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融合

「ケイ……」

「助けて……遼平」


 キメラの顔の中にケイが現れ、しかしそれは一瞬で飲み込まれて消えていく。

 キメラは負の魔力を抑え込み、身体の自由を取り戻しつつあった。

 逃げる――。

 しかし、僕は動けない。

 逃げて対策を練り挑む方が賢明だ。だが、僕は彼女の言葉に縛られるかのように足が動いてくれない。

何となくだが、あいつの頼み事は断り辛かった。

 最初に、勝手に暴漢から彼女を助けた時以来、いつも気に掛ける存在になっていたような気はする。 それが、どうしてなのかはよく――わからない。


「お前には……いつも頼まれ事ばっかりだな」


 一番難しそうなことを簡単に言ってくれる。


「……でも助けるさ。あの時みたいに」


 剣を構える。

 一撃だけでいいから、頼む――。

 狙いは奴の目だ。

 あそこに一撃を加え、今弱っているであろううちに、奴の頭を破壊する。出来る出来ないの問題ではなく、やらねばならない。

 キメラにケイは取り込まれている。それは、あすかの状態に近いのだろう。

 時間は掛けられない。奴の魔力がどう彼女に影響するか分からないし、いつまで生きていられるのかも不鮮明だ。最悪、死ぬ可能性が高い。

「今度はちゃんと、返して貰うからな」

 僕は狙いを定め、地面を蹴った。


     ◆


「そちらはどうだ?」

「ああ、大収穫だ」

「後は戻るだけだな」


 西洋の鎧甲冑を纏った、騎士のようないでたちをした三つの人影が火山内の迷宮を歩いている。


「これだけのマナストーンを回収出来た。持ち帰れば十分お国の為に貢献出来るだろう」


 そう言って騎士の一人は首から下げているネックレスを手に掲げ、その中にある無数の光を仲間に見せる。


「導師から渡されたマナストーン回収用の魔術具もこの通り満杯だ。もうここに用はない」

「俺の方はまだ回収できる余裕があるが、まあ……これ以上は危険か」

「ああ、中には手ごわい魔物もいた。カインとゲイルはやられたし、我々聖騎士の中でも優秀な戦士でないとこの先は危険だろう」

「よし戻ろう……ん?」

「どうした?」

「その岩の下、何かいるぞ」


 三人の騎士が落盤で落ちたであろう岩の下に人影を認める。


「……死んでいるな」

「地球の人間か」

「ああ、まだ若そうだ」

「……」

「後悔、しているのか?」


 騎士の一人が、その光景をみて沈黙している最も年若い騎士に向けてそう語り掛ける。


「いえ、マナストーンを回収しなければ、我々の世界に未来はありません。これは必要な犠牲だったのです」

「……そうだな。この若者にはすまないことをしたかもしれんが、我々の世界の礎になってもらったと思うしかない。さあ、行こう」


 三人はその場を後にする。

 暫くして、その場に一つの声が響いたが、その声を三人が聞くことはなかった。


 ――ふざ――け――るな。


     ◆


 叫び声が聞こえた――気がした。

 どこか遠くで、地の底から響くような……。

 僕は大きな亀裂のある、崖のような場所で上を眺めていた。

 出口は見えない。どこまでも続く絶壁。

 しかし所々に光が点在し、洞窟自体は明るい。まるでそれが、僕に見せる最後の希望のように輝いている。

 今、ここから落ちればきっと死ねるだろう。


 ――無理だ。


 下を眺めた瞬間に、意識が現実に引き戻される。

 僕は弱い。死ぬことすら選べないほどに、臆病だ。

 どうしようもない。

 何も――できない。

 きっと、僕は主人公ではないのだろう。

 物語の主人公はこういう時にも決して諦めず最後まで足掻くのだ。

 僕は何もできない。何も――与えてすら貰えない。

 僕は自分の細い腕を見つめる。

 病気が憎い。なにより、自分が憎い。

 中谷君のような生まれ持った体格もなければ、遼平君のような機転もきかない。

 羨ましいのと同時に、でもそれを欲して努力することも出来ない。

 逃げて、憧れて、妄想して、何もしない。僕は怠惰だ。

 だから見捨てたのだ。中谷君を。


 ――本当に?


 違う。


 ――本当に?


 ……違う!


 ――本当は――。


 言うな!


 羨ましかっただけなんだ。持っていた奴が。憎かっただけなのだ、持っている奴が。そしてそこに至れない、自分が。


「うわああああああああああああああああああああああああ!」


 誰にも届かない僕の叫び声が無情に反響する。

 変わりたい。

 強い、何かに。

 

 バゴオオオオオオオオオオオオオオン!


