発見
「死ぬなよ、遼平。今助けてやるから」
揺れていた。
僕は、まだ総司の肩に担がれて運ばれているらしい。
一瞬だが、気を失ってしまっていたようだ。
「……どこに……」
――いたんだ? と聞こうとしたが声になることはなかった。
「あ? どこかはわからんけど無事生きてたぞ。心配するな」
全部を言わなくても言いたいことは伝わったようだ。流石に長い付き合いだな……。
「一旦引くぞ。お前を治療しないと……」
「……ケイが……」と言いかけてもう声が掠れて音にならなかった。
僕は、顎で総司の肩を叩く。
「ん? こっちか?」
僕の目線を見て、総司は何か察したように移動する。何度かそれを繰り返し、僕らはあすかのいるスロープの中へと辿り着いた。
「……何だこりゃ?」
あすかと、何重にも巻かれた鞭を見て総司は一瞬驚いたようだったが、すぐに僕を降ろし、こちらへ向き直った。
「まあ、お前を治したら話を聞くわ」
治す、と簡単に言うが、どうするつもりなのだろうか。正直――この場所ではまともな治療は出来ないと思う。遠からず出血多量で死ぬだろう。
「えーと、これじゃない。これか? んー違うか」
総司は前に担いでいたバッグを降ろし、手帳のような物を取り出し、それを読みながら中を漁っている。ぼーっとしてきた意識の中で、僕はそのバッグについているネームタグを見て、心臓が一瞬止まりかけた。
『エリスバール=スウェリンドル』
――エリスの鞄だ。
「総司……お前が……」
「お、これっぽいな。よし、動くなよ」
中から取り出した小瓶の蓋を開け、僕の口に中身を含ませる。
何とも言えない、こんにゃくというかスライムを飲み込んでいるような――妙な感覚がある。
「う……うぇ……?」
何かが身体の中をうにょうにょと動いている。すっごく気持ち悪い。
「これ、ニュスルメトポトとかいう治療系の虫なんだとよ。サナダ虫みたいに身体に入って治療を促すんだってさ」
「うげぇ……」
想像しただけで嫌な気分が増加した。今すぐに吐き出したい。
「造血作用もあるって書いてあるから吐くなよ。一時間もすりゃ動けるようになるらしいぞ」
確かに体調は上向いている実感はある。だが、ずっと体中を何かが蠢いている感覚が抜けない。あちこちの血管という血管、臓器をその何とかという虫に撫でまわされている。別の意味で限界だった。
「……聞きたいことが、大量にある……けどっ!」
駄目だ。とてもじゃないが、声にッッッならないッッッ……。
僕は暫く、死んだようにうずくまってこの不快感をやり過ごすしかなかった。
一時間が経った。いや正確に時間を図ったわけではないが、例の虫が僕のとある穴から飛び出して小瓶に自力で戻っていったのだから一時間経ったのだろう。総司の話によれば一時間で治るそうだし。
「……よかったな! 平気そうで!」
「……そう見えるか?」
何か、健康と引き換えにものすごく大切なものを失った気がする。
「……さて、時間がないからとっとと現状の把握をしよう。そっちにも聞きたいことはたくさんあるけど、まずは、僕の話からしたほうがいいな。今までどうしていたのか……」
僕はかいつまんで現状を説明する。ここに来たところから始まり、エリスの話、大蛇との闘い、あすかの状態、そして――ケイのことも。
「エリスちゃんのことはある程度は知ってるわ。というか、俺の方が詳しそうだな」
「まじかよ?」
「マジ、てかこの本読んでみ」
そういうと総司は僕の治療の際に読んでいた本を僕に差し出す。
「……読めんぞ? 何語だこれ」
見たことのない言語で書かれた文字がびっしりと各ページに埋まっている。さっき僕が飲んだ小瓶の虫も図解されていたが、詳細はさっぱりだった。
「ああ、俺も最初は読めなかったぞ。でもこの首飾りつけたら読めるようになった」
