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2016年8月5日08時15分 兵庫県神戸市中央区 国鐵神戸駅構内神戸鉄道公安室
「……んで、FX弾で撃ち合ってたわけ?」
もはや呆れ顔の和田山室長の前で俺は何も言えない状況だった。
昨日の戦闘訓練の後、篠栗は「明日直接出頭するわ」
と言い残してどっか行ってしまうし、小浜はスタングレネードをまともに食らってフラフラの状態、氷見は元から結構飛んでるが昨日に限ってはまともに見えた。が、銃を返納せずに帰ろうとし出した時点でまっすぐ帰って休もうと決意したのだ。
「篠栗は捕まったん?」
「今日こっちに直接出頭すると言ってたんですが、その感じだとまだですね」
「ほんまあいついい加減やなぁ……元から変なやつやったけど」
「確か神戸の公安室にもともといたんですよね」
「せや、でもあいつやばかったな」
「やばかった?」
ここまで話したあたりでどうやら篠栗はここの公安室でそんなに歓迎されていたわけではないようなのがうっすら分かって来た。「元々あいつは警備課に配属希望やってんけど女性職員やからてことで警らに充てられてん」
割とよくある話だ。たしかに痴漢やスリを取り締まるには女性の方が警戒されづらかったり目立たない、という理由で女性職員を優先的に充てる傾向はある。「まー最初はなんとかやっててんけど……」
そこで言葉を切って和田山室長は苦々しい顔をした。「……被疑者が抵抗したとかゆうて股蹴り上げたり……」
ヒッ……。「しまいには拳銃突きつけたこともあったな」
「んまぁそう言うわけで新人にしては数字の上では結構ええ感じやってんけど、それと同時に始末書やらなんやらもようけ書かされてたわ」
ということは、「もちろんワシも書いてたで」
あー……やっぱりか。「そう言うこともあって、今回の警備で女性の警備要員も必要って話が来た時点で篠栗を大阪公安室に送るのはほぼ決定事項になってたわけ」
「どないなるかと思てたけど……」
チラッとこっちを見て「……楽しそうにしてまんな!」
と笑われた。こっちにして見たら笑い事ではない。昨日撃たれたせいで肋骨あたりが痛む。
「おはようございます」
ちょうどその時、戸口に篠栗が現れた。思わずギョッとする。「そんな顔しないでくださいますか?」
普通に制服を着て現れた篠栗はぱっと見きれいで昨日鬼のように銃をぶっ放していた人物とは同じとは思えなかった。「昨日はすいませんでした、いきなり巻き込んでしまって」
再び驚いた。こんな殊勝な子だったのか。もしかして氷見とかよりよっぽどまともな……「あまりにも弱かったらどうしようかと思ってちょっと試して見たんですが、班長はマトモそうでしたね」
訳ないか。「飯田君、ちょっとちょっと」
和田山室長に呼ばれた。室長の手には連絡用紙が握られていた。「公安本部からこんなん来たで。何このわけわからんの?これ君の班のやつやろ?」
そう言って渡された連絡用紙には新発田警備部長の苦労がうかがえる内容が書き連ねてあった。「何これ?」
和田山室長は怪訝な顔をした。そりゃそうだろう。が、今はこれでいい。「……とりあえず、空いてる部屋はありますか?」
室長の顔は怪訝を通り越してもはや呆れていた。
2016年8月5日11時37分 兵庫県神戸市中央区 国鐵神戸駅構内第7倉庫
埃っぽい倉庫、最初から置かれていたダンボールを端に寄せてスペースを作った。「ここが私たちの本拠地に……ホンマになるん?」
篠栗が騙されたと言うような顔をして言った。それも無理はないだろう。和田山室長が連絡用紙を渡す時に「場所はもう準備しといたで!」
と言って案内されたのがここなのだ。飯田と氷見が部屋の中を大方片付け終わったところで部屋の中央に四人で集まった。こうしてしっかり集まるのは初めてかもしれない。「新発田警備部長より連絡が来た」
