キメラとの戦い その1
「エリスは僕の後ろへ!」
「ば……、君は防御呪文を持ってないだろう!?」
キメラから飛ばされたつむじ風を咲楽の剣で撃ち落とす。
「! ……なんだそれは!?」
「マナストーンの武器さ。効用は様々だけど……説明は全部終わってからだ!」
エリスを背後に回し、僕は防御に徹する。
鞭とキメラの引っ張り合いの合間に飛んでくる攻撃から彼女を守るのが優先だ。
「僕は君を守るから、魔法は全部攻撃に使ってくれ! 魔力が勿体ないから」
「わかった……だが、どっちを狙うんだ?」
「有利な方を攻撃してくれ。あの二つは、拮抗させておくんだ」
「なるほど、了解した」
エリスは僕の意図を了解してくれたようだ。
「離脱っ……と!」
あすかを担ぎ、キメラの背から飛び出した総司がこちらへ戻って来る。
総司は少し離れた岩陰にあすかを隠す。
「ほい、いくつか持ってきた」
手にはいくつかのマナストーンを携えている。エリスにそれを渡す。
「ありがとう、しかし……君も生きていたのか」
「ああ、エリスちゃんのおかげかな」
『があああああああああああああああああああ!』
「!」
キメラが鞭を食い破り始めた。やはり地力は奴のほうが上か。
エリスが何事か詠唱を始めた。魔法陣が指先に現れ狙いを定め――
チュドドドドドド!
エリスの指先からマシンガンのように火球が飛び出しキメラにすべてぶち当たる。
「グギャアアアアアアアアアアアアアアアア!?」
怯んだ隙に再び鞭がキメラに巻き付く。
「お互い消耗させるってのは良い作戦だな、遼平」
「少しでも削っておきたいからな。弱った方を支援してれば多少はこの後が楽になるだろう」
「このまま共倒れを狙ってれば大丈夫ちゃうの?」
「……そう、上手くいけばね」
そんな都合の良いことになる可能性はなくもない。が、僕はあまり楽観はしていなかった。なぜなら――。
「え、マジ?」
「な――」
「……はぁ」
キメラと鞭が、融合し始めたのだ。
鞭がキメラの失われた部位に食い込み、蠍の尾だった部分が欠けていたがそれも補完されてしまう。さらに傷を負った部分を枝分かれした鞭が次々と覆い始める。
「――受け入れたか、厄介な……」
「ど、どういうことだよ、遼平!? 聞いてたのと違うぞ?」
総司は慌てた様子で僕の方を見る。
「いや、いざとなったら僕らを共通の敵と見なすこともあるかなって」
「おいおい……」
「ごめん、最悪の想定は言わない方がいいかなと思って。何せ、総司はあいつらの懐に一回入ることは確定してたし……、言わない方がビビらなくて済むだろ?」
「言えよ!?」
まあ、彼らがこちらに対して共闘し始めるとしても、ピンチになってからじゃなきゃやらないとは思っていたから言わなかったんだが。
『いけない生徒たちねえええええええええええええええええええええええ』
「ガルウウウアアアアアアアアアアアアアアアアアアああああああああああああ!」
ビュンッ! ビュンッ! ビュンッ! ビュンッ! ビュンッ!
しなる鞭が尾となり、枝分かれしたそれが伸び無数の打撃となって僕らに降り注ぐ。
「皆、固まれ!」
咲楽の剣――頼むぞ!
僕らに降り注ぐ打撃すべてを剣は捌いていく。叩き落された攻撃は僕らのすぐそばの地面に落ち土煙を上げていく。
「すごいな……」
エリスが咲楽の剣の威力に感嘆の声を上げる。
しかし、いつまでもこうしている訳にはいかない。魔力切れを起こしては元も子もないからだ。
「攻撃を続けてくれエリス! 防御は任せろ!」
「言われなくともっ!」
エリスは次々に新たな魔法をキメラに叩き込んでいく。
火球だけでなく、氷のつぶて、雷、と様々な攻撃を加えていく。
「――どれも、いまいちだな」
「そうなのか?」
喋っている間に攻撃をまた一つ叩き落す。
「ああ、どの属性攻撃が最も効くか試してみたが、どうも全属性に耐性があるのではないかと思う。どれも表面を削り取る程度のダメージしか与えていない」
「それは、困ったな……」
考えてみれば咲楽の剣の攻撃も、その武器ごと吸収してみせたのだ。そこそこの魔力攻撃では致命傷は与えられないのではなかろうか?
