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32回目の転生  作者: NAO
血の転生者
18/32

#18「ソウル・カレッド・ヴェンジ」



 

 張り巡らされた検問。

 増員される捜査員。

 錯綜するデマ。

 停止する公共サービス。


 連日のニュース。

 見出しはこうだ "連続殺人犯メッサー、捕まらず"

 もうやめてくれ、やめてくれ、そのニュースは60秒前にも見た。


 子供を送り迎えする自警団は皆、銃を携帯している。

 寝室のお守りを持ち出したパパママ共の腰は皆、不自然に膨らんでいた。


 俺が出向している警察署の前にはプラカードと群集が溢れている。

「役立たず!」「犯人をぶっ殺せ!」「家を空けられない!」

「検問で仕事にならない!」「捜査内容を公開しろ!」


 もうメチャクチャだ。


 俺の平和だった地元、ニュージャージー州は同時多発テロ以来の恐怖が街を支配している。


 このニュージャージー州を囲むデラウェア川を渡る橋 " 全て " に検問が敷かれてから2週間が経った、それまで連続失踪或は誘拐事件として連邦捜査局は非公開で捜査を続けていたんだ、ギリギリのラインでな。正直、連続失踪だとか誘拐事件という時点で非公開捜査は出来るもんじゃない。しかし今回の話は別だ。


 大抵、この手の事件はすぐ犯人に当りが付くものだ、手がかりとなる証拠が出て、顔が割れ、身元を暴き出され、その後は人海戦術とテクノロジーのもとに逮捕は時間の問題、だが、今回は違った。


 サイコ野郎なんてアメリカ全土の歴史から見ればいくらでもいたさ、時計台からライフルを乱射するスマシ野郎、若い女を何人も攫って暴行の末に殺すクソ野郎、人食いの気狂い野郎、猟犬に訓練を施して通行人を食い殺させる…ゴミクズ野郎共だ。でも今回は違う。


 犯行全てに証拠無し、目撃証言無し、浮かび上がる容疑者像も無し、徹底された科学捜査でもスッカラカン、私服警官の仕事は日がな14時間街をうろつくのみに終わり、それを背に口笛でも吹くように…今や犠牲者は月に2回の間隔で増えて行く。加速度的に増して行く犯行と犠牲者。


 過去の記録を遡り、今回の犯人による連続失踪事件に当てはまるだろう犠牲者を数え上げた、浮かび上がった犠牲者の数は…………。



 112人。



 112人、だ。



 この数字でも少ないだろう、そう思える。この人数はあくまでも現場状況や消えた犠牲者達の人間関係を洗い出した上で第3者の存在が考えられ、そう疑いが強い上に " 連続殺人犯メッサー ” の手による物だろう、という案件を並べ挙げた時の数字だった、真実の犠牲者数は一体いくらになるのか見当も付かない。


 何もかも今までとは違った。

 誰もが経験しなかった。

 そんな恐怖がニュージャージー州を覆い尽くしている。


 しかし、今、得体の知れない存在にようやく "アダ名" が付いた。喜ぶべきかどうかはともかく、切欠となったのは20日前にオーク・アベニュー沿いの2軒の家、その住人6人が消えた事件。犠牲となったのはトードリ家の2人、ピーチャム家の4人家族全員だ、唯一生き残ったのは仕事で1週間家を空けていたトードリ家の旦那1人。デラウェア州での仕事から帰ってきた彼に、俺は……気の毒の余り何ひとつ声を掛けられなかった。くそったれ。

 

 オーク・アベニューでの事件は異例だった。

 一家丸ごと、それも2軒連続。その日の晩の内にだ。

 事件の一週間後、郊外のダイヴァー家とブラウン家の住人全てが消えた。

 まるで一家丸ごと消し去るのに要領を得たかのように。


 だが、この事件で初めて犯人は痕跡……と言えるかどうかすら怪しいが、"痕"を残した。ピーチャム家のリビングから廊下へ続くドアの手前に、ナイフ……刃物の跡だ。どういう経緯で付いたかは不明だが、微かに捲れ上がった床の傷は犯行推定時刻に付いた傷で間違いないとの事、削れた床板の酸化具合がそう裏付けた。


