第2話 やくざっていっても張り合いないわね
「相沢流格闘術【衝拳】」
突き出される拳。
吹き飛ぶヤクザ。
もはや目で追うことの適わない速さで
少女は次々に男を投げ飛ばしていく。
「次ッ!!」
大の男を軽々投げ、
数十人の相手に全く憶することなく立ち向かう少女のその陰で、
彼女、大沢晴子は確信する。
あ、これ、夢だ……あははは
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事件から7日後の午前10時
桃林高校の体育館では、
保護者を対象とした説明会が行われていた。
その場には、無事退院したスミレの姿もあった。
壇上で話すのは、
桃林高校の校長。
長々と現状説明を続けるも、
しびれを切らした一部の保護者が壇上に詰め寄り、
一時中断となったそんな頃。
スミレもまたしびれを切らしていた。
あれから、
母の研究室は事件解明のため、
いろいろな測定機器などを現場に運び込んで調査を開始していた。
父もまた、準備があると家を空けていた。
そう、スミレだけがまだ何もできていなかった。
もっともただの中学生のスミレに何ができるわけでもないのだが。
「この学校はいったいどうなってんだぁ!?
てめぇちょっとツラかせ、ああ?」
「おい、ジッとしとけ
おやっさんにドヤされっぞッ」
悩みながら随分と歩いたのだろう。
スミレは体育館から下駄箱の近くまで来ていたようだ。
そこで学校関係者と思われる女性(おそらく先生)が、
黒いスーツを着崩した男にやんわり言って恐喝されていた。
「元さん、自分もう限界ですわ
こいつら全員シメましょう」
「ひッ」
「ったく
めんどう増やすんじゃねぇーよ
ここは一応隼人坊ちゃんの学校だぞ」
「ッチ
こんなしみったれた学校……
ぺッ」
男が地面へ向けて唾を吐き捨てる。
まわりに何人か人がいたが、誰も何も言わなかった。
ただ一人、彼女を除いて。
「ちょっと、
お兄ちゃんの学校を汚さないでくれる?」
「あ」
それは誰のつぶやきだったのだろうか
男たちのものかもしれないし、
見ている誰かのものかもしれない。
あたりがしんっと静まり返る。
数人の男たちが一斉にスミレを向く。
スミレもまた男たちを凝視する。
誰も動かない、動けない状況で――
「ご、ごごご、ごめんなさい
ごめんなさいごめんなさいごめんなさい」
スミレと男たちの間に割って入る少女がひとり。
ひたすら地面を見たまま謝り続けている少女がスミレの手を掴んだ。
少女は無理やりスミレを連れ、
その場から離れようとしたが、それは既に遅かった。
「待てよ
おい、こら」
駆け足気味にやってきた男が、
謝り続けている少女の手を掴み上げた。
少女に掴まれ続けていたスミレもまた、立ち止まることになる。
震えている少女は目に涙を浮かべながら顔を上げるが、
そこには彼女の予想とは別の景色が映っていた。
「え?」
どさっ。
少女の前に崩れ落ちる男。
呆然とする少女。
唖然とする他の男たち。
「ッチ
張り合いないわね」
********
「う、うそ!?」
少女のつぶやきは小さすぎて誰の耳にも届かない。
スミレの言葉で本格的にキレてしまった男たち。
「やんのか?ああ?」
「松浦組なめんじゃねぞ!!」
「こんガキッ!」
あれよあれよという間に、
数人の黒服が数十人となった。
松浦組――
ナツキと同じクラスの松浦隼人の実家が
世間でいうところのそういう職種の一家。
つまるところ、ヤクザである。
おそらく近くに待機していたのであろう組員が
誰の合図か、集まってこの状況となった。
地べたに座り込む少女は、
もう何が何だが理解が追いついていない。
「相沢流格闘術【衝拳】」
突き出される拳。
吹き飛ぶヤクザ。
ヒトがゆうに5mくらい飛んで行く。
気が付けば、それは始まっていた。
よくわからない流派の技を大声で叫びながらスミレは黒服をぶっ飛ばしていく。
数人がかりで抑え込もうとするも、
誰もスミレに指一本触れられない。
「下がれ、俺がヤる」
明らかに他の黒服よりも一回り大きい男が歩み出た。
腰を落とし、低姿勢でのフルスイング。
右の拳がスミレを捉えるが――
「なに!?」
スミレはそれを左の掌で上手く流し、
鳩尾に衝拳を叩き込む。
一撃でまたも男が沈んだ。
「次ッ!!」
大の男を軽々投げ、投げ飛ばし、
数十人の相手に全く憶することなく立ち向かうスミレのその陰で、
少女、大沢晴子は確信する。
あ、これ、夢だ……あははは
……夢なら早く覚めてください
しかし、残念ながらそれが叶うことはなかった。
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「ほんと張り合いのない連中ね
でもお兄ちゃんの言ってたことは正しかった!」
スミレがまだ中学1年だったころ、
兄のナツキがスミレに一冊のノートを見せてこう言ったそうなぁ~
『このノートには、代々受け継がれている相沢家の秘術が書かれている。
スミレもその時が来たらこれを読みなさい
そうすれば真の力に目覚めることができるはずだから』
思春期特有の病故の発言。
ノートはコンビニに行けば売っているような普通のノート。
そんなものに代々受け継がれているような秘術が書いてあるはずもないのは
少し考えればわかりそうなものだが、
スミレにとって兄が黒いといえば、ポストだって黒いのだ。
「ありがとうお兄ちゃん」
「あ、あのーー」
「この力でお兄ちゃんを見つけてみせるから」
「えっとーー」
「待っててお兄ちゃん!」
「………………相沢さん!」
「ん?
