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決意

「エスペルレイティア――緊急蘇生用魔術具――これだ」


 魔術者が行動不能の魔石状態になった際に元に戻す道具だと書いてある。色こそ重々しい感じの黒曜石のような素材だが、メイン部分はスマホの充電器に近い形をしており親しみを感じる。充電器のようなものには穴が開いており、そこにマナストーンを入れることで魔力を流す仕組みになっているらしい。マナストーンを入れたあとは、これを対象の魔石にかざすだけ、と記載されていた。問題は……。


「マナストーンが、ないか」


 先のキメラ戦で逃走に用いる際に使い切ってしまっていた。もう少し残すべきだったかもしれないが、どれだけの量でどれだけの効果が得られるか分からなかったのだから仕方ない。


「遼平、それ、どうするんだ?」

「エリスを――この魔石化してしまっているのがエリスなんだけど、これを元に戻すのにマナストーンがいるんだ」


 僕は遼平にエリスの石を見せる。


「マナストーン……ってのはそこにある鞭みたいなやつか……。あれは、使えないのか?」

「あすかの生命維持装置みたいになってるからな……。あすかを取り出してさっきの虫を飲ませれば解決だろうけど、取り出せると思うか?」

「ちょっと……無理だなあ。俺の力でもビクともしねえわ」


 案としては不採用だ。


「キメラは……現状じゃ無理か」

「あれを倒せそうな装備は鞄には入ってなかったな。というかそこまでの戦闘を想定してないだろ、多分。煙幕やら閃光弾みたいな逃走系の道具がメインだったぞ」


 確かに、潜入工作員が殺傷系の道具をそこまで持たせられるとも思えない。


「でも、キメラとはすぐにでも闘わないとだめだ、だろ?」

「ああ、ケイを――救わないと」


 総司はさっきまでの少し緩めた表情とは打って変わり、真剣な顔で僕を見つめる。


「このマナストーンってのはまだ謎が多すぎる。さっきの魔獣もそうだ、いつまでケイが無事かなんてわからん。俺はすぐにでも助けにいく」

「それは賛成だ。だけど……」


 勝つ、手段がない。

 唯一の武器だった咲楽の剣も取り込まれてしまった。

 だが、今はそれ以上に――


「考えろ、遼平。俺がどんなことでも実行してやるから」


 ――頼もしい仲間が隣にいた。


「……わかった。ちょっと持ち物を調べさせてくれ。あと、エリスを何とか出来ないかもう少し考えてみる。この鞭を食べさせられれば一番いいのだけど……」


 ――まてよ。


「お、その顔、何か思いついたな?」

「危険極まりないが、可能性としては……あり得そうな」

「問題あるのか?」

「問題だらけだよ。穴も多い。でも、やってみる価値はあるかもしれない。但し、ほぼ全員の命が危険に晒される。やっていいものかどうか……」


 遼平が僕の肩を強く掴む。


「もう、どこに居たって危険だらけさ。おそらくだが、結構な人間がもうここで死んでる。……実際俺も何人かの死体を見てきた。少しでも生き残れる術があるなら、やるべきだ」

「総司……」


 実際、その通りだろう。もはやつべこべ言っている時期は過ぎたのだ。トライアンドエラーで突き進む以外の選択肢はない。


「分かった。いいか、まずは……」


 僕らはキメラと戦うべく、作戦を練り始めた。


 ――これより数十分後に決戦の火蓋は落とされることになる。


     ◆


 私たちの目の前にまたしても化け物が現れた時――意気揚々と鍵村君が前に出て杖を振る。


「ははっ! ドンドンこいっ!」


 巨大な蠍を相手に鍵村君は魔法? を使って戦っている。

 杖から出るつむじ風が蠍の装甲に当たるが、硬いのかあまり効いていないようだった。


「ならっもっとだ!」


 次々と魔法を使い続ける彼の顔は上気し怖いくらいの笑顔になっていく。

 明らかに、常軌を逸し始めているような気がしてきた。

 変化は突然だった。

 目の前で、急に鍵村君が苦しみだしたのだ。


「がふっ!?」

「鍵村君!?」


 左手で胸を押さえた彼は、しかしより狂気をはらんだ顔になっていき――


「早く死ねよおおおおおおおおおおおおおお! 僕が……ぼくが、ぼくはヒーローになるううううんだああああああ!」

 

