第3話 実験
「どういう…ことですか」
総司は驚きを隠せなかった。
目の前の医師が冗談を言っているようには見えない。
「そのままの意味だ。君は既に死んでいる」
風間は落ち着き払った態度を崩さない。
「…私があの事故の現場に着いたときに、君はすでに死んでいた。もっというと君も含めた全員が死んでいた。…たまたま君の遺体が最も状態が良かったんだ」
総司には訳がわからなかった。
一体何を言ってるんだ、この男は。
風間は更に続ける。
「私は医師でもあるが…同時に研究者、科学者でもあるんだ。遺体となった君に施したのは医療技術だけでは無い」
「俺の体に…何をしたんですか…!」
総司は得体の知れない不安と、怒りの入り混じった声をあげた。
「…君の体は、もはや1つの兵器だ」
次の瞬間、風間は手にしたボールペンを総司の右眼に振りおろした。
「…っ‼︎」
だが総司の右眼が抉られることは無かった。
ボールペンの先端が右眼を抉るより早く、総司は風間の腕を握っていた。
全くの無意識。反射的な行動だった。
「ぐっ…!」
風間が苦痛の声をあげる。
総司はハッとして力を緩めた。
風間はボールペンを落とし、腕にはくっきりとアザができている。
「…これが今の君の素の力だ。その気になればそこの壁を砕くことも出来るだろう」
風間が腕をさすりながら呟く。
「だがコレだけでは無い。君の身体能力の強化は、あくまで武装に耐えるためのものだ」
「…武装?」
風間は腕のアザを一瞥して総司に向き直った。
「特別な部屋がある。そこに案内しよう」
風間に促され、総司はベッドから立ち上がった。
病室を出ると廊下の窓から日の光が差し込んでいた。
久しぶりに浴びる日光に目を細める。
風間の後ろをついて行く。ここは病院の1階らしい。
先程までいた病室は薄暗かったが、こうして歩いてみると普通の病院らしい。
そんな印象を受けていた。
「部屋は地下にある」
風間がドアを開けると、そこには地下に続くであろう階段が伸びていた。
階段は廊下と違いひどく薄暗く、不気味だった。
風間はそのまま進んで行くので総司も後に続く。
しばらく進むと、今度は近代的なドアがあった。
何か機械が取り付けてあり、厳重なロックが掛けられているのがわかる。
風間が機械を操作すると、ロックが解除されてドアが開いた。
「ここは何の部屋なんですか」
総司は疑問を口にする。
「ここは実験用の部屋だ。主に試作品の性能確認の為に使っている」
「性能確認…」
「ところで、君の体に仕込んだ物についてまだ説明していなかったね」
それは総司が最も疑問に思っていたことだ。
風間が続ける。
「ナノマシンという言葉を聞いたことがあるかい」
ナノマシン。その言葉自体は総司も知っている。
「はい。ただごく小さな機械ということぐらいしか知りませんが」
「君の体には、そのナノマシンが入っている。私の製作したものだ」
にわかには信じられなかったが、風間に襲われた際の自分の行動思い出す。
信じざるを得なかった。
「更に君の頭部に極小の制御チップを埋め込んである。君の防衛本能を察知して、先程の様な自己防衛もできるし、負傷したとしてもナノマシンには生体回復機能もある。そして体調管理はもちろん、殆どの毒物は解毒可能だ」
以前よりも体調が優れていると感じたのは、気のせいではなかったらしい。
「そして君の意思にも反応する」
「意思…ですか」
「あぁ。例えば君が意図的に戦おうとした場合、筋力やその他の身体能力が強化される。そしてこの機能には更に上の段階がある」
上の段階。総司にはある程度の予想がついた。
「それが…武装ですか」
風間は中指で眼鏡をあげる。
「その通りだ。君が相手に対して強烈な闘争心を持った時に、ナノマシンが反応して活性化。外骨格を形成し、身体能力、処理能力が飛躍的に上昇する」
そう言うと風間は白衣の内側から操作パネルの様なものを取り出した。
「それを今から試す」
「試すって…どうやって」
風間が機械を操作する。
「実際に戦ってもらうしかあるまい」
「…!」
重たい金属音。
何かが近づいて来るのがわかった。
「これは…!」
それは人の形をしていた。
だがあまりにも大きい。3メートルはあるであろう巨体。
その外見と音から、金属で作られていることは想像できた。
風間が再びパネルを操作する。
「これより実験を開始する」