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第1話 家族ってやっぱりいいわね

 

 さかのぼること3日、

 つまり事件の2日後のことである。


 京都市内の京都中央大学病院の一室で、

 とある少女が意識を取り戻した。


「お、に……ぃちゃん」


 ベッドに寝かされている少女のうめき声は、

 静かな病室内に響く。

 ガタガタ、と音を立てながら椅子から立ち上がるのは彼女の母――相沢恵。


「スミレ、スミレ!!」

「お母さん、落ち着きなさい」


 恵をいさめつつも自身も前のめりになっているのは彼女の父――相沢だいすけ。

 少女のまぶたがうっすらと開かれた。


「アナタ、先生を」

「あ、ああそうだな

 今すぐ呼んでくる」


 走り出した父は何度か躓きながらも扉にたどり着き,

 引き戸を思いっきり押す。


「あ、開かない、だと!?」

「お父さん、そこは引いて」

「あ、ああ、そうか」


 ドタドタッ、と父が駆けだした。

 そもそもベッド脇にナースコールがあるのだが,

 二人の頭から抜けていたようだ。


 そんな光景をぼんやりと眺める少女。

 そんな少女を抱きしめ、目元を光らせる母。


「お、母さん?

 あれ?ここは……どこ?」


 鮮明になりつつある意識が彼女に思い出させた。

 意識を失う直前の出来事を。


 *********


 2030年7月17日水曜日


 その日は何か特別な日だったわけではない。

 日々の中の普通の日。

 だが、相沢スミレにとってその日は特別な日となる。

 “彼女”の始まりの日と――





「ナツキーー」

「お兄ちゃんならもう行ったよ」


 リビングから聞こえる母の声に、

 スミレは自室から答えた。


 朝8時。

 いつもならもう中学校へ向かっているはずのスミレは、

 今朝、初めてリビングへ向かった。


 着替えていないスミレを見て

 母、恵は尋ねる。


「あれ?