そう言って連絡用紙を取り出した。「我々の部隊は『国鐵鉄道公安本部付総合業務班(特殊)』……いわゆる総務班だ。捜査権限はちゃんと付与されてる。……根拠はさておき」
「いや、そこは言いましょうよ」
小浜が珍しく突っ込んで来た。「……業務用品の転売等不正利用状況を調査する為、だそうだ」
もはや三人とも顔が固まっていた。こりゃやっぱり左遷だったんだ、と。「喜んで!ちゃんと予算もついてるぞ!」
「……名目はどうなってるんですかぁ?」
氷見が投げやりに尋ねた。
「事務用品購入費と印刷消耗品準備費……だ!」
こりゃダメだと言う雰囲気に四人で打ちのめされていた。そりゃそうだろう。訳の分からない直接命令で電撃食らったりFX弾食らったりして、たどり着いたのが神戸駅の薄暗い線路下の倉庫。そして扱いは総務班。もはや追い出し部署ではないかと感じても無理はない。「とりあえず設営……しよっか」
上意下達のこの組織ではこう言うことが時々起きる。この埃っぽくて薄暗くてジメジメした部屋で一体何をしろと言うのか、さっぱり分からないと言うのが正直なところだった。
それぞれが自分の装備品やらなんやらを元の職場や近所から調達するために出て行ってしばらくしてから、業務用の端末に新発田警備部長からのメールが入った。『From:新発田警備部長 To:飯田公安班長 件名:総務部について 本文:好きに動け。そして先手を取れ。』
端末を眺めつつ、俺は一体どうすればいいのか、途方に暮れるしかなかったが、ぼーっとしていても始まらないので俺も自分の荷物やらを搬入することにして第7倉庫改め国鐵鉄道公安本部付総合業務班(特殊)を後にした。
3、4時間後。荷物を抱えて戻ってみると机やらロッカーやらが搬入されていてなかなかそれっぽくなっている。デスクが真ん中に四つ固めて置いてある。そのうちの空いている一つに自分のパソコンやらを置いてロッカーに制服を放り込んだ。他三人は今はまたどこかに出かけているみたいだ。人間っていうのは簡単なものだ。さっきの殺風景な倉庫を見たときは、完全に左遷で、もはや人材の墓場、線路の終端にたどり着いて、あとは盛り上げられたバラストに突っ込んで脱線転覆人生終了だと思っていたのに。今こうして設備が揃ってくると言いようのないやる気のようなものが少し出て来た。ふと警備部長からのメールを思い出す。『先手を取れ』か。なんの?警備において先手とは?被疑者よりも先に動くことか?そもそも今回の会議で何が起こるんだ?思考がぐるぐると渦を巻いていた。「お、班長おるやん」
唐突に後ろから声をかけられてビクッとしてしまった。「なんだ篠栗か、どうした」
「さっきからずーっとおらへんなーって思ってて、ついにどっかで死んだかと思ってたら生き返っとったから声かけた」
「は……?死んでる訳ないだろ?」
「げ、シャレが通じひんなー……これやから関東人嫌やねん……。まぁええわ、なんか、ええ感じなって来たな」
不意に真面目な声色で篠栗は言った。「ええ感じ……?」
「うん、これから何するかはまったく分からへんけど、なんか、行けそうな気がするんよね」
「そうか篠栗も……」
言いかけた言葉は騒がしく入って来た小浜と氷見の声で途切れてしまった。「いや〜〜あのラーメンうまいな!」
「ですよね〜さっすが氷見さんわかってますねぇ〜」
「こっち来たら『もっこす』食べときたかったんだよ!」
熱くラーメンについて語り合う二人を見て苦笑した。ふと、篠栗の方を見ると彼女もこっちを見て、微かに苦笑いをした。
「じゃあ、始めるか」
誰に言うでもなく、そう呟いた。ここから国鐵鉄道公安本部付総合業務班(特殊)は始まるのだ。さっきの陰鬱な空気は何処へやら、三人ともやる気が出て来たようだ。そしてついに始動した総務班は——行動を停止した。
そう、何もすることがなかったのである。