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32回目の転生  作者: NAO
血の転生者
15/32

#15「ハッピー・ホームディナー」





 誰もが日常というのを口々に望みながら、どいつもこいつも腹の底では非日常を期待している。自分の人生というものが非日常で彩られ、フィクションのように輝くのだろうと未来に対し無根拠に胸を弾ませていた。


 美しいビーチとテラス、望んだ女、溢れる美食、豊かな人間関係。そんなもんが輝くのは自分が飽きない内だけなのさ。日常を日常たらしめ、非日常を非日常とするのは周囲の環境や運命なんかじゃない、まだ周囲や世間に飽きないでいるであろう自分自身の他ならない。


 だが一度、お望みの非日常をくれてやるとどうだ。もうやめてくれ勘弁してくれという勢いで退屈な日常を要求し始めるのさ。奴らの思う都合の良い非日常など元よりハナっから存在しないのにさ。


 決して飽きない喜びがあるとすれば、もしそんなものを望んでいるのであれば。そいつは"あの世"を見てるって事だ。だからさ、概ね願望に基づいた非日常とやらを欲しがりそうな顔をした連中に対して俺はお望みの"あの世"を見せてやるのさ、本物のね。



 顔を洗い、自室へと足を運んだ俺は夜がやってくるまでベッドの上で過ごすことにした。きっと、この異世界において平均的な10代の部屋とは思えない殺風景な部屋なのだろう。この部屋でベッドの次に大きな家具といえば、2.5m程の高さがあるやや大きめの本棚だ、そこには物理、化学、医学、材料工学、流体力学だとかの専門書と旅記等の本が狭しと並び、遂にキャパシティーを超えつつあるものだから棚から張り出すスペースには更に本が平置きされている。


 次に大きな家具は軽くニス塗りされただけの引き出しも何も無い机だ。彫刻も模様も意匠も何一つと無いが机と名乗るに充分な要素を満たしている。その机の上にあるものと言えば部屋に着くやいなや放り投げた、シボレーのキーと安物の腕時計。やや型落ちのラップトップPC、ネットワークには繋がっているが、WEB閲覧以上の性能は無いのだろう。


 その他にようやくある家具といえば、おじさんが使い古したお下がりのデスクチェアぐらい。クッションカバーが破けつつあるものだから使わなくなったカーテンを巻きつけて背もたれの裏でピンで固定してある、10人見れば10人がオンボロと言う椅子。座り込む度にギィと音が鳴るんだ。


 こんな金のかからないインテリアが少々の部屋で俺はここ10年と暮らしているワケだが、どれも文句があるワケじゃない、おじさんは事あるごとに新しい家具を用意してやると言ってくれるが、家具なんて必要充分の要素を満たしていればなんだっていい。


 そういう金のかからない養子というのもあってか、俺がねだる本については2つ返事で購入してくれる。


 俺はこんな部屋を気に入っている。この部屋の西側には出窓があってさ、そこからは夕陽を眺める事が出来る。昼間の日常を終えるまで、太陽が沈みきるまで、俺はこうして読みかけの本を片手、ベッドに身体を横たえさせながら太陽の幕引きを眺めるのだ。夜が訪れたら、何人か殺しに出掛けよう。


 すると、聞きなれたエンジン音が近付きブロロンと最期の音を響かせた。数秒の間ののちにバタムと篭った音が鳴る。おじさんが帰ってきたのだろう、いつもよりやや早めの帰宅だった。


 暫くしてやや重量感のある足音が俺の部屋へと近付きドアの前で止まった。2度のノックの後ドアの向こうから「カイル、起きているか」と声を掛けられた。


「起きてるよ、おかえり"おじさん"」

「ただいま、カイル」

おじさんはドアを開けて俺の様子を伺うように境界に立った。

名はマイク、その姿は40代後半で前髪が年齢相応に後退した男だ。

仕事はデスクワークで保険会社に主任として勤めている。

人柄が見て取れる表情と顔立ち、喫煙の習慣は無い。

いつまでも買い替えないブルーベリー色のメガネが特徴だ。


「今日、これからデニスおじさんとマティルダおばさんがやってくる、カイルは今夜予定は何も無いよな?だったら一緒に夕食を摂ろう」


 まーじか、カンベンしてくれ、これから俺の日常が始まるというのにお前らの日常に連れ込んでくれるな。だけど、まぁ、ここで断っても仕方が無いので夕食会とやらに拘束される事にした。デニスはマイクの弟で、マティルダはデニスの妻だ。子供はデニスの職業柄まだいない。俺がデニスがやってくる事にげんなりする理由はそのデニスの職業のせいだ。


