対して適当に当たりにいけば、そこに奴の槍が現れる。理解が及ばないとはこの事だ。


 だから、こうするんだ。


 背骨から下半身に生え切った尾は執着心をそのまま立体物へ表現したかのようなシルエット、1100人分の血を使い顕現させる事に成功した。


 これで、あと5秒は安泰。


 ピクの尾は慣性エネルギーのルールから自身を解放させる。それは重力の法則を一部乗っ取っているのだ。


 重力が支配するのは熱力学の法則のみではない。


 ピクの尾に管制された俺の機動は、空中で作用反作用を無視して不条理に跳ね回り、3000に及ぶ紫電を捌いた。


 あと1000条。


 まだ血を噴き出しながら裂ける背骨は変質を続け、現れたのは " レイノルズの背輪 " だ、背骨に対し縦に突き刺さるようにめり込むこの輪は、血の使者レイノルズの成れの果て、それは輪の中に幾億に及ぶ光の量子が加速されており、それによって空間に対して演算処理を毎秒無制限に書き働く。あんな好きモノ数学者もこの姿でようやく役に立ったと言えるだろう。


 ピクの尾は、レイノルズの背輪を血管を辿って見つけると、その処理能力をコントロール化に置いた。


 重力を管制可能とするピクの尾が、レイノルズの背輪が持つ高度複雑系を得て導き出したのは……。


 全方位上下左右隙間なく乱れ飛ぶ千の紫電の内、1条が鋭く切り込んできた。


 その雷が俺の喉に達し、末に喉笛を貫いた。


 貫いた後に雷がとって代わってグレンの姿となり、エフィギアの槍の先端と化している。


 折角俺を貫いているというのに、グレンは目の色一つ変えず、三白眼で槍を振るい抜き続けた。首が裂け、血が舞い飛び、俺の頭部が切り離されるまで皮一枚。


 つまり即死というか俺の負け。


 瞬きすら永遠に感じるほどの時間間隔の中、ほんの一間だ、瞬きを万単位に分割した内の一コマ置いて、俺は確実にエフィギアの槍に貫かれたというのに五体満足キズ一つ無く、4000に及ぶ紫電を捌き切ったいた。


 レイノルズの背輪が演算した別次元に対し、ピクの尾は重力を支配する事で時間をコントロールし、俺の敗北する未来をグレンの囮としたのだ。つまりたった1秒間のみ存在する俺の敗北した時空を生み出し、その後に僅か0.5秒余り時を戻した。


 結果として幾千の雷は別時空へと消えたのだ。


 高度複雑系と重力を支配するテクノロジーは時間に対し少々融通が利くようになる。


 俺は遥か高度から砦街へ着地し、手の平にルシールの槍を握って振り直した。ようやく整った。


 眼前に一条の落撃、俺に額を擦り付くんじゃないか思うほどににじり寄り、その表情には「終わりはこれからだ」と言わんとしている。


「お前の槍術は前に比べて、ますます決定論的になったな、全く回避不能だ。しかしあの時エフィギアの槍を使うなんて流石だよ、恐れ入った、でもな、いい加減女神の祝福を得た槍を使えばいいじゃないか? あるんだろ?」


「グレン、耳を貸すな」配管に響かせたような錆びた声でエフィギアの槍がしゃしゃり出た。


「出せよ、ヨルギアの槍を。おいそこのクソ棒切れ、これ以上口を挟むんじゃねぇ」


 折角、真剣に取り組んでいる所に水を差されるのは本当に腹が立つんだ。


 俺の眼前数センチで頭突きをせんばかりまでカオを近づけて睨み続けていたグレンがようやく口を開いた。

「さっきので何人分失った、あれが何度行える? 俺がこれから1440分間576万回行う刺突に対して、今のお前があと一回出来るかどうかの起死回生の小細工だ」


「さぁね、お前が証明してみろよ」


「ヨルギアの槍は、お前の祈りにも似た小手先がついに尽きた後だ」


 グレンは、俺の血によって女神の祝福を得たヨルギアの槍を滅されるのを避ける為に、俺をエフィギアの槍で完全に、文字通り血抜きしてからトドメを刺そうと言うのだ。


 グレンはこう告げた。

「予め言っておくが、次の一手をお前は回避できない、先刻の刺突は決定槍術はなく、ただの突きだからだ。」

  

