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32回目の転生  作者: NAO
血の転生者
11/32

#11「甘い匂い」



 血祭りベースボールスタジアムと化していた丘陵は初めから何もなかったように綺麗さっぱり片付き。いい加減に夜も更け始めたのだろう、北東には紺色のグラデーションが明るみを帯び始めていた。真夜中を彩っていた星々のブラシペイントショーはお仕舞いで、同時に今日の始まりを告げている。


 感動の再開もそこそこに、白地に赤い血飛沫模様のケンタウロス、シータはその姿のまま外周を警戒する為、複合弓ゴーントリトと心神喪失したミリアを携え、奇蹄目特有の心地よいリズムを刻み砦街外周へ駆けて行った。


 あんな、悪目立ちする外観で警戒行動なんて成り立つのかと疑問を偶に感じるが。大抵、相手がシータを目撃するより、先にシータが相手を見つけるから存外問題ないのだ。視程外戦闘が常となる騎兵族の戦闘とは”相手より先に見つけ、相手より先に射る"……ここに尽きてしまう。


 その騎兵族の才子たるシータは、その辺の現地人に見つかるなどというヘマは決してしない。シータが相手を発見するより先に、シータを見つけるような奴がいれば、そいつは間違いなく追跡者だろう。


 そんな彼へ別れ際にあるお願いをした。


「なぁシータ、始めに言うけどアルタイルはまだまだここには来ないだろう」

「なーんだよーぅ、ちぇー」


「それより先にダハーカという翼竜が街へ接近する筈だ、俺がダハーカの餌となる蛇竜共を一掃したからな」

「ふーん、へー」


 ほんの少しでも興味に欠けると、シータは一気に集中力を欠く…。前足の蹄でガリガリと地面をほじくっている、が、構わず俺は続けた。


「だから、街へ接近する翼竜を見つけたら反射眼を砦街へ向けて俺へ合図しろ」


 女神様からのプレゼントである欠陥対空Xバンドレーダーは、騎兵族が持つ反射眼の性能とは比べるもおこがましい程の粗製だ、だが同じ帯域の電波を扱える。高度な信号はともかく、予め打ち合わせた間隔で反射眼を照射してくれれば簡単なメッセージになるのだ。


「その翼竜、射っちゃダメ?」

「ダメだ」


 それをやられたら砦街でのフェスティバルは台無しだ。ダハーカがどんな程度か知らんが、シータなら恐らく一射で仕留めるだろう。今の今まで行き当たりばったりだけど、上手い具合に思い付き任せのフェスティバルは近付いている。


「どーして?」

「おたのしみだよ、今ここにいる俺とシータ。この異世界1番乗り組みだけのご馳走パーティだ、期待していろよ」


「ぼく、おっぱい以外いらないよ?」


 シータは真顔で俺に目を合わせ、当然のようにこういう事を言ってくれるから楽しい。


「心配するな、ちゃんとお前にもおいしいフェスティバルになる」

「ふーん、ならいいけど、カイトがこういう事を言う時って大体いつもカイトばかりが楽しんでるんじゃないか」


 痛い所を突かれた、思えばシータの言う通りだ。

 これも俺の悪いクセで、直そうにも直せないでいる。


「うーわ、そぉの顔、やっぱり自分だけ楽しむような事なんじゃないか」


 どうにか、どうにかシータを話しに乗せたい……そうだ。


「このフェスティバルがちゃんと始まれば、アンプルール先生に会える日が早くなるぞ」


 どうだ、シータはアンプルールと仲が良い、血の使者同士で仲が良かったりするのは珍しい。お互い協力関係なのは当たり前だが、それぞれ個人的に懇意にする事はあまり多くないのだ。俺が計画しているフェスティバルはシータに協力して貰わないと面倒が増える。それは困るのだ、これで乗れ! 来い!


「………ほんと?」

「あぁ、ほんとさ、俺がシータに嘘をついた事があったか?」

「ぼくが放った矢より多いよ」


 きっと事実だろう、そんな自信がある。


「今言った事は本当さ、それにこの異世界で新しいリリーヤという使者が出来たんだ」


 シータは新たな使者と聞いても興味を示さない、大概の奴らは増えても、いつの間にか追跡者に始末されているからだ。


「そこのミリアっていう女の子の3倍は胸おっきいぞ、リリーヤは」

「ほんとおおおおおおお!!」


 改めて理解した、やはりコイツはおっぱいの事しか考えていない。


「というわけだシータ、頼みを聞いてくれないか」

「ふーんだ、いいよ、やってあげるけどさ、ぼくから条件があるよ。ちゃんと落ち着いたらリリーヤさんに会わせてよね」



 という約束事を彼とした、だがなシータ、リリーヤはお前にはくれてやらない。シータの影が地平線へ消えるのを眺めると、いつの間にか太陽が顔を出しつつあった。ツンと刺すような日光が遠慮なく俺の目を刺激しやがる。


 朝陽は苦手だ、なんだか派手なサラダを見せられたようでフレッシュすぎるんだよ。かといって真夜中もさして好みというわけではない、俺の独壇場だが暗いばかりで単調すぎるのだ。そんな俺が最も気分を高揚させるのは夕方だ、夕陽は美しい。単なる太陽の幕引きだが、それはこれから俺の時間が始まる事を意味している。そんな今まで何度も振り返った内容を考えつつ、不必要にフレッシュすぎる朝陽に背を向けて俺は砦街への帰路を辿るのだった。