「わかったよ"おじさん"、しばらくしたらリビングに行くよ」

「あぁ、待っているよ、カイル」



 焦げ茶色のフローリングを渡り、リビングの椅子に座って読みかけの本をペラペラとめくっている、今読んでるのは光や電波だとかの法則性についての本だ。


 少し向こうのカウンターキッチンでは"おばさん"が夕食会の仕度をしていた、"おばさん"の名はダリアという。マイクとは歳が離れて31歳。まだまだ妙齢の専業主婦だ。あんな冴えない見た目の保険会社勤めがどうしてこんな女性を捕まえられたのだろうというのが今に至っても疑問だ。体型はすらりとしてウェーブがかったブラウンの長髪を後頭部のやや高めの位置で結えている。人と話す時に右手で左肩を触るのが癖の女だ。


 今はキッチン備え付けのオーブンが稼動しているようで、ポテトとハーブの香りがリビングに充満している、正直ダリアの料理はおいしい。この異世界でロクに血にありつけないでいる俺の空腹をささやかながら満たしてくれる。


 いつのまにか俺の舌は、常人のように料理を楽しめていた。といっても血が一番たまらなくおいしいのは変わらない。


 マイクは少し離れた場所で電話を取って長々と話している、いわゆる世間様向けの声色で相槌と時折申し訳なさそうに「えぇ、言っておきます」だとか喋っていた、受話器から漏れる音から察するに学校からの連絡だろう。ご苦労なこった。


 受話器を置くと小さな息をついてマイクがテーブルを挟んで俺の向かい側の席へ座る。切り出す言葉を喉で整えているようだ。

「カイル…、学校から連絡があってな。どうやらまた人を殴ったそうじゃないか。お前はちゃんと自分の考えを持って行動する男だと俺は思っている、理由を聞かせてくれないか」


 こんなやりとりは今日が初めてじゃない、学校からの連絡で始まる聞き取りは数え切れない程だ。それはいつも夕食前で、たった今のようなタイミングなんだ。デジャヴのように繰り返される日常の1つだ。


 かいつまんで、とっとと終わるように弁明を綴る。

「あのヒョロヒョロは何を勘違いしたかラグビー野郎への勝手な仕返しに俺を巻き込もうとしたんだ、下らない誤解と併せてね、目の前で1から10まで説明する気も起きなかった、だから殴った」


 マイクは眉間を押さえた後、俺に向き直り言葉を綴った。

「あのなぁ、確かにそれにイラつく事はわからなくも無いが床に顔から突っ込む程腰を入れて殴る必要は無いんじゃないか、あの子は体格は優れていないし、軽く肩を押して他所へやるだけでいいんだ、そういう時は」


「しっかり気持ちを表現するのは大事だと"おじさん"が言っていたじゃないか」

「拳で表現しろとは言っていない」


 あぁ、これは長くなりそうだ、ダリア、どうにかキッチンから救いの一言をくれよ。ただでさえ血が足りなくて気が短くなってる今はマイクの小言に耐えられそうに無いんだ。ほら、もうそのポテトケーキは焼き上がっただろう。


 ダリアが両手のオーブンミトンを外しこちらへ近付いてきた。マイクの肩へ手を置き、俺へ軽く一瞥したあとに彼女は切り出した。

「マイク、これからデニス夫妻との夕食会よ、今そんな話を煮詰めさせたらきっと良い時間にはならないわ、カイルとの話し合いはその後でもいいじゃない」


 よし来たその調子だ。


「ダリア、こういうのはほんの少しでも先送りにしちゃいけないんだ」

あぁ、今度はこの夫婦との長いやり取りが始まるのか。鬱陶しい。


 ジリリリリン、ジリリリリン。

 ドアアラームが2度鳴る、デニス夫妻が来たのだろう。


 マイクが席を立ち玄関へと向かう、ダリアは俺へ目を合わせると「後でゆっくり3人で話しましょうね」と言い残しマイクの行く先を追った。俺はダイニングチェアに座ったまま、読みかけの本を開いた。


 玄関からはマイクとダリアに加えて2人の男女の声が聞こえる、再会の挨拶をしているようだ。そして2人の男女がリビングへやってきた。

「ヘーイ!カイル!久しぶりじゃないか、元気にしてたか!」

「カイル、久しぶりね。学校生活はどう?」


 革のジャケット、シャツと赤いネクタイ、ジーンズ。30代後半にもなり、中年に片足突っ込んでいるとは思わせない、その服装の下には鍛えられ引き締まった肉体があるのだろうと想像させるこの男、デニス。精悍な顔つきと動静な眼差しとは裏腹、必要以上にテンションの高い再会の挨拶だ。

「別に、くだらないし、退屈さ」

「ニヒルはモテねーぞ、カイル!」

「別に女には困ってない、今日もエノーラの家に行くつもりだった、だけどこれじゃ台無しだ」


 エノーラとは何軒か隣、湖と言うにはやや小さいローレル湖の近くに住んでいる、一応としては恋人だが。実際は体良く生き血を少しながら提供してくれる都合の良い女だ。


「嘘だなカイル!どうせ今日もまたマイクを困らせたんだろう、そんな顔をしているぞ」

「……」


 ほんとうにこいつは苦手だ、場と空気を瞬時に読み取って何があったかをすぐに断定する。そう、こいつデニスは連邦捜査局の捜査員だ。こんなのが身内にいるってもんだから輪をかけてやり辛い。