 その床板の刃物傷によって、ようやく犯人はナイフを持っているという事がわかった、笑えるな、どこの殺人犯だってナイフとフォークぐらい持ってるってのに。


 こんな申し訳程度の情報でついたアダ名が " メッサー " だ、ドイツ語でナイフを意味する単語、本当にナイフを持っているとしか分からないから苦し紛れに付いたみたいだが、どうやら呼び易くてやりとりに関して使い勝手がいい。


 と、まぁこの事件と捜査結果を受けて連邦捜査局は遂に公開捜査へ踏み切ると同時に裏で召集を進めていた各州の捜査員を一気に投入 " 封鎖し囲い込み、浸透させる " という破れかぶれの作戦に打って出た。


 酷い作戦だ、最悪の作戦だ、だがこれ以外方法が無い。刑事ドラマのように冷静に決めて、おべんちゃらを並べながら証拠を挙げて1クールの内に犯人をとっちめられるワケじゃない、そうこうしている間に犠牲者は増え続けてしまう。であれば、その間に少しでも犯人の動きを鈍くしよう、少しでも犠牲者を減らそう、そう出来るだろう、そんな思いで行われた作戦だ。


 こうするより他になかった。

 市民は許さないだろうが、それ以外に何が出来るっていうんだ…。



 深夜2時。連邦捜査局のオフィスは消灯している時刻、だが今の状況下、このフロアではデスクランプが点々と光を放ち、常にどこかしこからタイピング音と書類仕事の音が響いていた。それは不規則の中に一定のリズムを持ち始め、連続超過勤務に漬け込まれた俺の脳みそを思考停止に陥らせるには充分だった。



「デニス、少し休んだらどうだ、もう3日も家に帰っていないんじゃないか?」



 そう言って不味いコーヒー片手に現れたのは同僚のヴィクターだった。こいつとは10年以上の付き合いで、5年間ペアで仕事を任された後に配置が変わって解散、だがこうやって署内での付き合いは今の今まで続いている。こいつもいい加減中年に片足突っ込んでいるのが身体に現れ、若き日の締まった肉体は年月とともに弛み、ついに胸筋より前に腹が出るようになってしまった。もう残った身体的な取り得といえば不必要にデカいその背丈だろう。お前、バスケットボールでもやってた方が活躍したんじゃないか?


「カミさんも心配してるぞ」

「……」

決して無視しているワケじゃない、俺はヴィクターへ顔を向けて手を振るようなジェスチャーをしながら返事を練っているが喉から出てこない。もう今の俺はダメだ。


「……ほんの一時間休め、と言ってやりたいとこだがタレコミがあってな」

ヴィクターは続けた。

「このタイミングで渡すのは気の毒だと思うが、受け取ってくれ」

「ハハハハ!……今か?……渡されたのは」

ひりだした空元気も虚しく真顔になってしまう。

「そう、40分前にだ」


 そのマグカップを持つ手とはもう片方に握られていたのは1束…いや3~4束のクリップで纏められた書類だった。眩暈がする、アゴにフックをキメられたようだった。こんな時に送られるタレコミなんてものはたかが知れている、もちろんヴィクターもそれを理解して書類を突っぱねたそうだが、渡し主の気迫に押されて最終的に掴まされたらしい。


 こんな大男を気迫で押し切るなんて、どんな奴だ。


「女だったよ、今も署の前にある広場に座っているそうだ」


 女か……いるんだよ、目を通すまで帰らない、そう決め込む奴がな。だがそんな奴にこそ言いたい、趣味の警察ゴッコでいい気分になるんじゃねぇ、本職にしてから本気出せと。……ダメだ、今の俺は思考すらクソッタレになっている。


