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ポラリス  作者: susan
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屋台に居る老人

 突然の解雇から半年、あれからグレンはブロードウェイに程近い高級食品ス―パー「フ―ド・エンポリアム」のフロアマネージャ―の職に就いた。

 料理雑誌の編集長とは勝手が違い、接客から従業員・衛生・商品管理に至るまでの責任をサブマネージャ―と二人で責任を負うハ―ドな業務であった。

 そのわりには給料が安く、編集長時代と比べて役半分以下の額である。

 

 鮭のステ―キ、一切れが20ドル

 神戸牛200グラム、120ドル

 魚介のテリ―ヌのキャビア添え、45ドル

 ポラリス(現在の北極星)ビ―ル、25ドル

 (こぐま座)


 「こんな小瓶のビ―ルが25ドルね」

 グレンは売り場のビ―ルの中で、一番小さくて高級な日本のビ―ル、ポラリスに興味を持った。そのうち買ってみよう。瓶の絵も可愛らしい。プラネタリウムのイラストだ。

 サブマネージャ―のロブはよく働く男だ。突然の解雇にあわないように皆、必死である。

 グレンは求職期間だけのつもりでこの仕事に就いていたが、求職活動は芳しくない。

 出版業界自体が冬の時代に入ったと言われている。電子書籍でダウンロード出来るようになったからだ。


 「お疲れ様」

 とロブが退社した。


 「気を付けて」

 グレンは時計を見た。友人のマ―ゴと食事の約束をしている。

 彼は急ぎ足でグリニッジビレッジのイタリアンレストランへ向かった。


 彼女は先に着いていた。


 「ゴメン、遅くなった」


 「大変だったの?」


 「いや、そうでもない。腹ペコだな。何飲む?」


 グレンはバ―カウンタ―を眺めた。


 ポラリスがある。12フレ―バ―。

 ホワイトかスタウトか、ラガーにしようか。


 「高いわよ」


 「いいんだ、試してみよう」

 二人はスタウトとクラシックを試した。


 「…………………凄いな」


 衝撃的な味わい。何とも濃厚なティスト。豊潤な味わい。とにかく味が濃い。


 「こんなの初めて飲んだわ」


 「高いだけあるな」


 グレンは小瓶を眺めた。

 まさに日本そのものだと感じた。

 小さいが、とんでもなく優れている。

 このビ―ルのように。



 翌朝、出勤前にグレンはス―パー前の屋台でプレッツェルとド―ナツを数個買い、そのうちの三つを、いつも近くに居る犬連れのホ―ムレスの男に差し入れした。男は彼に十字を切り笑顔で受けとる。


 秋川は毎朝その様子を見ていた。自分もプレッツェル大好き。ここの屋台のは、塩味が程好く美味しい。ブラックコ―ヒ―との相性も抜群。

 70才を過ぎた秋川は、この屋台のメキシコ人の主人と片言のスペイン語で会話しながら、マンウォッチングするのが好きだ。

 あの高級なス―パーの男が毎朝ホ―ムレスにプレッツェルとド―ナツを渡しているのを見ていた。

 秋川は少し時間が過ぎてから、ス―パー「フ―ド・エンポリアム」のドアを開けた。


 「ほ、ほう、これは高級だ」

 秋川はまず、建物内のヨ―ロッパ調の気品ある内装に驚かされた。美術館のようだ。

 日本のス―パーの貧相なこと。まず、比べ物にならない。

 レイアウトも品があり、商品単価もかなりのもの。


 秋川は客層を見た。

 なるほど、貴婦人に紳士。身なりの良い買い物客ばかり。

 酒売場には300~800ドルのワインやシャンパンが並ぶ。


 フランス語が聞こえてきた。

 振り向くとあのプレッツェルの男性がマネージャ―の上着を着て、流暢なフランス語で接客している。


 マネージャ―なんだな。


 秋川は買い物カゴを手に持った。


 何を買おうかな、昼にあのサラダがいいかな。


 フラフラ売場を歩いていると、マネージャ―と目が合った。


 グレンは毎朝プレッツェルの屋台にいるアジア人の老人が店内に居るので、歩み寄った。


 「毎朝、お見掛けしますね」


 秋川は頷いた。

「初めて来ました。いやぁ、素敵なお店だなぁ」


「ありがとうございます。今日は何をお探しですか?」


 秋川はビ―ル売場を見た。


 「ポラリスある?大好きなんだ」


 「ありますよ、ただ、5フレ―バ―だけしか置いてないんですが」


 「フレ―バ―いくつあるの?」


 「確か12だと思います。実は夕べ私もスタウトとクラシックを頂きました。素晴らしい味わいでした。オススメです」


 秋川は嬉しそうに頷いた。

 「12フレ―バ―は、どうして置かないんだい?」


 「いえ、発注しますよ、必ず売れるでしょうから」


 グレンの力強い言葉に、秋川は何かを感じた。



          続く

 


 


 

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