 デニスの妻、マティルダはスキニージーンズとタイトなVネックシャツ、完璧なボディラインを余す事無く強調していた、年齢はダリアの1つ下。短めのブロンドを揺らしながらダリアと共にキッチンに立っている。



 狐色に焼き上げられたポテトケーキ、馬鹿でかいボウルに盛られたフレッシュサラダ、オニオンスープ、豚肉をカリッカリになるまでオーブンでローストしたメインディッシュ。それらを照らすテーブル中央のランプはダリアのお気に入りだ。


 夕食会は恙無く進行し、豊かな食事と共に和やかに話題が進んでゆく。ダリアとマティルダは近所付き合いの面倒臭さを語り合い、マイクとデニスは少し離れたテーブルで仕事や町内の出来事についてお互いビールのボトルを片手に盛り上がっていた。


 町内の出来事とは、ここ最近ポツポツ発生している失踪事件だ。ラグビー野郎の妹が消えたり、ダイナーのウェイトレスが消えたり、まぁどれも若い女が消える事件の話で、どうやら犯人の当りすらついていないそうだ。この異世界における警察組織の捜査力といったら凄まじいの一言、そんな中で未だに尻尾を掴ませない犯人とやらは相当出来る奴だ。是非お目にかかってご教授願いたい。


 すると面倒臭そうな話をデニスから振られた。マイクとデニスが座るテーブルには空のビール瓶が10本目に突入しようとしている。

「なぁカイル、マイクはお前が中々心の内を明かしてくれないと嘆いているぞ、マイクは頭ごなしに物を言う奴じゃない、もっとカイルから歩み寄ってやれ」


 デリカシーの欠片も無い話題にマイクはおいおいやめろとジェスチャーするが、デニスは構わず喋った。

「お前は地頭もいいし、運動も出来るんだろう、もう少しだけ周囲に明るくなればマイクもダリアも安心するぞ」

「スポーツはしないよ」

「嘘だな、お前の歩き方や振る舞いを見りゃ、素早く身をこなすのだろうと見当は付く」


 マイクが、へぇ、本当か?という表情で聞き入る。

「マイクはな、お前にはもっと窮屈に畏まらないで、もっと自由にこの家で過ごしてほしいと願っているんだ、確かに戸籍上は養子だが、マイクとダリア、俺とマティルダはお前を正真正銘の家族だと思ってる」

全く、おめでたいこった。


「デニスおじさん、俺は不器用かもしれないけど、マイクおじさんやダリアおばさんに感謝しているんだ、俺みたいな奴を息子のように扱ってくれて、こうして勝手を許してくれて、ここで暮らさせて貰ってる事にさ」

本当に都合の良い隠れ蓑を提供して貰って助かる。本当さ。


 マイクが俯きくぅ~っと眉間をつまむ。

「おぉーっ!よく言ったぞカイル!ホラ!お前も飲め!どうせもう酒もタバコもやってんだろ!俺もお前ぐらいの時にはマリファナにハマってた」

「じゃ、1本貰うよ」

プシュっとボトルの栓を捻った。


 それからは庭に張り出すデッキの上で3人が小さなテーブルを囲んで過ごした。マイクは飲みすぎたのか、足取りがやや不安定だ。時刻も佳境で別れの挨拶を済ませたデニス夫妻はマティルダが運転を代わって70年式ダッチ・チャージャーをぶん回して帰っていった。



 あぁ~、疲れた。思ってもいない事を喋ったり、適当に振舞うのは構わないけど、こうして血が足りない時にそれを強要されるとたまったもんじゃない。マイクはソファに横になっていて、ダリアは夕食会の後片付けに手を焼いている。


 デニス夫妻に予定を狂わされたが、修正する。一度エノーラの家に寄ってから殺しに出掛けよう。自室の本棚からマットブラックのナイフを取り出し、手の平にズブブと沈めた。


「ダリアおばさん、エノーラの家に行って来る、朝帰りにはならないから」

「もぅ、仕方ないわね、向こうの家の人に迷惑かけちゃダメよ」

ダリアは俺の数少ない他人との繋がりを邪魔したくないのか、すんなり承諾してくれた。


 車のキーを一指し指でクルクル回し、パシッと握って止めた。さぁて、今晩は何人切りしてやろうか。これから始まる時間に期待が膨らみ、笑みがこぼれてしまうのだった。


 バックミラーに映る少年の瞳は翠に、白目のある所は黒く黒く染まっていた。




同時連載中の爽やか自転車小説「双子のディープリム」もよろしくね!

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