「どこのどいつだよ、その女は?新聞記者か?ご近所名物か?」

「国際刑事警察機構の元職員の女だ、年齢は29歳」


 ……意味が分からない、全く意味が分からない。本職どころかその道のエリートさんだったら勝手に自分で捜査でもしていろ、そう思いつつも渡し主の肩書きもあって興味が湧いた俺はその書類束に目を通した……。


 そこにはとある人物が連続殺人犯の正体と裏付けたいのであろう緻密かつ理路整然と綴られた根拠が並べ連ねられている。読めば読むほど事件のポイントが線で繋がっていく、俺が深い霧の中手探りでもがき続けて得ようとしていた事件の全容がそこには記されていた。見れば見る程、執念深さを感じる独自捜査の軌跡。


 すると " とある人物 " の顔写真が10枚程、隙間からバサリと落ちた。その写真に写る姿は俺も知っている人物、甥であるカイルの担任教師。



 イーストン高校化学教師ハーシェル



 床に落ちた写真を拾い集めていると一枚のメモが目に入った、そこには走り書きで " もう1人誰かがいる " ……そう書かれており。そして書類の続きにはハーシェルについて驚くべき内容が記されていた。


「ヴィクター、このタレコミの渡し主をここに呼んでくれ」

「待ってろ」 



 ほぼ暗闇のオフィスフロアの中、室内窓に囲まれたこの応接室だけが周囲をブラインド越しに照らしていた。中央のテーブルに広げられた数々の書類を挟んで俺とタレコミの主がソファに腰掛けている。ヴィクターは応接室近くの自席で仕事を続けているようだ。


 彼女はこの応接室に来てから一言も言葉を発しなかった。外見は金に近いのだろうライトブラウンのショートヘア、薄い唇に深い堀の奥に沈む虹彩は青、しかしその青は暗く、深く、ほぼ黒に近い紺と言える。


 それよりも気になったのは歩き方と目線の動きだ、広場からこのフロアまでやってくる移動の際、廊下から廊下へ、室内に入る時と出る時、その全てのタイミングで死角や遮蔽物をチェックするかのような暗い青の2往復。

 

 決して大袈裟ではなく、エリアからエリアへ移り変わる時必ず左へ目が動き、瞬きの後に右へ動く。ほんの一瞬でそれは行われていた。そんな物言わぬ彼女が発する雰囲気は常にシビアだった。ストイックな女なんて今までいくらでも見てきたが、こんな奴は初めてだった、そう思える。


 ソファの上で姿勢を崩さない細身な彼女のタイトなジーンズとブルーのカッターシャツの下にはセクシーさよりかは、恐らく戦う為に得たのだろう体幹が見て取れる。


 書類を揃えてテーブルに置いた。

 いい加減切り出すか、軽く自己紹介だ。


「連邦捜査局のデニスだ。おたく、名前は?」


「ジスレーヌ、ある男を追っている。協力しろ」


 瞬きすら無く即答し、そして発せられたのは命令と言える物だった。どうやら一言で住む自己紹介すらやってられないらしいこの女、ジスレーヌ……フランス系だろうか、しかし訛り等は一切無く、軍人が静かに号令を放つか如くキレのある声。


「……その前に、この書類について説明してくれ、一体どうやってここまでの情報を集めた?もしこの情報が事実ならウチの職員全員を束にしても敵わない捜査力の代物だ、これはな」


「……知人のある程度の協力以外は、全て私の調査結果だ」

成る程ね流石元エリート様、出来が違うってか。


「本題に移ろう、気になる点がある。この部分 " ハーシェルは既にハーシェルではない " これはどういう意味だ?」


 その問いの答えは驚くべき物だった。ハーシェルがニュージャージー州にやってきたのは6年前でそれ以前はペンシルベニア州の高校に在職、イーストン高校にやってきたのは4年前。ジスレーヌは7年前に彼は確実に死んでいるというのだ。とある事件によって。