「!?」


 地面が揺れる。向こうの――向こう側の壁面の下のほうで爆発音と共に土煙が上がる。

 あの辺は、確か僕が中谷君を見捨てた場所……。

 爆発で壁面が崩れ、その中の様子が見えてくる。


「何、あれ……」


 複数の人影。

 そして、それに何か動物のようなものが交差している。まるで、戦っているような――。

 僕は目が離せなくなった。何か、異常なことが起きているのは間違いない。

 人影から放たれる閃光。剣戟の音。動物から放たれた何かに圧されるように吹き飛ばされる人影。

 

 どくん。


 僕の心は、踊っていた。

 あれは、僕が今まで憧れていたもの――。人知ではなく、空想の、架空の力ではないのか?


 僕は気が付けば走っていた。

 あそこに、行かないと。

 あそこに行けば、何かがある。

 僕の目指していた何かがきっと。


「はぁ……はぁ……」


 息が、切れる。足も縺れてうまくもう、歩けない。でも、行かなきゃ……。

 その時、ひと際大きな爆発音が響いた。そして、何かが倒れるような音が――。

 恐る恐る岩陰から先の通路を覗き込む。

 そこには、大きな獅子のような獣が倒れていた。

 その奥には、鎧甲冑を身に付けた騎士のような人たちが複数倒れている。

 僕は怖いはずのその光景を見ても、何か頭の奥が麻痺したかのように――引き寄せられる。

 僕は、その獣に近づいていく。

 獣は顔が半分以上吹き飛び、最早息も絶え絶えのようだった。この状態で……よくまだ生きているものだ。


『――ふざ、けんな』


「!」


 獣は、人の言葉を喋った。そして――その声は。


「中谷――くん?」

『――ふざ、けんな。あいつら……』


 怒りの声。苛立ちの色。


『同情なんて、するな』


 振り絞るように獣は語り続ける。


『俺を、不良だから、とか、学校行かないのは勿体ねえから、とか同情すんじゃねえ……』


 これは……姿かたちは変わっているが、中谷君、なのか?


『俺はやりたいように生きてるだけだ。それが馬鹿でも阿呆でもいいだろうが。俺を縛るな。俺を侮るな。俺は……』


 ふと、気が付くと少し先に寝ている騎士の一人が起き上がろうとしていた。

 騎士は手をかざし、こちらへ向けて――。


 ボウンッ!


 間近で爆発が起きる。

 耳が、キーンとし、目の前が眩む。

 

 びちゃ……。


 顔に……何か生暖かいものが当たる。

 見ると、僕の前には胸を深く穿たれた獅子が――中谷くんがまるで僕を守るかのように立ちはだかっていた。

 

 ドウゥ……。


 獅子は倒れた。僕は震える手で、彼の顔を撫でる。


「……どう、して?」


 僕は、見捨てたのに?


『……あいつらの、思い通りにさせたくない、だけだ』

「思い通り?」

『……俺は、人の言うことは聞かねえ。縛られたくねえ、誰にも』


 ああ、彼らしいな、と思う。人に反発することでしか、自分を表現出来ない、不器用さを。


『……なんだか知らねえが、あいつらが富士山を、こんな風にしたんだ。そう、言っていた。俺は岩の下でそれを聞いた。そして、あいつらは――』


 次の一言は、本当に悔しそうに、彼は呟いた。


『俺を哀れみやがった』


 その一言と光の粒が魔獣を飲み込んだのは同時だった。

 急速に獅子の姿が一本の、銀色の杖に変わっていくのは。

 あの巨体が消えた場所には、煌くような、まるで僕の求めていた――。


「~~~~~~~~~~!」


 鎧甲冑の男が何事か喚いている。

 僕は、そんなことはどうでもよかった。無視してその杖を手に取る。


 ドクン。


 ――許すな。


「中谷……くん?」


 ドクン!


 何かが、僕の中に流れ込む。激流のような、ただ荒れ狂うそれは――

 

    ※


 気が付けば、そこには何もなかった。

 鎧を着こんだ騎士も、獣も、『僕も』。

 すべてを飲み込んだのだ、銀杖こいつは。

 僕は、僕の姿をしたまま何かと溶け合っていった。

 魔法を、魔力を手に入れた。扱い方も、どうしてか理解出来た。


 ――飲み込めばいい。

 

 そう命令する声だけが、耳に鳴り響き続けていく。

 

 ――飲み込めば、お前のものになる、と。


 今僕は、同級生二人、いつもなら僕を頼ることなどない女生徒と行動を共にしている。

 一人は河村あすか。もう一人は、鷹峰景だ。

 今の僕なら、きっとヒーローになれる。

 この杖は――僕の願いも――気持ちも――すべてを飲み込み――あ――。


 鍵村惣次郎の意識は、ここで途切れた。


何とか今日の更新分は書き終わったので投稿します。(子供は未だに風邪っぴきですが)

明日保育園に行けなかったら普通に更新お休みします。

更新確率は多分半々くらいです。

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