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鉄路の護り  作者: 鐵太郎
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2016年8月2日06時45分 東京駅丸の内北口改札

カチカチと鋏の音が響く改札の光景は、ここ2、3年で数を減らしている。代わりに自動改札機の導入が主要幹線や通勤路線で進み始めた。旧国鉄が労使の関係で自動改札機の導入が遅れている間に民鉄ではあっという間に技術開発が進み、今はICカードで改札が通過できるようになっている。うちも遅れること数年、やっとICカードが導入された。職員用パスのおもて面には改札係に見せるための印字が並んでいるが、裏面には『NoRoCa』とデザインされていて、左下に小さく『国鐵電信』の字が入っている。7時半に小浜と合流、東海道本線下りホームに向かい緑とオレンジに塗られた165系の車内に腰を下ろす。本来なら東海道新幹線で向かうものだと思っていたのだが、確認したところ夏休み期間開始に伴う旅客増大の為、職員の移動は在来線で、との事でこいつで大阪に向かうこととなったのだ。急行東海は割と空いた状態で東京駅を定刻出発、『クオオオオォォォォン』というMT54形の唸りに鉄道唱歌のオルゴールが重なる。『本日は、国鐵をご利用いただき誠にありがとうございます。この列車は急行東海、静岡行きです。この列車のご利用には乗車券の他に急行券が必要になります。お持ちでないお客様は車掌が改札に伺いました際にお声掛けください。では、品川以降の停車駅と到着予定時刻のご案内をいたします…』そんな放送が品川に着くまで続いた。放送も終わり、静岡までクロスシートに二人で腰掛け、他愛もない話をしつつ駆け抜ける。静岡で乗り換え、211系が名古屋駅に到着したのは昼過ぎになっていた。「味噌カツでも食べます?」

朝東京を出てからここまでなにも食べていない小浜が言った。ここまでの車内で小浜とはすっかり打ち解けた雰囲気になっていた。「そうだな、あそこのキオスクでなんか調達するか」

俺はそう言ってホームの端にある駅弁屋を指差した。その時、視界の端に妙な動きをする旅客を捉えた。左右を窺う動き。スリと同じ動きだ。しかし今は周りに他のお客様はいないのに——。『まもなく〜、6番乗り場を〜、え〜列車が〜通過いたします。白線の内側に〜お下がりください』突如として入った構内放送に気を取られた瞬間にその男はホーム端の柵を乗り越えた。「小浜っ!あれ!」

味噌カツで頭がいっぱいになっていて小浜は気がついていなかったようだ。ホームの端っこを指差してようやく気がついてくれる。そこへEF65の牽引する貨物列車が入線してくる。機関車次位に荷物車が連結された東海道本線の高速コンテナ列車、構内だが割と飛ばしてくる。

「お客様!柵の内側に入ってください!」

叫びながら駆け寄った。態度からして自殺ではないと思ったのだが、柵の外に出ている時点でアウトだ。こちらに気がついているのかいないのか、男はゆっくりとポケットの中から黒いものを取り出して構えた。それは——コンデジだった。「ホーム内での撮影をお願いしますっ!」

再度叫んだと同時に65がグウウウウウゥゥゥクンと言うブロアー音とモーター音の混じった音をさせながら通過した。「ちょっと!」

撮影に夢中なのか男は直前になるまで俺たちに気が付かなかった。「うわぁ!」

ホーム柵の外側で撮影していた男は戻るべき柵の向こうに制服の公安官が二人もいるのを見て諦めたようで、ゆっくりと柵を乗り越えてこちらにやってきた。「駅構内での撮影は結構ですけど、線の内側でっていっつも言ってるでしょう!」

小浜に言われ、うなだれる男だったが何かブツブツ言っているようだった。「何かあったの」

試しに聞いてみた。するとこう答えた。「いや、さっき会った男に人に次6番線を通過する貨物列車の、機関車の次に連結されてる車を撮って欲しいって頼まれたんですよぉ……。撮った後でメモリーカードだけもらってカメラはそのまま取っておいていいって言われて……あと謝礼とか言ってこれも貰って……」

そう言って財布から一万円札を出して拝むような顔で見せてきた。どうやら嘘はついていないらしい。「公安さん、そのカメラは持って行っちゃっていいですから、今回のことは大目に見てくれませんかねぇ……出禁とかされるとほんと辛いんで……」

あまりにも情けない様子だ。カメラと謝礼で舞い上がってホーム柵を乗り越えて撮影し、御用とは。しかし俺も小浜も移動中の身。今回は大事にはしないでおくことにした。「わかりました。でも頼むから二度としないで下さいね。安全のためなんですから」

そう言うと、パッと顔を明るくしてありがとうありがとうと連呼して逃げる様にして去って行った。

「なんとも変な奴でしたね」

小浜が呟く。「確かに変な奴だったが……変なのはそんな撮影を頼んだ方だ」

カメラを操作すると先ほどの画像が出てくる。国鉄EF65形直流電気機関車PFの1000番台のトップナンバー1001号機牽引である。確かにマニアが好きそうなELではあるが、話ではその後の……「そろそろ駅弁買わないと遅れちゃいますよ!」

小浜の急かす声で我に帰った。わかったよ、と返事をしつつカメラをポケットにしまい、味噌カツ弁当を選びに駅弁屋へ向かった。

16時30分発の急行比叡に乗車する。静岡—名古屋駅間に乗った211系と比べるとどうしても古さは否めないが、さすが急行型なだけあって快適な旅が保証されている。大阪まで再びクハ165のお世話になる。職員パスがあるからと言っても流石にサロつまりはグリーン車に乗るわけにはいかない。車掌にもいい顔はされないだろうし。大阪に着いたのは19時を回った頃で、そろそろ晩御飯が食べたくなる時分であった。「大阪ですし、食い倒れですかね⁉︎」

新潟出身の小浜は大阪人が聞いたら卒倒しそうなステレオタイプの大阪像を持って来ているらしい。長野の片田舎出身の俺が言えたものでもないんだが。「その前にこっちの公安室寄るぞ」

と、意識して冷たく言い放つと、小浜は本気でがっかりした様になっておとなしく着いてくる。意外とかわいげのあるやつだ。大阪中央鉄道公安室に行くと今日は仮眠室に余裕があるからそこで泊まってもいいし、市内のホテルも国鐵系列なら安くて泊まれるが、どちらにするかと聞かれ『ホテル』と即答した旅疲れの俺たちであった。

ホテルの部屋に入り、一人になる。新発田部長から渡されたフォルダの一つに目を通す。『小浜海渡 年齢:二十四 出身:新潟県新津市(現:新潟県新潟市秋葉区) 経歴:国立電機通信大学卒 国鐵へ新卒入社 国鐵電信を希望するも現場配属を希望、NR鉄道大学校公安課程及びICTRD課程修了後東京中央鉄道公安室支援課電算班に配属』その後に家族構成やら入社動機やらがツラツラと並べられていたがそこで机の上にフォルダを置いてベッドに体を投げ出した。そのまま眠りそうになって、慌ててシャワーを浴びようと思い制服を脱ごうとすると、ポケットからこぼれ落ちたものがベッドの上で跳ねた。黒いコンデジ。名古屋駅で貰ったものだ。あんまりこういうのはダメなんだけどなと思いつつ拾い、なんとなく再生ボタンを押す。何枚目かの写真を見たとき手が止まった。確か機関車次位を撮れってあのマニアは言われてたんだっけ……。カメラの小さな画面にはEF65の青い車体に似合った荷物車が映っていた。形式名『マニ30』。

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