 彼は7年前に起きたペンシルベニア州での一家失踪事件の唯一の生き残りで、仕事で家を空けていた為に巻き込まれなかったという。が、彼女の調査結果ではハーシェルは家を空けてなどおらず。確実に失踪事件に巻き込まれ、そして殺されたに違いない。そう根拠と共に説明した。


 事件当日、ハーシェルは夜道をうろついている生徒を偶然保護し、生徒の自宅まで送り届けている間に彼の家族は襲われ、彼は不幸中の幸いにも生き残ったというのが公式の記録だ。しかしジスレーヌは当時の生徒全てに証言を聞き取り " 保護された生徒 " というのは存在しなかったのだという。具体的にはハーシェルは " 電話先 " で夜道をあまりうろつくな、と注意したのみだった。


 実際に会って送り届けたか電話先での会話の違いだが、当時の警察は保護された生徒そのものには注視しなかったのだという。


「ハーシェルが10年前ペンシルベニアで受けた歯科治療のカルテと、3年前ニュージャージーで受けた歯科治療のカルテだ、見てみろ」

ジスレーヌはテーブルに2つの並べた、その資料に逸る気持ちを抑えつつ目を通す、そこにあるのは素人目にも分る結果で、歯の並びや治療痕まで違う、まるで別人だ……。


 なんだ、これ……つまりペンシルベニア州の殺人犯が今のイーストン高校化学教師ハーシェルに成りすましているってのか!?   


「顔はどうしたんだ!?、整形でもしたのか?」

「そうなのだろうが、恐らく闇医者でも訪ねたのだろう、捜したが突き止められなかった、想像するに容易いが整形手術の後に消されたと考えられる」


 ジスレーヌは続けた。


「その闇医者というのはどれ程の腕前か見当も付かないが、背丈とある程度骨格まで似ていれば、整形でかなり " 本物 " に近づけることが出来る、もしかしたら元から顔の造りが似ていたのかもな」


 近親者がいなくなったからこそ出来る力技か…。

 また1つ、彼女は資料を取り出した。


「奴は殺されたハーシェルをかなり研究したようだ、その上で成りすましている。その中で1つ綻びを見つけた、これを見てみろ」


 10枚の写真、5枚ずつ2つのクリップで纏められている。シーンは様々だがどれもタバコを吸っているハーシェルの写真だ。写真にはそれぞれ撮影年が記載されており、1つ目のクリップには8年前、2つ目のクリップには2年前……かなり最近だ。


「タバコを挟む指の違いか……」

「そう、8年以上前の写真では人指し指と中指で、それ以降の写真では中指と薬指で挟んでいる、吸う時に顔を隠すようにな。喫煙の習慣によるクセは中々変わるものではない。まぁ、映画の主役のマネを始めたと言われればそれまでだが、ようやく見つけた過去と今で決定的に違う習慣だ」


 彼女、ジスレーヌはその他の資料と併せた解説も隅々まで行った。彼女の独自捜査では遂にハーシェルの正体がどこの誰かまでは突き止められなかったという。しかし充分すぎる証拠と推理。全く恐れ入った。俺と彼女は時間を忘れて話しをしていたために窓の向こうは朝を迎えつつあり、長く深い超過勤務の夜が終えようとしていた。


「ジスレーヌ、あんたが追っている男というのは、このハーシェルなのか?」


 彼女の返答は予想外の物だった。


「違う、意を決しハーシェルとすれ違った際の臭いが違かった。私が追っているのは姿も性別も分らない、コイツだ」


 言葉の後に取り出した彼女が指先に挟むメモ。


 そこには " もう1人誰かがいる " そう書かれたメモだった。


「奴を探し出し、私は復讐を必ず遂げる」


 その言葉を放ったジスレーヌの深い青の奥には、強い光がギラリと輝いた。今日初めて見せた彼女の感情は今まで見たどんな青よりも深く、そこに宿るのは執念と情熱と悲しみ。そして燃え滾る確かな殺意が輝きとして表れていたのだった。



同時連載中の爽やか自転車小説「双子のディープリム」もよろしくね!

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