反撃
背中に翼、尾には蛇と蠍の尻尾が二本、獅子の顔には更に棘のようなものが無数に生えており、先刻よりも更に凶暴な様相を呈している。
――合成魔獣と遼平に呼ばれたそれは、静かに獲物を待っていた。
待っていた、というより、来ることを知っていた、と言い換えたほうが正確だ。
キメラは既に様々なマナストーンを取り込み、元の性格とは大分様変わりしていた。
核になる部分。その武器たる暴風の杖――鍵村が名付けた暴風銀杖マケナであることには変わりはない。だが、マナストーンと共に様々な人間の魂を食らい、取り込み、自身が酷く変質していることは分かっていた。
人は激情を抱えている。その激情のまま破壊を尽くした。しかし、もうキメラは落ち着きを取り戻している。
――二人を見てからだ。
あの二人、私の前に立ちはだかった二人の少年。あれを見てから心が落ち着き始めた。
どうしてかは分からないが、あの二人はもう一度来るとキメラは確信していた。
必ず来る。だから、力を蓄え、待たねばならない。あの二人を――
――来た。
待っていた。見つけやすい場所。見つかりやすい場所、なにより、戦いやすい場所で。
キメラは壁面の壊れた崖の場所に立っている。ここは、今私の内部にいる異世界の男たちと戦った場所だ。
ここからなら、崖に顔を出せば二人にも見えるだろう。見つければ、ここへやって来る。そして、その目論見は当たった。
左の通路から姿を見せたその男の顔に、懐かしい思いが湧きあがる。
首藤遼平。誰かの記憶が私にその名を教える。
歓迎しよう。全力で――
ボウンッ!
「!?」
「遼平ばっかり見つめてるんじゃねーぞ!」
煙幕だ。右手の通路から投げ込まれた何かにより、視界を遮られる。
相手の姿は見えない。しかし、この声は――
「天木――総司」
名を呼ばれた男の驚くような反応を煙の向こうに感じる。
私はもう魔力以外にも、感情の揺らぎを感知出来るようになっていた。
おそらくは大量の感情を魔力と共に取り込み過ぎた結果、そういうものに敏感になってしまっているのだろう。近くに寄るものがいれば存在を知ることは可能だ。
だから、首藤遼平にマナストーンを口に含まされた際に、過剰な反応を取ってしまったともいえる。醜い感情を排除し、押さえつけることは困難だ。
かといってまだ私は成長したい。まだもっと、感情も、マナストーンも取り込まねばならない。もっと――もっと――。
「でええええええええええええええええええええええりゃああああああああああ!」
ビュンッ。
煙幕の向こうから飛び出して来た玉のような物が、目の前で弾けた。
物凄い閃光が放たれ、視界が白く染まる。
無駄だ。
わかる。どこにいるか。
見えなくても、魔力の流れと相手の感情の動きでそれを察知する。
右だ――。
蠍のほうの尻尾を疾らせる。
しかし、打撃は空を切る。中々に素早い。
「?」
避けざまに相手の攻撃が来ると思ったがそれは来なかった。ただ距離を取り、姿を消してしまう。完全に息を殺し、感情の揺らぎも見えない。どこへ――行ったのだろう?
――あ。
感知の網に再び引っかかる人物が現れる。しかも二人だ。
これは、合流を果たしたか。
「待ってたよ」
二人がゆっくりと近づいてくる。しかも、無造作に。
しかも、もう一人は何か妙だった。何か……違和感を感じる。人のような……そうではないような。
何が、狙いだ?
しかし、その疑いの目よりも、私は歓喜に打ち震えていた。
私の中に眠る少女達の感情、それが更に後押しをしている。
――早く、早く一緒になりたい、と。
飲み込み、咀嚼し、一緒に――。
ドクン。
激情が、私の中で蠢き始めた。
杖の持つ本質――すべてを壊してでも――一緒に。
――待てよ? それは、本当に杖だけの――中谷要だけのものだったか?