 今日だっけ!?」

「うん、なんとか授業研修で私のクラスは午後から」


 教育委員会主催の若手教師対象の研究会

 その関係ですみれのクラスは午後からの授業となっていた。


「ん~~、おいしい~~」

 テーブルの上のさくらんぼを頬張りながら、スミレは尋ねた。


「そういえば、お兄ちゃんがどうしたの?」


「それがね

 お弁当忘れたみたいで」


 母の手には、兄のお弁当が。

 そそっかしい兄がお弁当を忘れていったのだろう。


「なら私が持ってく

 学校行く前に寄ってくよ」


「あら、そう

 今日は実験が入ってて急いでたから助かるわ

 じゃ、お願いね」


 朝食を終え、

 朝のスミレの日課、お兄ちゃん日記(・・・・・・・)を書き終えたスミレは時計を見る。

 もうすぐ11時になろうかという時刻。


 兄の高校へ寄るために、

 スミレは少し早めに自宅を出た。


 兄の高校はバスと電車を乗り継いで1時間くらい。

 京都府立桃林高校


 その第2学年にスミレの兄――相沢ナツキは在籍している。


 電車を降り、

 坂道を上がり、踏切を超えて、

 学校へたどり着いた。


 事務で理由を話し、授業中の兄のクラスへ。

 あと数分で休み時間。

 扉から中をうかがうスミレ。

 チャイムが鳴れば、

 このお弁当を渡すため兄のもとへ――


 きっとめてくれるかな~

 そんなことを考えながらスミレは数分を待った。





「え?」






 突如教室の中央が

 まばゆい光を発する。

 それは教室全体を包み込み――


 白光でスミレの視界は奪われた。


「ッッ――」


 スミレはとっさに扉を開けた。

 兄の気配が急激に遠ざかるのを感じて――


 扉から漏れ出した光がスミレを突く。


 一瞬の出来事。


 その刹那、


 スミレは吹き飛び、

 廊下の壁にたたきつけられる。


「ぐッ」


 くぐもったうめき声を漏らしながら、

 前のめりに倒れた。


 薄れゆく視界で

 それでもスミレは確かに視た。


 宙を舞う幾何学模様。

 漂う光の粒子。

 歪んだ教室。


 そして――


 兄、相沢ナツキの消えゆく姿を。


「お     にぃ  ちゃ     ん」


 スミレの意識はそこで途切れることとなる。


 これが、のちに世間をにぎわせ、

 後世から時代の転換点・・・といわれることとなる

 桃林高校2年2組集団失踪事件

 またの名を“異世界集団転移事件”である。



 ***********


 父に呼ばれた医師は、

 父とは対照的に落ち着いていて、

 ゆっくりと病室に入ってくる。

 その後、

 看護師さんやら何かの機器やらがやってきて

 スミレの診察が始まった。

 といっても、それはものの数分で終わった。


「もう大丈夫でしょう

 今日は安静にしてください

 明日の検査で異常がなければ、

 明後日には退院できますよ

 それではお大事に」


 スミレを診察した医師は来た時と同じようにゆっくりとした足取りでを退出していった。


「よかったわ」

「ああ、本当に……

 一時はどうなることかと思ったよ」


 母と父が口々にスミレの無事を喜んだ。

 一方スミレは、難しい顔をしたまま、口を開く。


「ねぇ……

 お、お兄ちゃんは?」


 父も母も押し黙った。


「お兄ちゃんは――」


 茫然自失とするスミレに父は決意をして尋ねる。


「スミレ、

 ナツキは行方不明だ。

 今はどこにいるかわからないけど

 警察が探してくれている。

 だからスミレ、警察の人にお話ししてほしいんだ。

 あの日、何があったのかを」


 遅かれ早かれスミレの回復は警察に連絡が入る。

 いやもうこちらに向かっていることだろう。


 現状、唯一の手掛かりであるスミレの話を聞くために。



 *************



 警察の捜索は難航を極めた。

 学校周辺の聞き込みに始まり、

 各生徒のスマートフォンの使用状況、

 学校の監視カメラ、

 各交通機関の履歴などなど。


 これだけ調べても何ら手掛かり一つ掴めない。

 ただ、事実として高校の一クラス20人が忽然と姿を消した



 刺激に飢えていた世の中は、

 これを大々的に報道し、

 情報系の番組からバラエティー

 週刊誌やネットの掲示板、

 おばさんたちの井戸端会議に至るまで

 この話題で持ちきりとなった。


 事件2日後の昼過ぎ

 意識を取り戻したスミレの事情聴取がすぐに始まった。

 しかし、結果として事件は進展しなかった。

 スミレの話は、

 あまりにも骨董無形で警察は聞く耳を持たなかった。

 その場に臨席していた精神科医の言葉もあり、

 スミレの話は、強いショックによる記憶の混濁として処理されることとなる。


 スミレが必死に訴えれば訴えるほど、

 大人たちは可哀想な目をスミレに向けた。


 さらに3日が経過した。

 事件から5日後の昼下がり。


 依然、スミレは入院中である。

 警察が重要人物として“保護”しやすいように、

 スミレの精神面を考慮して、

 いくつかの理由があって未だ退院できていなかった。


 その日も警察による事情聴取が行われた。

 同じような問答だけ繰り返し、

 警察が帰っていく。


 警察のいなくなった病室で

 両のてのひらを固く握りしめながらスミレは呟いた。


「知っていることはすべて話したのに……」


 キッと唇を噛み、

 握った拳にさらに力を入れる。


 ――あれじゃ、らちが明かない。

 お兄ちゃん、どこにいるの?


 少女――相沢スミレは失踪した兄を思い浮かべ、決意する。


 私が探し出す、

 絶対に、

 どんな手を使っても……

 絶対に!!



 スミレの瞳が未だかつてないほどに冷たい色を帯びたことに、

 母、恵もまた覚悟を決めた。


 それをそばにいた父も感じ取る。



「スミレ、

 ナツキのいなくなった話をもう一度話して」


「ッ!

