#30「紫電」
何年か、久し振りの続きです。
カイトはダハーカが接近して街を滅ぼすと思い込んでいたようだけど、実際は超長距離の砲撃で荒らし切った後に、標的の死骸や死にかけの獲物を貪るのがアレの食性だったのだから、街はもう滅んだわけで、ダハーカのお役目はもう終わり、つまり僕が好きな時に好きなだけ好きなように射っていい的なんだ。
砲撃による砂煙に飲まれた砦街を眺めつつ、数百キロ向こうの高山にいた、反射眼越しに眺めた異形の竜はどんな風にしているか目をやった、だけど、いない、高周波ビーム走査で目を凝らしてもそこにはいなかった。
隠れたか、別の場所に移動したか、もしくは高山の頂上ではなく僕の視程では届かない低い位置に降りたか、その内のどれかだった。
だから、僕はダハーカがいつでも来てもいいように口に咥えていたアッダーをもう一本生成する事にしたんだ。
2発あれば充分、1発で仕留めて、もう1発はお守りみたいなもの。
仲良く1手の矢は獲物を待ち望んでいる。
さてと、いつ来るのかなーと呆けていたら。
地平線の先、僕から僅か4km程度先、目と鼻の先の場所から砦街ではなく僕目がけて低空数百メートルを超高速で突入する4枚のひょろ長い葉のような翼と茎のような尾、それが反射眼越しの波模様ではなくカラーで見えた。
えぇ~、どう考えても400km先からここまでやってくるのに10分ばかりって不可能だし、意味わかんないな。時速にすると2000Km越え? あり得る? もう速度は数百kmまで落ち込んでいるから減速したんだろうけど。
もうアッダーの矢は近すぎて適正距離じゃなくなっている。
両目を反射眼へ変質させた。
視界はモノクロームの波模様に覆われた。
アッダーの矢を2発真上に放ち、上空1000mでロイタリングさせる。
勢いよくスラヴァの脚は大地を蹴り上げ、僕を時速300kmまで加速させた。
教えてあげるよヘンテコドラゴン君、遠くで戦って強いやつは大抵、近づいても強くてやってられない奴なんだって。ってあれ、これ君にも言ちゃうかな。
ストレラに代わる矢、イグラの矢を5発、指先から変質させて生成した。先端の目玉の中心からツノが生えてるヘンな形。
「シーカー、オープン」
僕の肌の血飛沫模様はより強く発色し、魔力で凍てつかせたイグラの矢5発を束ねて迷わず放った。
5発のそれぞれは散開して目標に向かって突入。
するとダハーカの4枚の翼の模様はぐるりぐるりと変化していき、やがて翼のスクリーンに映し出された幾何模様の羅列、それは一面鱗模様から、複雑な線と曲線が混じった虹色のグラデーション、蝶の羽のように美しかった。
甲高い、空に響く猛禽類と似た咆哮と共にダハーカを爆炎が覆い、発生した凄まじい衝撃波は、突入したイグラの矢を結果として砕け散らせてしまっていた。
心底、腹が立った。でも、冷静にならなくちゃ。
アイツは余裕の調子なのか、右へ、左へ反復飛行している間に僕は80mに及ぶシルエットを観察した。
……ダハーカが持つ4枚の放射状に伸びた翼はスクリーンのような役目を持っていて、蝶の鱗粉に似た表面が模様を変える事で魔力回路を作り出し、瞬時に魔術を即発させる。あの瞬間、周囲を爆発させる魔術と、自身を爆炎から守る魔術の魔力回路を4枚それぞれの翼に描いたみたいだ。
かっこいいなぁそういうの。
僕はダハーカに接近されないよう数百キロのスピードで地上を滑走していたけど、やめた。代わってそいつに突っ込むように駆け出して、左手の5本指をまたイグラに生成。再度、騎兵弓ゴーントリトはイグラを放つ。
その直後、僕は矢を生成したばかりの真っ白に血濡れた左手を、また変質させて生み出したのは、騎兵剣ダルヌ。
柄も無い、グリップも片手に収まる全長40cmあまりの剣、刃の表面に走る血管は脈動している。それを3本、握った指の間に挟むように持ったまま駆けた。騎兵剣は得意じゃないしアンプルール先生に比べたら扱いは遠く及ばないけど、戦いっていうのは少しはいつもと違った事をするべきなんだ。
ダハーカはまた翼の幾何模様を変化させ爆発と防御の魔術によりイグラを散らした、目の前に騎兵族の矢が着弾させたような、バン、という衝撃破が突進する僕に届く。
僕は防護魔術が終わった瞬間のアイツに向かって、ダルヌを全力の下振りでスローイングした。
秒速900mで放たれたダルヌは空中で3本が9本へ27本が81本へ3段階に分裂してダハーカの4枚の翼を八つ裂きに切り裂いた直後に炸裂し、叫びに似た咆哮と共に、観葉植物のような見た目だった竜は、ダルヌの散弾により葉脈だけ虫に食べ残された後みたいに、哀れで無残な姿となった。
「これでお得意の魔術はおしまいでしょ」
さ、上空を旋回しているアッダー、君たちがトドメを刺したら終わり。
「ねぇダハーカ君、とっても楽しかったよ、もっといないの? まだいたら探してでももう一度遊びたいな、それぐらい楽しかった」
一つの標的が視程外戦闘から有視界まで肉薄してくるなんて、滅多にいないんだ。
ダハーカは、最後の力を振り絞り咆哮を発した。ビリビリと地を震わせる高音は次第に和音に近づき、音紋の中に規則性を作り始めた。
あ、なんかするな、こいつぅーと思って、何かがどうにかなる前にトドメを刺しに上空のアッダーを突入させようとした瞬間。
遥か遠く、ダハーカが元にいた400km先の高山から僕に向かって……いくつもの紫電が乱れ飛んだ。
轟音と地鳴りの嵐、あの竜の咆哮なんて無かったように掻き消す空震。
ダハーカは紫電に巻き込まれて散り散り、僕は、僕に向かって飛んできた雷撃をアッダーに防がせた、つもりだった、にも関わらずその紫電の圧力、破壊力は凄まじく僕は宙に放られた後に地面に叩きつけられてしまった。
とても嫌な予感がして、その予感は確かめる必要もなく的中していて、運命的なまでに対処不能な状況である事を受け入れるしかなかった。
だから、僕は申し訳程度に今出来る事をした。
『カイト、グレンだ、グレンが来てる』
これが関の山、あ~ぁ、アンプルール先生……早く会いたいな……。
会えたら、我慢した分沢山甘えるんだ、会えたらいいけど。
カイト君が一番苦手な人が来ました




