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2016年8月8日10時13分 兵庫県神戸市中央区 国鐵神戸駅構内国鐵鉄道公安本部付総合業務班(特殊)
真の才能は刑務所の中で発揮されるという。なぜならば真の才能とは『いかに暇つぶしをできるか』という事だからである。いつか読んだ作家の自伝にそうあったのをふと思い出す。
「暇だ……」
何度目か分からない呟きを小浜が漏らした。そりゃ暇だろう。神戸鉄道公安室の主力は大阪中央鉄道公安室との合同訓練で留守、その上通常業務やら警らは居残り職員が済ませ、残った仕事は部屋のお留守番、つまり何もすることが無い状態なのだ。それが1日だけならばラッキーだと思えるかもしれないが、もはや三日目ともなると飽き飽きしてくるのであった。「班長〜ほーんとにする事ないんですか?」
氷見のこの問いもn回目だ。「無いなぁ……大阪の方では合同警備会議やってるらしいけどうち呼ばれてないし……」
そもそも冷静に考えれば公安本部直属の総務班とかいうわけのわからない部署を警備会議に呼ぶ方がどうかしている。「神戸基地隊戻ってもいい?」
篠栗は不穏なこと言い出すし。「ダメだ。もう辞令は出た」
「けちー」
ケチでは無い。命令なのだ。
ただこうして過ごす時間も悪く無いと思いつつあった。国鐵に入って以来ゆっくり過ごす時間なんてほとんどなかったし。たまたま手に入った休暇ってことで楽しむか……?
何度目かの逡巡の後に、神戸の観光地まとめのページを眺める作業を本格化することとした。
同時刻 大阪府大阪市内某所
『各班、こちらCP。状況送れ』
『CP、こちらアルファ。ラペリング準備完了、送れ』
『CP、こちらブラボー。解錠完了、突入準備よし』
『CP、こちらシエラ。対象に変化なし。射撃準備よし。送れ』
『了解、突入を実施する。合図まで待機』
『アルファ了解』
『ブラボー了解』
『シエラ了解』
ビルの屋上からロープを伝って黒ずくめの男たちがスルスルと降下する。それと同時に裏口階段にもいる黒ずくめの男たちがドアノブに手をかける。そして向かいのビルの屋上にはシートを被って偽装した狙撃班。『CP、こちらHQ。突入開始、突入開始。送れ』
「了解」
大阪府警本部長はSAT各班そして鉄道公安室特殊警備班へ繋がる無線機のマイクを口に近づけた。「各班、こちらCP。突入開始!」
次の瞬間、窓ガラスに亀裂がパッと入ったかと思うと、窓の上でロープでぶら下がり待機していた隊員たちが一気に窓を突き破ってビル内に入る。同時に裏口のB班がスタングレネードを投げ込み突入を開始する。煙の中で銃火が閃めく。『アルファ、クリア!』
『ブラボー、セクションクリア!オールクリア』
ビル内を制圧した突入班から報告が入る。「了解、作戦を終了する」
本部長は満足な顔でマイクにそう吹き込むと周辺からフラッシュが巻き起こる。「いやーお見事でしたな」
新発田部長がそういうと「いえいえ、これも国鐵さんの日頃の訓練の賜物ですよ!」
とかなんとか。
公開訓練は無事終わり、マスコミ各社はそれを自社のニュースサイトにアップした。【サミットに向けた公開警備訓練実施】とかいう見出しでアップロードされた動画ニュースは、とある暇を持て余した女によって見つかることとなる。
2016年8月8日16時13分 兵庫県神戸市中央区 国鐵神戸駅構内国鐵鉄道公安本部付総合業務班(特殊)
「はぁーーーーーーっ!!??」
椅子を蹴り倒すようにして大声をあげながら立ち上がった篠栗に氷見の無言の抗議目線が刺さる。「どうした篠栗。もうすぐ仕事上がりなんだからちょっとは大人しくしとけ」
俺がそう言うと「いや、だってこんな訓練私だってしたかったしー!なんでこんなせっまい倉庫になんで押し込められなあかんのやー!銃撃たせろー!」
とまぁお冠のようだ。「何があったんだよ……」
と言いつつ篠栗のPCを覗くと、とあるニュースサイトが表示されていた。タイトルは【サミットに向けた公開警備訓練実施】。その下で動画が流れていて……「あ、新発田部長だ」
久々に自分の直属の上司を見た気がする。ここに送られて以来連絡もろくに寄越さないから忘れるところだった。こんなことしてたのか。「もーなんやねんほんま!ちょっとくらい呼んでくれてもよかったやん……」
「行きたかったのか?この訓練」
「当たり前やろ!使い古しの訓練施設とかやなくて本物の雑居ビルをワンフロア使った突入訓練。ヘリも飛ぶし、想定じゃない狙撃班のバックアップ付き……。あーえーなぁ……」
最近大人しいからすっかり忘れてた。このタクティカルガールは欲求不満なわけだ——戦闘的な意味で。「まぁうちは総務班だからなー。諦めて……」
今は暇つぶししとけ、というつもりだった俺の声はけたたましいベル音で掻き消された。
『非常通報、非常通報。鷹取駅にて発砲事件発生。対応可能な部隊は直ちに現場へ前進せよ。繰り返す——』
マジかよ、と思った瞬間、ガッと顔を上げた篠栗と目が合う。
人間の目が本当に輝く瞬間というものをこんな状況で見たくはなかった、と俺は思った。