ヘッドハント
グレンにはシビルという恋人がいるのだが、彼が編集長を解雇されてから、徐々に不仲になっていた。
彼女はファッションライタ―としてパリやミラノなどを飛び回っている。
もう、ス―パーのマネージャ―には興味がない。
グレンがそれを一番良く判っていた。
今夜で終わりにしよう。そう決めて、彼女とバ―で飲んだ。
「そんなビ―ル飲んでるの?」
シビルはグレンがポラリスを飲んでいるのを軽蔑したように言った。
「Why?」
「好きじゃないわ」
「そう?」
シビルはソッポを向いた。
「僕たちはもう、終わりだね。僕の求職も上手くいってない。君も、誰か居るんだろう?」
彼女は笑いもせず、膝の上のバッグを持ち直した。
帰るわ
という、意思表示らしい。
グレンは頷いた。
シビルは席を立ち、バ―を出た。
グレンは溜め息をついた。
こんな冷たい別れは初めてだ。
こういう場面で人間性が出るんだな、俺も女の外見ばかり見ていたよ。
自分がこうなって初めて、相手の本性に気付く。
恋愛が恐い、いや、女が恐い。
友人のマ―ゴに会いたいが、画家の彼女は今頃、描いているだろう。
じゃ、誰に会う?
男の友達に連絡しても、妻帯者ばかりだ。こんな時間にバ―に来てくれる訳はない。
つくづく孤独な夜を過ごしたグレンだった。
秋川は屋台でプレッツェルをかじっていた。
そこにグレンが現れてプレッツェルとド―ナツを幾つも買っていく。
「おはようございます」
「おはようグレン。君はなんて優しい男なんだ」
「そうでしょうか?」
グレンは爽やかに笑っていた。
「なかなか出来る事ではないさ」
「ウルグアイ元大頭領の言葉をご存知ですか」
「あの、世界一貧乏な?」
「ええ、どんなにボロクソな状態でも、相手に施せる事は必ずある」
秋川は感心して頷いた。
「でも、君はボロクソじゃないだろう。立派なマネージャ―だろうさ」
グレンは黙った。
秋川は今、自分が何か悪い事を言ったかな?と不安になった。
「半年前に編集長を解雇されました。で、現在、この仕事ですよ」
「へぇ、凄いな、編集長だったのかい。どんな本の?」
「料理を中心とした主婦向けの雑誌です。ビュ―ティフル・ハウス・キ―ピングという本てす」
「はぁ、昨日、フランス語話してたよねぇ」
秋川は、グレンが優秀な人材であると知った。
「また、昼前に買い物行きますよ」
と笑った秋川に
「今日は昼のタイムサ―ビスで、タラモサラダと鴨のロ―ストがお求め易くなっています」
と言って出勤した。
秋川が昼前にス―パーへ行くとイタリア語が聞こえてきた。
「cosa stai cercando?」
(何をお求めですか?)
「Stakey e qui」
(ステ―キはこちらです)
見るとグレンがイタリア人相手に接客している。
秋川は、この男こそ探していた人材だと腹を決めた。
「グレン、頼みがある。ワシの会社で働いてくれんかね」
グレンは驚いたが、無言だ。
「アンタ、好きだろ、ビ―ル」
「え?」
秋川は、自分のカゴの中のポラリスビ―ルの瓶を出した。
続く