第1話 目醒め
日の当たらない、暗い部屋だった。
ベッドの上には数多のチューブが繋がれた患者が横たわっている。
聞こえるのは無機質な機械音。
ガチャリとドアが開く。白衣の男が入ってきた。
患者を見下ろし機械を一瞥して、手にしたファイルに何かを書き込む。
眼鏡の奥の瞳に光はない。痩せて生気の薄い顔は、暗い部屋では不気味に映る。
再び患者を見下ろす。
数値に異常はない。そろそろ目が醒めるだろう。
長年、医師兼研究者であった男はそう考えた。
そして予想は当たった。
患者の指がピクッと動いた。
そしてゆっくりと瞼が開く。
「喋れるかい」
男が問いかける。
患者は暫くかけて口を開き
「ここは…」
と尋ねた。
「ここは病院だ。医者は私だけだがね」
男はベッド脇の丸椅子に腰掛けた。
「記憶はあるかい」
男が尋ねる。
「…記憶…」
患者はうわ言のように呟く。
直後に目を見開き、身体を強ばらせた。
「…覚えているようだね」
患者はワナワナと震えた。
「生き残ったのは…俺だけですか…」
声を震わせながら患者が問う。
「…あぁ。そうだ」
患者はゆっくりと目を閉じ、静かに涙を流した。
「しかし、君もまだ油断ならない状態だ。ゆっくり体を休ませたまえ。弔いは、そらからでも遅くない」
男は席を立った。
患者のすすり泣く声を背に、男は病室を後にした 。
自分だけが、生き残った。
大切な人を、死なせてしまった。
少年は自分を責めた。生きている喜びは微塵もない。
なぜ、なぜ自分なんだ。
なぜ彼女が助からなかったんだ。
繋いだ手の感触を思い出す。
事故の瞬間の記憶は曖昧だ。
だがあの手の感触は。
守ろうとしたあの感触は、鮮明に残っていた。
情けなさに怒りが湧く。
不甲斐なさに虫酸が走る。
体に自然と力が入る。
どうしようもない怒り。悲しみ。悔しさ。
少年は呻いた。低く、悔しさを滲ませながら呻いた。
普通の人間ならこの時点で体の違和感に気付くだろう。
だが少年は負の感情に支配されていたが故に気づかない。
少年が力を込めたことで繋がれていたチューブはひきぬけ、握ったシーツをベッドの表面ごと引きちぎった。
少年は気づいていなかった。
自分の肉体が、最早かつての自分の肉体ではないことを。