 宿に着き、階段へ続くドアを開け、階段を登り、2階の廊下を渡ってドアの前へ立つと中から彼女の気配と衣擦れの音がする、その物音はどうやらそわそわしていて。ベッドに座ったり、はたまた椅子に座ったり落ち着きがない。


 俺はドアに背をもたれさせ、どうする訳でもなく、ただ中の様子を想像する。身体感覚を通せばすぐに自分の目で見たかのように分かるものだが、そんな無粋なマネはしない。必要迫られなきゃコントロールもジャックも覗き見も俺はしないのさ。


 ドアを開けるタイミングを失ってしまい、数分と経っただろうか。俺の背を押しのけるようにドアがぐんと開き、白く美しい手に俺の二の腕をひっ掴まれた。もうじれったい、と忍耐の緒が切れたような勢いで俺を部屋へ引きずり込む。


 ドアの境界から、一晩室内に充満していた彼女の香りがふわりと身体を包んだ。それは香料ともハーブとも表現出来ない……リリーヤの体匂としか言いようが無い。鼻腔を通して肺から脳まで、一気に通り抜けるこの甘いカラメルのように纏わりつく匂い…。あぁ、駄目だ、ぼぉっとしてしまう。


「心配、したんだから……私、怒っているんだから……」


 強張った顔も右目の端でわずかにたまった涙の雫で形無し。


「北洋保の2人がここに来て、いろいろ聞かれて……あなたが危ないことをしているって……だから、だからあなたの事が心配で……」


 ワンピースの腰周りを両手でキッと握り、リリーヤは俺を叱る文句をどうにかと綴る。だけど、その努力は空回りのようで、これっぽっちの迫力も無い。


「カイト……もう、いなくならないで……」


 彼女は俺より頭一つ背が高い。そんな彼女が両膝を床につき、俺の腰に両腕を回して背中で握って離さないようにとしがみついていた。リリーヤの甘い体匂がむんと匂い立つ、それはやがて俺の思考を奪いはじめた…。


 北洋保の2人にしがみついてでもと言われたのを本気にしているのだろうか。今、リリーヤの幻想の中にいるカイトなら、なんて声を掛けるだろうか。


 何故、俺はリリーヤの幻想ごっこに付き合っているのだろうか。葛藤にもならない自問を放り投げ、リリーヤの肩を掴み、今から彼女を抱こうとした。今朝はクソみたいな朝陽だから、生乾きのセックスで埋め合わせようとした。


 が、途端に瞼が重くなる。


 体中に鉛を縛り付けたような倦怠感、眠気なのか……。寝ようと思わなければ睡眠はほぼ不要なこの身体なのに、何故……。


 あぁ、俺も久しぶりに変質を重ねるのか……。違う、違う、これは違う、変質の気配じゃない……。こんなのは、違う、駄目だ……判断……出来ない……。


 ただ、ただ、リリーヤのカラメルのような体匂だけに頭を支配されるばかり。時間の感覚が、パン生地のように伸びて、捻れて、曖昧にな…る。



 どれぐらい…時間が経ったのだろうか、体の感覚が徐々に戻ってきた……俺は倒れたのか? この俺が? ふと、背中や足に肌触りの良いシーツのような質感が肌を撫でている事に気づいた。


 そして、温かい。しっとりと絹のような柔肌が、横に寝かされている俺の全身を覆っていた。そのリリーヤの肌からは、止め処なく甘く熱い体温が与えられ続けている……。


 甘い匂いが充満した室内で、俺は全裸でベッドに寝かされ。リリーヤは一糸纏わぬ姿で、全身を使って俺をなぞり。唇を唇ではんでは舌を入れられ。合間合間には首を噛まれる……血を吸われているようだが心地良い。


 彼女の柔らかくハチミツにまみれたような全身の愛撫を絶え間なく続けられている。体は相変わらずピクリとも動かない程重いが、反比例して感覚は鋭敏になっていた。室内の空気がすんと肌に触れるだけで、跳ね上がりそうになる程。


 あぁ……リリーヤは、血力か何かが変質して毒ガス兵器になったのか……。こんなの、常人じゃ匂いを嗅いだだけで昏倒しちまうんじゃないだろうか、こんなの……。リリーヤ……お前……今までの使者の中で一番手の付けようが無いんじゃないかな……。


「もう、勝手にどこかにいかないで」

「いやだね」


 リリーヤの乳房の谷にやわりと顔を包まれる、人の顔を挟んでもなお余る柔肉の谷。その谷底には吹き溜まりのように濃密な体匂が待っていた。


 血の力で抵抗しようとすれば出来たかもしれない…。

 だけど、そうはせず。今はリリーヤの気が済むまで、俺は全てを任せっきりにした…。


 カイト……かぁいと……ねぇ……かいと…。

 ずぅーっと、ずぅーっと一緒よ…そう約束したんだから……。

 そう、耳元で囁かれ続けた。


 誰だコイツ。



同時連載中の爽やか自転車小説「双子のディープリム」もよろしくね!

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