 力任せ。そんな言葉がぴったりと合うほど物凄い勢いで魔法を放つ。

 蠍は粉みじんになって吹っ飛ぶ。


「ははっ……ヒャははははははは! ざまーみろ!」

「……鍵……村くん?」


 怖い。

 思わず後ずさりをする。

 彼はゆっくりと、こちらを向く。


「見てたあああああ~~~? ぼくのつよさああああああああああ!」


 隣にいるあすかと目が合う。二人とも、考えることは同じだった。


「……あすか」

「……うん、やばい……ね」


「どうしたの~~~? もっと褒めてくれてもいいんだよおおおおおお~~~?」

「……鍵村、あんたちょっとおかしいよ」

「ああ~~~!?」


 あすかは思い切った様子でそう言った。


「あんた、それ使うの止めた方がいい。なんかそれ、絶対やばい。いつもの鍵村は……」

「うるさあああああああああああああああいいいいいいい!」


 あすかの足元で爆発が起きる。

 あすかは弾みで後ろに倒れる。


「鍵村君、あすかに何するの!?」

「口答えするなああああああ! 僕がいなけりゃ何もデキないくせにいいいい!」


 こちらを睨みつける鍵村君の目は――既に人のそれではなかった。

 目が獣のようにギラついている。


 覚えている――あれは、私を襲った――暴漢あいつと同じ目だ。


 逃げよう。――しかし。


「ケイ! 行こう、こいつは――」

「わ、わかってる……で、でも」


 動かない。足が、まったく。

 最初に化け物に出会った時と同じように。

 私は、自分がこんなにも臆病だったことを改めて悟る。


「にいいいいいがああああああああああすうううううかあああああああああああ~~~!」

「ケイ!」


 ぐいっと手を後ろに引っ張られる感触。

 あすかが、私の手を引き駆けだした。

 それと同時に、私の足は縺れながらも彼女についていく。

後ろから追いかけてくる足音から逃げる。

 右の壁、 左の壁、 足元、次々と爆発が起きる。

 私たちは砂まみれになりながら洞窟内を駆けていく。


「ぼくはああああああしゅじんこうにいいいいいい~~~おれををををををををなめるなあああああ――ぞごぐのだめにいいいいいいいいいいいいい!」


 何を言っているの? もう、人の言葉を喋っていない。それどころか、もう声色が変化し続けている。鍵村君の声はもうほぼ聞き取れない。


「どごだああああああああああああああああ!!!???」


「――あ」


 目の前の通路が二股に分かれている。どちらへ――逃げようか。


「一緒に行くよ、ケイ」

「う、うん……」 


 左へ。私たちは駆けだす。しかし――


「え――」


 一生懸命駆けた、しかしそれをあざ笑うかのように、私たちは再びさっきの分かれ道に戻ってきてしまう。これは――循環してただけなのか。そして――私たちの視界の先には――。


「どこだあああああああああああああああああああ!??!?!?」


 鍵村君がいた。私たちは慌てて近くの岩陰に身を隠す。


「ど、どうする?」


 逃げるにはいま彼の立っているこの循環通路の入り口を抜けるしかない。


「あいつが逆方向へ行ってくれれば……その隙に逃げれるだろうけど……」


 あすかは渋い顔をして私の足を指さした。


「大丈夫なの、それ?」

「え?」


 言われるまで気が付かなかったが、私のふくらはぎ部分がパックリと開き、血が流れている。


「え、い、痛っ!?」


 興奮していたのか、痛みを感じていなかっただけだった。

 さっきの攻撃は私の足にも当たっていたようだ。


「こおおおおっちかかああああああ!?」


 地面の血の跡に彼も気が付いたようだ。

 血の跡の続く方向へと歩き出す。


「今なら、抜けれる……けど」


 痛い。痛みを自覚してしまったら、びっこでしか足が動いてくれない。


「逃げて、あすか」

「……ケイ、でも!」


 私はもう無理だ。追い付かれるのは明白だ。あすかだけでも逃げて欲しい。


「……私は嫌だよ。絶対に、ケイを見捨てない」

「あすか……」

「私はあんたの相棒、どんな時でもあんたを見捨てない。どうしたらいいか、考えよう?」


 あすかの姿が、何となく遼平に被った。


 ――遼平。


 もう一度、会いたい。

 会うためには、生きなければならない。

 死んだらもう、二度と会えないのだ。

 だから、私に――


「勇気を、貸して」


 祈るように、呟く。大好きな、あいつの顔を思い浮かべて。


「……逃げれないなら、どうしてたっけ」

「……ケイ?」

「サッカーのとき、猛攻されて逃げきれそうもないとき、どうしてた、私たち?」

「……攻めた」

「だね……」


 あすかと私の視線が絡み合う。

 逡巡、迷い、決断。すべてが交わって、私たちは同時に頷いた。


「あの杖を、奪おう」

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