その首飾りはエリスの――。
登山の時も大事そうに身に付けていたのを思い出す。
「何で、総司が持ってるんだ?」
「この鞄――エリスのだっけ? お前らが一緒に落ちるときに、俺がキャッチしたんだよ。この首飾りも一緒に」
簡単そうに言うがよくキャッチ出来たと思う。相変わらず身体能力に関してはチートだ。
「何も手掛りがないし、腹も減ったからちょっと何か拝借出来たらと思って鞄開けたんだけど意味わかんないものだらけでさ、で、説明書みたいなもんが出てきたのはいいけど読めないから色々試しているうちに、これ身に付けたら読めることに気が付いてな。それで入ってた道具を使わせてもらったわけ」
「……他人の荷物に遠慮ってものがないのか?」
「したら、生き残れるのか? お前だって使えるもの全部利用して、俺たちを助ける気だったんだろ?」
「……まあ、そりゃそうか」
あの首飾りを身に付けると翻訳機能が付くのか読めるようになるらしい。翻訳、というかよくよく文字を読んでいくと、読み直すたびに文字そのものが変わっていることに気が付いた。つまり、これは暗号化が掛かっているようなもので、その暗号化を解いてくれるのがその首飾りの効用なのだろうと推測した。言語形態は関係なく、身に付けたものにしか読めない仕様なのだ。
「ちょっと借りるわ」
「ん、ほれ」
僕は本をぱらぱらと読み進める。道具類の項目を読むと僕が飲み込んだ虫も確かに載っていた。
「そこにある煙幕の簡易魔法を発動させる玉ってのでキメラから逃げたんだ」
なるほど、あの炸裂音はそれか。
「色々使ったからもう半分もないかな。あと、そこにある文章を読んでみ」
総司に促されるままに一番後ろの項目を読む。そこには……。
「――異世界火山への派遣参加に関する心得」
何だ、これは。
――諸君の目的は、我らが愛する魔法帝国マナスティアを救うためにある。その為には今回の派遣遠征を成功させ、異世界火山を異界化することが至上の命題だと心得よ。
僕は思わず総司の顔を見る。総司は頷いた後、先を読めと促す。
――派遣された者は周囲との距離を考え、決して心を許してはならない。彼らの世界を壊すことになるが、それは我が国を救うための尊き犠牲と考えよ――。
……これは、エリスのことなのか?
――派遣された者には来る時を選び、こちらと火山を繋ぐための位置を知らせるビーコンを渡しておく。こちらの力を効率的に送り火山を異界化する為には多大な魔力を要する。一瞬を逃さず、派遣された者はその時刻に必ずその場に居合わせるようにせよ。
あの、富士山で見た光――あれが異世界からの……富士山を噴火させるほどの何かを送った――というのか? では、エリスが最後にあれに近づいたのは――。
『救うはずだった、すべてを、でも私は――』
エリスが僕を落盤から救った時の言葉が思い出される。
あれは、彼女の祖国を救うため、という意味なのか? それとも――。
「彼女が、エリスがその派遣員だっていうのか」
「そうとしか読めねーな。つまり今回の事態を引き起こした――張本人ってことになる」
エリスは……どういうつもりでここに来たのだろう。
僕らをただ利用するためだけにここへ来たのだろうか?
しかし、彼女は僕らを救ったのも事実なのだ。
そして、それよりももっと大きな疑問があった。
マナストーンを作り出すために、この土地から魔力を得るためにこれは仕組まれたことらしい。しかし、なぜ『火山』なんだ?
「簡単に犯人扱いは出来ないさ。僕らを救ってくれたのも彼女だ」
「……じゃあどうするんだ、これから?」
「……話を聞く、それしかない」
僕は改めて道具類の項を読み直す。すると――一つの道具で目が留まった。
「エスペルレイティア――緊急蘇生用魔術具――これだ」