「――まずい! 来るぞ!」
「!」
エリスの叫び声で身構える。巨大な光球がキメラの口に現れる。――僕がやられた、あの技だ。
「耐えられるのか? 遼平」
「……一発だけなら、でも、それでおしまいだ」
「避けるにしても……」
道幅はさほどない。一人だけなら何とか避けれるかもしれないが、こちらは三人だ。受け止めるしかない。
「私も防御に回る。それなら何とか……」
「いや、エリスは攻撃してくれ。あれは撃った直後は大分魔力を使うんだ。無防備な瞬間が出来るから……」
「しかし……」
渋るエリスだが、他に手はない。向こうの魔力は落合と協力しているのか前より強く感じるが、それでも耐えてみせるしかない。
「……攻撃役、俺がやるわ」
「総司!?」
「……無茶をいう、攻撃手段がないだろう?」
「そのマナストーンて武器があればいいんだろ? 使い方、教えてくれ」
総司の手には既にガントレットのようなマナストーンが嵌められている。
「さっき逃げるとき、もう一つ奪っておいたんだよ。俺も戦う」
「……出来るのか?」
「さっさと教えろ、時間ねーぞ」
「……わかった、それは――」
「構えろ、首藤遼平!」
「!」
ドウッ!!
放たれた光球は巨大な、道幅一杯まで広がり僕らを襲う。これは、避けられない。
「いいか! 身を委ねろ! そのマナストーンの特性に、気持ちに! そしてそれを乗りこなすイメージを……」
「パラライトシェル!」
エリスが何層もある光の盾のような防壁を目の前に生み出す。
しかし、次々とその盾にひびが入り割れていく。割れるたびに、エリスの身体が小さくなっていく。
「はああああああああああああああああああああああああああああ!」
すべての盾が割れた直後、僕はすべての力を込めて光球に剣を一閃する。
腕が、無くなったのではないかと思うほどの衝撃。
一瞬の後、僕とエリスは同時に後方へと吹き飛ばされる。
「ぐあっ!」
「きゃっ!」
倒れ伏す僕らを、満足そうな笑みを浮かべてキメラが睨む。
身体は……無事といえば無事だが、全身の骨が痺れたように立ち上がれない。
「おりゃあああああああああああああああああああああああああああああああ!」
その時、総司はキメラの眼前へ躍り出た。
「ガアッ!?」
ガインッ!
ガントレットをキメラの顔面に打ち付ける総司だったが、しかし――。
何も効いていないように、キメラはニヤリと笑う。
「せいやああああ!」
総司は何度も何度もキメラの牙、爪、その攻撃を避けながら、打撃を加えていくが、効いている様子はない。虚しく乾いた音だけが響くのみだ。
キメラも魔法を使うにもチャージが出来てないようで肉弾戦になっている。渡り合えているのはいいが、有効なダメージを与えられないのならいずれ総司が負けるのは必然だ。
「総司……そうじゃない、もっと……」
総司は明らかにマナストーンの武器を使いこなせていない。このままでは……。
「なんだよ、こいつ、おかしいんだよ!」
「おか……しい?」
「礎だの、犠牲だの、国のためだの……何か変なことばかりいいやがる。そのくせ――」
すんでのところで総司は尾の攻撃を躱す。
「――間違いない、あれは……我が国の人間の……武器だ」
エリスの言葉に僕は衝撃を受ける。派遣された人間が彼女の他にも、ここに? しかもそれが、キメラに取り込まれているなど……。
「なるほどねっ……と!」
再度攻撃を避ける総司は左の手でガントレットを叩いた。
「――いいか、そんなに他の誰かの為に戦いたいなら目の前のこいつ倒すのに協力しろ! お前はゴチャゴチャ考えすぎ何だよ! 本当は、どうしたいんだ!?」
総司はマナストーン相手に説教を始めた。僕の方法とは、まったく違う。寄り添い引き出すのではなく、真正面からぶつかり始めたのだ。
「やられたらやり返す! 守りたいならやり通す! 友達や、家族や仲間を守りたいなら、ちゃんと向き合え! それが、俺の親友から教えてもらったことだ!」
「総司!」
キメラが大きな口を開け、総司に噛みつこうとしていた。それでも、総司はゆっくりとまるでその攻撃が来るのを心待ちにするかのように、構えを取った。
「いいか! 見せてみろぉぉぉぉ、お前の意地を!」
総司の右手が、爆発するかのように燃え上がった。
「セイヤアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
ドゴシャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!
総司の正拳突きが、キメラの顔を、半分吹き飛ばした。