 つまり、俺は無駄にジャブを全力で避けて血を浪費したのだという。牽制手か百中必殺かも見抜けすら出来なかったのか、奴のハッタリなのか。


「何れであっても、お前は失い続けた末に終わる」


 ・


 ・


 ・


 奴の一手、左腕を失い。


 奴の一手、左脚を失い、尾と右足で自重を支えた。


 血を失わない為に切断面を焼き固め、死中に一刻を得るように跳ね回り続けた。


 砦街の地下階段に逃げ込んだ民衆を襲おうと近づくも、奴に阻まれこれっぽちも血を得られずにいる。


 ルシールの槍は10枝に裂け、その速度は音を易々と超えていた、神経シナプスを走るパルスと同等の筈であったのに、奴に届く事は無く、グレンの槍を捌くのに終始した。


 すると、遥か遠くから強烈な反射眼波が俺に届いた直後、数十発ものブラモスの矢が飛来した。


 グレンは迷わず身を雷へと変化させ、ブラモスを避け、破壊し、横やりを入れた張本人に対し決定槍術を振り被る。


『先生、たすけて』シータの反射眼波は乱れていた。


 突如であった。俺の意を介さず、腹を内側から裂いて血のカーテンを生み出し、ベールの向こうからブルーグレイッシュの艶毛をした黒馬が降り立った。


 切り揃えた前髪に、青い影の混じる黒髪が波風のように舞う。


 それは騎兵剣マウザを指先から8手生成し自身を円運動と共に放ち、大気を切り裂いて飛ぶ刃はグレンのシータに対する一振りを弾き、妨げた。


 既に下半身を戦馬キーロフへ変質させている切れ目の女騎兵は、俺に目もくれず言い放った。


「無様」


「……シータを滅されないよう、カバーした後はどこか逃げておけ、グレンを止められない」 


「言われなくてもそうするつもり、あの子を抱く前に滅されてはたまらないもの、この調子では私も数分と持たないでしょうけど、カーライル、あなたの為に時間を稼いであげる。それでなんとかしなさい」


「もう手は尽きてるんだけどね、アンプルール、お前が顕現して血がもう残り100人分も無い」


「あらそう、私、悪い事をしたかしら」指で顎を触れながら、悪びれもせず言いのける。


「俺、お前が思うほど余裕無いんだよ」本当に、無い。


「そのようね、それでも愛の力があれば試練は乗り越えられる、私とシータのようにね、あなたにもどこかに愛があれば良かったけれど」


 捨て台詞なら悪趣味が効いている。


 アンプルールは踵を返すと、グレンのいる方向へ強烈な反射眼を向け、一気に数百キロのスピードに乗って駆けていった。


 2人の騎兵はグレンに対して時間稼ぎの戦いを挑み、遥か遠方で爆音が轟き始めた。


 俺が封殺されたら、血の使者達はどうなるのだろうか、一緒に消えるのか、残るのか、どちらにせよ……俺が終わったら血の使者も個別に滅されるのは時間の問題か。


 満身創痍になりつつも、尾による跳梁で地下水路の階段の前に接近した。


 血の匂いがする、生きた血の匂い。


 中には……300人もいればいい方か……。


 全く足らなすぎるが、無くてはならない。


 ルシールの槍を振りかぶり、階段下へ突入しようとした刹那。


 雷と共に飛来したエフィギアの槍に貫かれた。


 尽く、ツイてない。


「グレンは、騎兵など拳で十分だとさ」口の減らねぇクソ棒切れ。


 俺は、手の平の力をついに失い、ルシールの槍を地に落としてしまっていた。


 エフィギアの槍は、俺を貫き、槍自身の力によって俺の身動きを取らせまいと強い力で俺を大地に磔にした。


 手足で地を掻いて進もうにも地面に文字通り釘付けだ。


 血の流出を防ぐために貫かれた傷口を塞ごうにも、クソ棒切れは、そうはさせまいと刃を捻らせ、肉をこじ開けるもんだから、大事な血がずっと垂れ続けてしまっている。


 遠くの残響が聞こえなくなった後。


 俺の眼前に立つグレンを見上げると、アンプルールの投剣によるものだろう裂傷が散見され、大きく出血をしているが女神の祝福の前には時間経過で癒える程度であった。


 奴は右手を空に差し出し、銀の煙が漂う。


 銀の煙はそれぞれが漂い、合わさり、やがて一条に纏まると現したのは女神の祝福を得たヨルギアの槍。エフィギアと対になる短槍。


 この状況に、好きモノであるレイノルズの背輪も敗北以外に演算結果が無い。


 ピクの尾は重力を管制するには血が足りない。


 くそったれ、終わったな、もう手立てが無い。

 

 くそったれ、あの女神共をぶっ殺しておきたかったな。


 もう少し、自由でいたかった。

   

 



アンプルール先生はやる気が無さ過ぎる。

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