しかしもう――私の感情も抑えが――。
「グアルアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!」
跳ぶ。感情のままに、そこにある、求めるものへと。
この時――キメラは考えることを止めた。
想いのまま、求めるまま、自分の力を解放し突き進んだ。
それが、最大の過ちだと知らずに。
※
「グアガガガガガガガガゲイアガガゲアガガガッ……」
キメラは力の限り目の前の物体に噛みつく。だが、それはキメラの予想以上に硬かった。
キメラは異常を察するが、既に遅かった。奴が噛みついたのは――。
『奪わせないいいいいいいいいいいいいわあああああああああ!』
落合の鞭だ。
しかもそれはまだ、あすかを取り込んでいる状態で、だ。
キメラの場所を確認した段階で、総司があすかごと、これを近くへ運び入れていた。
煙幕を張り、視界を奪う。
後は隙を見て、僕らと誤認させ、この鞭を攻撃させる。
煙幕を張った瞬間には全力でこれを持ち上げに掛かったが、意外なことに重さはさほど感じなかった。魔力の――鞭の力なのか、僕は無事に盾のように構えることに成功し、キメラの攻撃に間に合わせた。
上手くいくかどうかはまったく自信はなかったが、結果は最良のものが出た。
もうすぐに、落合とキメラの主導権争いが始まっていた。
鞭をマナストーンとして取り込み始めたキメラに対し、落合は必死の抵抗をみせる。鞭を枝分かれさせ、キメラの顔に巻き付き締め上げる。
物凄い引っ張り合いが始まった。
引き剥がそうとするキメラと守ろうとする落合の。
「総司! 今のうちだ!」
「ああ! わかってる!」
駆けこんできた総司は落合の鞭からあすかを引き離しに掛かった。鞭はキメラとの攻防で必死になっておりわずかに締めが緩んでいる。
「これ……ならっ!」
総司は力任せに見事にあすかを引き離した。すぐにポケットから取り出した例の虫を手で押し込み飲ませる。
『ああああああああなあああああああああああたあああたああああああちいいいいい!』
生徒を引き剥がされた落合は発狂したかのような叫び声をあげるが、もうどうしようもない。
寄生先を失った鞭の矛先は――当然のようにキメラへと向かった。
お互いがお互いを取り込もうと絡み合い、地面に転がりながら格闘している。
似たような武器――マナストーン同士のせめぎあいをさせればどうなるか。
危険だらけの推測は、だが実を結ぶ。
お互いが引っ張った結果、次々とキメラの装甲は剥げ落ち、鞭がそれを取り込んでいく。逆に鞭もその枝分かれした穂先から次々と食われていく。
――まるで、ウロボロスだ。
「総司!」
「あいよ!」
見続けていることは出来る。だが、それだけでは駄目だ。
引き剥がされていくお互いのマナストーンの奪い合いの中で、僕らも参戦を決める。
この事態になったとしたら、最初からそうすると決めていた。
「取り出せそうならなんでもいい! 奪え、総司!」
「おりゃあああああああああああああああ!」
総司は勢いよく二体の化け物の間に割って入った。
装甲一つでも武器一つでも何でもいい。この隙にキメラからはぎ取れれば――。
総司に気が付いた二体は、総司にも攻撃の矛先を向ける。しかし総司は怯まない。顔の近くをキメラの尾が掠めても、鞭の穂先が絡みつこうとしても、まるで一流のサッカー選手が相手にサッカーボールを取らせないような華麗なステップでかわし続ける。
そして――。
「遼平!」
総司は見事に落合の鞭が引き剥がしたキメラの鬣の一部を奪い取り投げ渡して来た。
それはすぐに変化し、メリケンサックのような形に変化する。
僕は急いでそれを、取り出したエスペルレイティア、蘇生用の魔術具に吸い込ませる。
「こう……か?」
そのままそれを左手に持ったエリスの石にかざしてみる。
ブウオンン……。
一瞬の起動音の後、青白い光が石に当たる。
パァ……と石が輝いたかと思うと。それは小さな人型を取り始めた。
「……ん」
「エリス!」
エリスは三歳ぐらいの裸の幼女の姿で僕の左手の中に現れた。僕はそのまま彼女を抱きとめる。
「……ここ、は?」
「話は後だ!」
僕はすぐさまその場から跳んだ。
なぜなら、キメラの攻撃が飛んできたからだ。
地面が爆ぜる。
「あ……あれは!?」
「マナストーンが産んだ、新たな魔獣さ」
「遼平! ほれ!」
次のマナストーンが総司から放られる。今度は二つ、これは―――。
「お前の女だろ、大事にしろや!」
咲楽の剣と、何か特徴的な紋様のついた腕輪型マナストーンだった。
「! ……この紋章は」
エリスが腕輪のマナストーンを見て驚きの声を上げた。
何か彼女の記憶にあるものなのだろうか?
「……食べたらまずいのか、それ?」
「あ、いや……大丈夫だ」
彼女は意を決したかのように腕輪を一気に咀嚼した。すると、すぐに彼女の身体はほぼ元通りの中学生のそれへと変貌を遂げる。
「私の荷物は?」
「ああ、ここに全部……」
胸を片手でおさえて隠しながら、彼女は荷物の中からフィルムケースのようなものを一つを取り出し……。
「フィーレ!」
彼女が呪文を唱えた瞬間、今度は素っ裸だった彼女に薄手のドレスのような布が現れ巻き付いた。
「流石に、裸のままは戦わないか、あの時はそのままだったのに」
「当たり前だ! あの時はこれがなかったから……」
顔を真っ赤にして反論するエリスを、こんな状況ながら不謹慎にも可愛いなと思ってしまう。
「さあ、反撃開始だ」
僕らは再び、目の前の脅威に向き直った。
今度こそ、負けられない戦いに。
ようやくエリスが復活。でも彼女の活躍は週明けになります(笑)
というわけで週明け更新よろしくお願いします。