 だからっ ッ」


 スミレの話した内容は当然母も知っているはず。

 それを再び聞こうとしたことに苛立ちを覚え、

 声を荒げたスミレは、

 しかし、その直後、息を呑んだ。


 スミレの目の前にはいつもの優しい母の姿はなかった。


「スミレ、

 話しなさい」


 感情の一切合切が抜け落ちた瞳が、スミレに問う。


「は、はい」


 素直に、家を出た直後から意識を失うまで、

 スミレは丁寧に話した。


 そして話がおわり、

 沈黙が訪れる。




 長い長い…………沈黙。


 母はしゃべらず、

 何かを考えていた。

 父もそんな母を見守ったまま動かない。


 やがて恵はその沈黙を破った。


「現象が起きた。

 そこには理論が存在する。

 ……いいわ。

 うん、うん。いいでしょう。

 私が解明する!

 どこの誰だか知らないけど相手が悪かったわね

 私を本気にさせたこと、後悔しなさい」


 言い切る母に唖然とするスミレ。


「で、でもどうやって――」


「スミレ、

 私を誰だと思っているの?

 あんたとナツキの母親よ」


 不敵な笑みを浮かべた母は断言する。

 ああ、この人は昔からこういう人だったな。

 懐かしさと嬉しさと頼もしさがごっちゃになってスミレの頬を緩める。


「ふふっ

 そだね。

 お母さんは、私とお兄ちゃんのお母さんで、

 そして、世界一の物理学(・・・)の天才!」


「そう、その通り!」


 思わず笑みがこぼれる。

 ああ、間違いなくお母さんだ。


 既に母の頭は高速で何かを考え始めていることだろう。

 いくつかの大学を飛び級で卒業し、

 20代半ばで国立京都中央大学の教授となり、

 数年で世界有数の研究室(ラボ)を築き上げた張本人


「あなた、何とかできる?」


 母はタブレットを弄りながら

 父のほうを見ずに尋ねる。


「仕方ないな

 どうあってもやるんだろ?」


「当然!」


「親父にあたま下げてくるよ

 可愛い娘と息子のためなら土下座なんて安いものさ

 警察に頼み込んでお母さんの研究室が協力するような形でいいかい?」


 父の中ではすでに土下座が確定していた。

 相沢だいすけの父、スミレの祖父にあたる人物は、

 世界有数の大企業――豊川グループの社長であった。

 愛知県を本拠地として

 自動車産業を中核に手広く、どんな産業にも参入しており、

 最近では、宇宙産業や海底産業にも参入したことで有名な会社である。


 豊川グループの社長になることを嫌った父が、

 豊川の性を捨てて、相沢家に婿入りしたため

 祖父と父の中は、良くないというより悪い。


「待っててお兄ちゃん

 すぐに行くから!」



 *****


 どこかの病院の一室で

 とある家族が決意を固めていたころ――


 東京都某所――

 警察庁警備局

 同じような扉の並んだフロアの最奥。

 その小さな一室。


「例の事件への対応、

 どうしますか局長」


「どうもこうもない

 京都府警は?」


「まだ何も

 おそらくはこのまま気が付かないかと思いますが」


「だが、万が一がある。

 書類関係は偽装済みでも

 人間関係を調べられればボロが出かねん

 公安ウチのエージェントが集団失踪事件に

 2人も混じってたなんてことは

 外部にはおろか内部でさえも絶対に漏らせないからな」


「やはり事件と係わりが?」


「わからんな

 だが、2人ともかなり優秀と報告を受けている。

 コードネーム黒騎士(ブラックナイト)Cap(キャップ)だ」


「キャップ?帽子ですか?」


「いや違う。

 Captiveつまり“囚われの”という意味だ」


「ああ、じゃ彼女が例の“捕らわれ姫”ですか」


「そうだが、まぁそれはいい。

 あの2人なら何とかしてこちらに連絡を入れてくれるさ

 特にCap――山本は公安(ウチ)を絶対に裏切れないからな」





ご意見ご感想大歓迎です

次話もよろしくお願いします


今日も晴れ

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