ああ、いたのね」
「居たよ!
ホントは居たくなかったけどずっと居たよ」
「えっと……
ああ、思い出した
お兄ちゃんの友達の妹さん?」
「そうだよ!
そうだけど違うよ!
一年の時、同じクラスだった大沢晴子だよ
っあ
えっと……ごめんな――」
「覚えているわ
私がいじめられている時、
男子に1回、女子に3回
いじめをやめるようにお願いしていた
でも結局男子に『お前もいじめるぞ』って言われて何もできなかった大沢晴子さんでしょ?」
「ッ!!
ご、ごめんな――」
「謝らなくていいわ
あれは、いじめさせていた時期だったしね」
「え?」
「かよわい妹でお兄ちゃんに心配してもらう大作戦は
ちょっと想定外のことが立て続けに起きて失敗したけど
それ以上に得るモノも大きかった作戦だったからね
うんうん」
「え?あの、それどういう」
「懐かしいわね~」
付近には黒服が数十人転がっている異様な光景。
来る人来る人がギョッとした顏向けている。
そんなことお構いなしにスミレは、
何やら勝手に呟きながら校舎へと入っていく。
「ちょっ
ちょっと待って」
慌ててスミレの後を追う晴子。
これが大沢晴子にとって運命の出会いであることを本人はまだ、知らない。
**************
アメリカ合衆国
ルイジアナ州
レーザー干渉型重力波観測所、通称LIGO
名前の通り、ここは重力波に関する研究施設である。
その施設の所長室をとある研究員が訪ねていた。
「所長、報告したいことがありまして」
「なんだね
長くなりそうなら明日にしてくれないか
きっと妻が夕食を用意しているころだろうからね」
時刻は19時を過ぎたあたり。
半数近くの研究員は帰宅しているそんな時間帯。
「所長、これを見てくださいよ
おかしいんです
ここ!」
研究員が持ってきたのは、
重力波の観測データ。
縦軸を重力波による変動幅、
横軸を時間としているそれを指さして訴えていた。
「7月16日の夜10時頃
計器が振り切れているんです
とてつもない重力波が観測されているんですよ
大発見です!」
「……
はぁ~~~」
「えっ?
なんですか?」
「君はまだ配属されて間もなかったね」
「は、はい」
「いいかい?
数年前に観測された超新星爆発が引き起こす重力波の変動幅でさえ、
観測できるのがやっとなぐらい極微少量なんだよ。
それがなに!?計器が振り切れた?
一度よく考えてくれたまえ
君が言っているのは、
太陽が爆発したとか、
月が消えたとか、
そういうレベルの話なんだよ」
「じゃぁこれは……」
「よくあるんだよ
おそらく計器の不具合さ
またメンテナンスをしなくちゃな
ただでさえ予算が厳しいのに」
「で、でも同じ日にブラジルで地震が……」
「あのね、君
地震なんてもんはね、
小さいものを含めれば地球の至る所でそれこそ毎秒起きているんだよ
それにもしこれが本当なら地震どころじゃない
今頃北アメリカ大陸が真っ二つになってるよ、ほんと」
「は、はぁ」
「頑張るのはいいけどね
気を引き締めすぎるのも良くないよ、新人君
それじゃ私はこれで」
そう言って所長は部屋を後にする。
残された研究員は、それでも観測データを見ながら呟く。
「計器の故障なんかじゃないと思うんだけどなぁ~」
その研究員――リチャードはもう一度データを見直し始めた。
お読みいただきありがとうございます。
連載間隔ですが、
のんびりとやろうかなと思っています。
気長にお待ちいただければ幸いです。
今後ともよろしくお願いします
今日も晴れ