北極星
日曜日、グレンは紅子と待ち合わせをしていた。
秋川社長のお墓参りをしてから、仕事の打合せを兼ねて、モンブラン栗林さんと三人で食事会だ。
二人は地下鉄で平岸霊園へ向かった。
グレンは日本式のお墓参りは勿論初めてだ。
墓石に水をかけたり、お線香に火をつけて墓石の前の受け皿に置く。日本酒やお供え物も、グレンには新鮮だった。
社長には感謝しても、しきれない。
あのまま、ス―パーのマネージャ―のままだったら、僕の魂は死んだだろう。
僕の事を良く知らないのに、信じてチャンスをくれた。
この会社でベストを尽くします。
いつまでも手を合わせているグレンを、紅子は見守っていた。
霊園の帰り際、紅子は言った。
「先代は、今までも、沢山手術してるのよ。だから、分かっていたのよね。最後にニュ―ヨ―ク支店に三ヶ月。そこで、グレン、貴方を見つけた。これは、大きな収穫だったはずよ。人を見る目は、下手くそな英会話でも、充分だったのよ。それは、判るの」
「どこで、判る?」
「貴方の瞳よ。いつも、真剣ね」
「そうかな、自分は判らない」
紅子はグレンを『内面も良さそう』と見た。
だが、先日のホモショックから立ち直れてなかった。最近、そっち方面の相手に惹かれる事が多くなった。
私もプレイガ―ル卒業だわ。
ふと、考え込む紅子をグレンは誤解した。
「何を考えますか?僕とたいくつ?」
「違うのよ。でもね、いつも、パワ―全開って訳ではないの。」
グレンは山田課長に
「紅子はヤバイぞ」
とアドバイスを受けていた。それほど気にも止めてはいなかったが。
中島公園寄りのホテルレストランで、モンブラン栗林に会った。
彼女は40才そこそこの、見た目平凡な女性だった。
モンブラン、というくらいだからフランス人かなと、グレンは想像していた。
「まぁ、ハンサムねぇ、素敵だわぁ。お友だちになりましょう、グレンさん。お料理のこと、何でも聞いて。今度、家にいらして。ワタクシ、独身ですの、お恥ずかしい」
モンブラン栗林は、グレンに一目惚れした。
紅子の目が叙々に険しくなっていった。
「紅子さん、いいでしょう?グレンさんと親しくなっても?」
「駄目です」
「あらっ、どうして?」
モンブランは小さな目を思いきり見開いた。
「仕事関係だからです」
「意味が判らないわ」
「ブロンドが好みだそうです」
「あら、じゃ、私、明日髪の毛を脱色すれば簡単じゃない?」
テメェ、鏡見れや
紅子は黙った。
「何のはなし?」
グレンは良く聞き取れなかった。
「グレンがね、ブロンド美女ばかりと付き合ってきたって話」
そう言ってテ―ブルの下のグレンの脚を蹴った。
イテェ
紅子とモンブランは険悪な雰囲気になった。
食事会が終わり、二人は地下鉄で大通り公園へ向かった。
「モンブラン栗林に料理監修頼むの、止めた」
「どうして?」
やだ、私、焼きもちやいてるの?
「なんとなく」
グレンは、紅子がそう言うのなら、それで良いと思った。
こうやって、彼女の横に居られる時間が幸せだ。
「ねぇ、JRタワ―上らない?夜景が綺麗よ」
「オ―ケ―」
エレベ―タ―で最上階まで上がり、展望室へ。
グレンは想像以上の夜景の美しさに感心した。
「ニュ―ヨ―クの方がゴ―ジャスでしょう?」
「そうかな」
ニュ―ヨ―クの夜景?
紅子サン、どんなに素晴らしい夜景も、幸せな気持ちで見ないと、感動できないんだ。
今、僕が見た夜景の中で最高に美しく感じるよ。
それはね、君が横に居るからさ。
グレンは紅子を見つめた。
暫く夜景を楽しんだ後、二人はススキノで軽く飲む事にした。途中、大通り公園で紅子は夜空の星を指差した。
「グレン、あれが北極星よ」
「ポラリス」
「秋川社長は北極星になったの」
先代を思い浮かべて北極星を見上げる紅子。
グレンも夜空を見上げた。
そして、紅子に交際を申し込もうか考え始めたのだった。
続く
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